21日目。歌劇
アダマヒア王国の中央広場。
普段は政治的なスピーチが行われているそのステージで、フィーアたちは歌い踊っていた。
クーラはそのなかに違和感なく溶け込んでいた。
それは彼女の歌唱力が素晴らしかったからなのは、もちろんだけれども。
フィーアの歌劇が即興演奏……すなわちアドリブで進行する歌劇だからでもあった。
シンプルなリズムと、シンプルなフレーズ。
フィーアを中心にして道化師が踊る。
吟遊詩人がアドリブで楽器を奏でる。
バックシンガーがそれに合わせて歌を口ずさむ。
このアドリブ歌劇に飛び込むのは、いっけん難しいようにみえて、実はそうでもない。
というのも、フィーアの歌劇は単純な和音が3・4個しか使われていないのだ。
わざと外そうとしない限りは、適当に音を出しても、それっぽく聴こえてしまうのだ。
だから、クーラだけでなく、ほかのバックシンガーたちもリハーサルなど何もない、ぶっつけ本番だったし、なにより楽器奏者ですらぶっつけ本番だったのだ。
そこらへん、21世紀のライブコンサートと比べて大らかである。
「みんなぁ! 今日は、いっぱい楽しんでね!」
フィーアが、広場に集まった観客に向かって手を振る。
彼女のまるで太陽のような笑顔、いや、まるでドライ王のような笑顔に、観客は心を奪われた。歓声を送った。熱狂した。
そして、拍手を送った後で気がついた。
太陽王ドライにそっくりだ、と。
やはりフィーアはドライ王と関係があるのではないか、と。……。
ちなみに、そのドライ王は、後方の特設観覧席でこの歌劇を観ていた。
純白のジャケットに、鮮やかな青の帽子、その手には黄金剣。
いかにも王様って感じ。
トランプのキングそのものって感じ。
渋くてイケメンなドライ王は、ソファーのような豪華な椅子に肘をつき、おだやかな笑みで歌劇を観覧していた。
もちろん、彼の周囲には警護の騎士が立っている。
油断なく周囲を警戒しているが、今のところ、不審な人物は見当たらない。
一方。クーラの付き添いで来た俺は、ステージの真横からずっと離れた場所にいた。
そこから少しステージに向かうと、石壁で観客とさえぎられた空間がある。
歌劇のメンバーはそこを控え室として使っている。
本来なら、俺はそこでステージを見守っているべきなのだが、観客は穏やかで暴動など起こりそうになかったし、もし起こるとしても休憩をはさんだ後半部……フィーアの独唱のときだと思ったからだ。
というわけで。
俺は、ドライ王でも見てみるか――と、ちょっと離れていたのだが、しかし、これといった発見もなく、ただただ、
「ドライ王みたいなのを、苦みばしった好い男って言うんだろうなあ」
と、かるい嫉妬を覚えるばかりだったのだ。
さて。
前半が無事終了し、クーラたちが控え室にやってきた。
俺は急いでクーラのもとに向かう。
ちなみに俺は今、道化師と庶民の中間のような、どっちつかずの服を着ている。
慌てて地上界に降りたからなのだけど、しかし、この衣装によって俺は歌劇のメンバーに違和感なく溶けこんでいた。
「お疲れさま、とても好かったよ」
「ありがとうございます」
「フィーアって娘と顔を合わせてたけど、どうだった?」
「私だとは気付いていないようでした……」
「そっか。しかし、こうも厳重に警護されていると休憩中には会えないな」
「ええ」
俺とクーラは困り顔で、ため息をついた。
それと同時に、控え室の隅から悲鳴が上がった。
「誰だこんなイタズラをしたのは!」
振り向くとそこには、長身の吟遊詩人。
リュートを抱いた吟遊詩人が、真っ赤に腫れた指を押えていた。
「どうしたんですか?」
「誰かがこの果物に、ネズミ捕りの罠をしかけたんだ!」
「それで指が腫れて」
「これじゃリュートが弾けない!」
泣き出しそうな顔で吟遊詩人が言った。
歌劇のメンバーは、いっせいにうなだれた。
しばらく控え室は静まりかえっていたが、やがて、クーラが学級委員長のように場をまとめはじめた。
「あの、冷たいことを言うようで申し訳ありませんが――。なんとか後半だけでも演奏できませんか?」
「むっ、無理だっ」
吟遊詩人は腫れた指でリュートを押さえ、うめき声を上げた。
「では、後半部はリュートなしで進めるというのは」
「リュートなしで歌劇は成立しないし、リュートは彼しかいないんだ」
「でも、この歌劇を中止するわけにはいかないんですっ」
と、クーラは激情を抑えていっしんに言った。
すると、年老いた道化師が言った。
「歌劇の後半部は、フィーアちゃんの独唱だけど、太陽王に見立てた男性……すなわち彼がステージに必要なんだよ。そのリュート奏者とフィーアちゃんとの掛け合いが、この歌劇の最大の見所だし、観客のみんなはそれを楽しみに来ているんだよ」
「あの、だったらほかの男性がっ」
と言って、クーラはあたりを見まわした。
しかし、控え室にいるのは女性か老人、あるいは子供のように小柄な道化師のみだった。
そう。怪我をしたリュート奏者のほかには。
「って、カミサマさん!」
突然。クーラが俺を見て喜びの声をあげた。
すると、いっせいにみんなの視線が俺に集まった。
俺は全身から嫌な汗がドッと噴きだした。
そして、おそるおそる訊いた。
「あの、もしかして俺ですか?」
訊いた途端、みんながキラキラの笑顔で頷いた。
そして吟遊詩人がリュートを差し出して言った。
「俺はシェンカー。この愛器『フライングVリュート』を使ってくれ」
リュートを受け取ったとき、俺は、神と呼ばれた髪の薄いギタリストがドイツにいたことを、ふと思い出した。
「………………」
まあ、それはともかくとして。
というより、どうでもいいことなんだけれども。
とにかく俺は、シェンカーの代わりに歌劇に参加するのだった。――
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と21日目の創作活動■
フィーアの歌劇に参加することになった。
……舞台に引っ張り出されてから気付いたけれど、果物に罠を仕掛けたのは、まずマリだと思って間違いないだろう。




