20日目。色と模様
「さてッ☆ 今日は、中世ヨーロッパの色彩について学びましょうッ☆」
そう言って、ワイズリエルが指示棒で鏡をかるく叩いた。
俺とクーラは頷いた。
「まず色についてですが――ッ☆ 中世ヨーロッパの特に盛期(1000年~1300年)では、純粋なものが美しいとされていましたッ☆」
「純粋な色?」
「単色ですねッ☆ それと、この時代の基本色――紋章に使われた色です――は、赤・白・緑・黒・黄・青の6色ですッ☆」
「その6色のどれか1色だけを塗る(単色)色使いが好まれたんだ」
「その通りですッ☆ ちなみに、染めていない素材そのものの色はグレーですッ☆」
「じゃあ、染料で染めるの?」
「はいッ☆ 赤や茶は鉱物性顔料、青は西洋茜を染料に……といった具合ですッ☆」
「西洋茜か……」
と言って、俺は指をパチンと鳴らした。
ためしに自身の服を青く染めてみた。
「王権がよく使う色は、赤・白・緑・黒、それも単色ですッ☆」
「その4色は、権威ある色なんだな」
「はいッ☆ ただし流行もありますッ☆ たとえば、聖王ルイ(ルイ9世 フランス 在位:1226~1270年)は、鮮やかで純粋な青の衣装を好んで着ましたッ☆」
「鮮やかな青か」
「彼は青を着た最初の王で、彼の王国の農民も青を着ていましたッ☆ もっとも、農民たちは『大青(アブラナ科)』で手染めした衣服を着ていましたから、聖王ルイの衣服ほど鮮やかではなかったのですがッ☆」
「なんかカッコイイな」
「彼以降、貴族はこの鮮やかな青を好むようになりましたッ☆」
「流行を作ったんだ」
「その通りですッ☆」
ワイズリエルはバチッとウインクをキメた。
そして、すうっとそのネコのようなつり目を細めて、慎重に言った。
「一方でッ☆ あまりイメージのよくない色というのもありますッ☆」
「不吉な色か」
「具体的には赤褐色ですッ☆」
「赤みを帯びたオレンジ色ね」
「赤褐色は裏切りを連想させる色、ユダのイメージカラーですッ☆」
「キリストの12番目の弟子、イスカリオテのユダだな」
「さすがです、ご主人さまッ☆ ちなみに、黄色も同様にユダのイメージカラーですッ☆ これは、ユダが黄色の衣で絵画に描かれることが多いからですッ☆」
「なるほど、だから赤褐色と黄色はイメージがよくないわけだ」
「そしてッ☆ 嫌われる模様が、マダラと縞模様ですッ☆ マダラは病気を連想させる模様、それと縞柄は少々複雑なのですがッ☆」
「縞柄……ボーダーシャツとか普通に着てるけど」
そう言って、俺はクーラのシャツを青と白の縞柄に変えた。
クーラは恥ずかしそうに自身の肩を抱いた。
しかし青と白のボーダーは、彼女のスレンダーなボディと青いロングヘアーによく似合っていた。
「シマシマ模様は、素材と塗ったところが同じ面積で、どちらが素材そのものの色なのか分かりませんッ☆ という理由から、人心を惑わせる模様、悪魔の模様、転じて罪人の模様となりましたッ☆」
「ああ、だから囚人服はシマシマだったのか」
「その通りですッ☆ さらに縞模様は、従属の意味も含んでますッ☆」
と言ってワイズリエルは、甘えるような上目遣いで俺を見た。
ちらっとスカートをめくり、パンツの縞模様を見せた。
そしてイタズラな笑みで、話をもとに戻した。
「というわけでッ☆ 宮廷道化師の衣服は、色鮮やかなマダラ模様、もしくは縞模様となっていますッ☆」
「歌劇では、そういった衣装を着れば好いのですね?」
と、クーラが訊いた。
ワイズリエルは微笑み、頷いた。
「それに奇妙な帽子を被ればパーフェクトですねッ☆」
「奇妙な帽子ですか……」
そう呟いて、クーラはすこし怯えた目で俺を見た。
このとき、俺の全身にどよめくような快感がはしった。
イジワルをしてやろう、面白い格好にしてやろう――という気持ちになった。
魔が差した。
しかし、いろいろ考えた末に結局、クーラに似合いそうな模様と帽子にした。
クーラはスレンダーだから、どんな服でも似合うし、それにどんな帽子にしても恥ずかしがると思ったからだ。
「カっ、カミサマさん!?」
奇妙な帽子を被ったクーラは、ものすごく顔を赤くした。
そして驚きと羞恥に満ちた瞳で俺を見た。
なんというか、父親のドぎついエロ本を発見してしまったような、そんな顔だった。
「カミサマさん!?」
「いや、そんな真っ赤にならなくても」
「でも、こんな可愛らしいのなんて」
「よく似合ってるよ」
マジで。
冗談抜きに。
皮肉でもなんでもなく。
メイド・カチューシャから伸びた巨大なウサ耳は、本当によく似合っていた。
「もう、カミサマさん!」
と、クーラは悔しそうに俺の胸を叩いた。
「こんなのダメです! 恥ずかしすぎます恥ずかしすぎるのです!!」
「いやっ」
ダメだと言ってるけれど、クーラは律儀にウサ耳をつけたままでいる。
実は、結構気に入っているんじゃないの?
そう思って、頭をかいたらワイズリエルと目が逢った。
ワイズリエルは、スケベな笑みで俺たちを見ていた。
「じゃあ、キミも」
と言って、俺はパチンと指を鳴らした。
ワイズリエルの頭に、ネコ耳ヘアバンドを創った。
ただ。
それは、あまりにも似合いすぎて、もともと付いてたんじゃないかってくらい自然だった。というか、ネコ耳をつけたことに、クーラもワイズリエルも、しばらく気付かなかった。
だから衣装を、サキュバスっぽいものに換えてみた。
おっぱいがこぼれそうなハイレグ・レオタード。
それに翼、お尻には可愛らしい尻尾がついている。
「ご主人さまッ☆」
ワイズリエルは、その淫らな衣装に驚倒した。
しかしその顔は、すぐに喜びの表情へと変わった。
そして、いきなり飛びついてきた。
あっという間に抱きついて、俺を押し倒し胸に顔をうずめた。
「ご主人さまッ☆ ご主人さまッ☆ ご主人さまッ☆」
ワイズリエルは、何度も何度も噛みつくようにキスをした。
なんだこの、ふたりのリアクションの違いは……。
俺は、呆れたのか感心したのかよく分からない笑みをした。
するとそのとき。
ポーンと、まるでメールが着信したような音がした。
地上界のNPCが、ワイズリエルをコールした音だった。
「……すみませんご主人さまッ☆」
ワイズリエルは興奮したまま、俺に両手両脚で抱きついたままでメッセージを読んだ。
しばらくすると彼女は立ち上がり、ちょこんと俺のすぐそばに座った。
そして言った。
「ご主人さまッ☆ フィーアさまの歌劇ですが、今日の午後に急遽変更となりましたッ☆」
「はァ!?」
「歌劇の楽器奏者、メンバーが襲われたようですッ☆」
「それで予定を急遽変更したのか!?」
「というよりフィーアは? フィーアは無事ですか!?」
クーラが泣き出しそうな顔をして訊いた。
「フィーアさまは無事ですッ☆ 彼女だけは、こういったことを警戒して、騎士団が厳重に警護していたようですッ☆」
「良かった! でもっ」
「メンバーが襲われてしまいましたッ☆」
「だったら中止したほうが」
「それは様々な事情からできませんッ☆」
「……うーん。まあ、政治的には強行するしかないし、それになにより民衆が待ち望んだものだから」
「はいッ☆ それに襲われたといっても軽症だったのですッ☆ 食事になにか入れられて、お腹を壊しただけなのですッ☆」
「はァ」
と、思わず息を漏らすように失笑してしまった。
するとワイズリエルは、たしなめるように言った。
「ただ、その下し薬を入れたのがモンスターだったのですッ☆」
「えっ!?」
愕然とする俺とクーラに、ワイズリエルは言った。
「マリさまは、フィーアさまの存在に気付いていますッ☆」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と20日目の創作活動■
中世ヨーロッパの色と模様について学んだ。
・基本は、赤・白・緑・黒・黄・青の6色
・王族の色は、赤・白・緑・黒、それも単色
・聖王ルイ以降、貴族は鮮やかな青を好んだ
・嫌われるのは、赤褐色と黄色、縞模様とマダラ
……俺とクーラは、慌ててアダマヒアの野外劇場に向かった。開催までは充分な時間があったが、しかし、フィーアは厳重に警護されていて、俺もクーラも面会することができなかった。




