19日目。宮廷道化師と衣装
昼食後に、ヨウジョラエルとぼんやりしていたら、
「ワイズリエル! なんですかコレはッ!!」
と叫んでクーラがやってきた。
白と青のストライプ。
ノースリーブのミニスカ・ワンピースに、ウサギの耳をつけている。
「なんですかコレはッ!」
「セクシーな踊り子衣装です、クーラさまッ☆」
「それは分かりますがっ」
「クーラさまは、週末の歌劇にバックコーラスとして採用されたのですッ☆」
「あっ、それは、いろいろとめんどうな手続きありがとうございます。って、でもそれとコレはっ」
「フィーアさまのバックコーラスは、踊り子か宮廷道化師のような衣装なのですッ☆」
「そんなっ!?」
「似合ってますよッ☆」
そう言ってワイズリエルは、俺を見て、ちょこんと舌を出した。
俺はクーラのスレンダーな身体を下から上に、じっくりと視てから、つばを呑むように大きく頷いた。
すると、クーラは胸もとで、ぎゅっと手を握った。
その頬は紅潮し、大きく見開いた瞳には緊張が現れていた。
「あまり視ないでくださいっ」
クーラはそう言って、ミニスカのスソをぎゅっと押えた。
ぼそりと消え入るような声で、
「妊娠してしまいますっ」
と言った。
俺がおどけて眉を上げると、ワイズリエルが言った。
「さすがに、この衣装は刺激が強すぎたようですねッ☆」
「あっ、あたりまえです」
「では、別の衣装を考えてみますッ☆ ただ、セクシー路線がダメでしたら、宮廷道化師のコミカル路線しかありませんよッ☆」
「……フィーアのためなら、くっ、くちばし付けてもかまいませんっ」
「きゃはッ☆ そこまでする必要はございませんッ☆」
「くっ」
クーラは苦悶の表情で、俺の腕をぎゅっとつかんだ。
ヨウジョラエルがマネして、ぎゅっとしがみついた。
するとワイズリエルは穏やかな笑みで言った。
「ご主人さまも一緒に考えましょうッ☆」
「ああ、好いよ」
俺が頷くと、ワイズリエルは宮廷道化師についての説明をはじめた。
「宮廷道化師とは――中世ヨーロッパで支配者層に雇われていた道化師のことですッ☆」
「道化師って、大道芸のピエロみたいなやつ?」
「はいッ☆ トランプのジョーカーもそうですねッ☆」
「ということは、貴族専属のお笑いタレントみたいな感じ?」
俺が訊くとワイズリエルは頷いた。
それと同時に、クーラが沈痛な面持ちでつばを呑みこんだ。
「宮廷道化師の主な仕事は、アクロバットや奇術といった芸を披露することですッ☆」
「まさに大道芸人」
「そして、物語や歌を創作し、音楽の演奏で人々を楽しませることですッ☆」
「おどけた感じで?」
「その通りですッ☆ 中世ヨーロッパの宮廷道化師は、時事ネタや有名人のウワサが得意分野でしたッ☆ というより、当時、自由な言動を認められていた唯一の職業でしたッ☆」
「支配者層の権力が強かったからな」
さらには異端審問、魔女裁判の時期にも重なっている。
彼らが活躍した中世ヨーロッパは、自由な発言がしにくい時代だったに違いない。
「そんななかッ☆ 道化師は言いにくいことや、悪い知らせを、王に伝えることができましたッ☆」
「というか、そっちがメインだったんだろう?」
「その通りです、ご主人さまッ☆」
そう言ってワイズリエルは、バチッとウインクをキメた。
そして、ゆっくりと言った。
「フィーアさまの歌劇――ッ☆ すなわちアダマヒアの吟遊詩人は、踊り子もしくは道化師のような衣装を着て、宮廷道化師のような歌を歌っていますッ☆」
「ん? 『宮廷道化師のような歌』ってことは?」
「言いにくいことや悪い知らせを歌うのですッ☆」
「じゃあ、フィーアの出生の秘密とか」
「もちろんッ☆ それが民衆のもっとも聞きたいことでしょうッ☆」
「マズイな」
「でも、みんなそれを聞きに来るのですッ☆」
「いけませんっ」
と、クーラが悲鳴のような声をあげた。
すると、ワイズリエルがイタズラな笑みで言った。
「だから、クーラさまがそのコーラス隊に混ざるのですッ☆ コーラス隊を率いて、歌詞の内容をコントロールするのですッ☆」
「私が……」
「コーラス隊は、必ずやクーラさまの美声に圧倒されますッ☆ 自然とクーラさまの歌う通り、その歌詞の通りに歌うようになりますよッ☆」
「……分かりました」
「頑張ってくださいッ☆」
「……はい、でも」
そう言って、クーラは俺を甘えるような瞳で、チラッと見た。
そして言った。
「カミサマさんも一緒に来てください」
「えっ? うん、行くよ」
「ありがとうございます」
「まあ、もしものときのために、俺がいたほうが便利でしょ?」
神の力が使えるからな。
それにあのマリの動きも気になるし。
俺が頷くと、クーラは満ち足りた笑みをした。
そしてまるで可憐な少女のように、はしゃいで言った。
「では、カミサマさんも一緒に衣装を創りましょう」
「は?」
「あの、前々から思っていたのですが……。カミサマさんが地上界に降りるときの服装は、かなりいい加減ですよ」
「いや、まあ」
実は先日、ミカンからヤクザ者っぽいと言われたばかりである。
「ねえ、ワイズリエル。お願いします」
「かしこまりました、クーラさまッ☆」
そう言って、ワイズリエルはバチッとしたアイドルのような笑顔をした。
俺が立ち上がると、嬉々として手を引っぱった。
俺たちは、ウォーク・イン・クローゼットに入った。
そして、巨大な全身鏡を前にして、ワイズリエルの解説を聞いたのだ。
「さて。中世ヨーロッパの衣服ですが――ッ☆ 素材と女性のものについては、以前【第27部分 25日目。衣装】にも、お話しましたので手短に述べます。素材はリンネル・亜麻・ウール、そして絹ですッ☆」
「うん」
「ボトムスは、ズボンに革ベルト、靴下、一枚革の牛靴ですッ☆」
「なるほどね」
と言いつつ、俺は『神の力』で自分の衣服を創り変えた。
もう慣れたもので、指を鳴らせば一瞬で服が換わる。
「ご主人さまッ☆ 靴はロングブーツですよッ☆」
「ロングブーツか。じゃあ、それに合わせるファッション、しかも中世ヨーロッパっぽいのは」
そう呟いて俺が首をひねっていると、ワイズリエルはクスリと笑った。
そして言った。
「ご主人さまッ☆ 中世盛期(1000年~1300年)にオシャレとされていたのは、シルエットがシンプルであること、そして身体にピッタリであることでしたッ☆」
「なるほど、それは分かったけれど」
しかし具体的な衣服がイメージできないな。
「ではッ☆ シンプルなスーツ、あるいは学生服を創ってみてくださいッ☆」
「うーん。じゃあ、スーツで」
俺はシンプルなスーツを創った。
ワイドスプレッドのYシャツに、濃紺のシングルスーツ。
細い濃紺のソリッドネクタイ。いわゆるジェームズボンド・スタイルだ。
「ネクタイは必要ありませんッ☆ それとその服からボタンをすべて消去してくださいッ☆」
「わっ、分かった」
「襟はもっとシンプルにッ☆ Tシャツのような丸襟か、学生服のような詰襟でお願いしますッ☆」
「はい……」
「寒かったらセーターを着ても構いません」
「いやっ」
スーツにセーターってヤクザっぽくね?
「それにロングブーツを履いて、マントを羽織ったら完成ですッ☆」
「スーツにロングブーツ?」
「ふふっ、軍服みたいです」
と、クーラが嬉しそうに言った。
まったく、他人事のように言うなよなあ。
そう思って、俺は指をパチンと鳴らした。
それと同時に、クーラの服が俺と同じ衣装に変化した。
イジワルのつもりだったのだけど、しかし、クーラは喜んだ。
もとのミニスカがよっぽど恥ずかしかったようだ。
「ふふっ、嬉しいです」
「いっ、いやあ」
俺が苦笑いしながら頭をかいていると、ワイズリエルがイタズラな笑みで言った。
「ちなみにご主人さまッ☆ ご主人さまがよく着ているロングコートは、第一次世界大戦の頃に普及したものですッ☆」
「じゃあ、マントのほうが中世っぽいのか」
「はいッ☆ それと、バッハとモーツァルトは革新的な音楽家、18世紀のドイツの音楽家ですッ☆ しかもバッハは西洋音楽の基礎を構築した作曲家、『音楽の父』と評価されていますッ☆」
「ということは」
「それ以前の音楽……中世ヨーロッパの音楽からすれば、新しすぎますねッ☆」
「はァ」
俺とクーラは、恥ずかしさに肩をすぼめた。
そしてチラッと視線を交わし、クスリと笑った。
するとワイズリエルは、母性に満ちた笑みで言った。
「色と柄については明日にしましょうッ☆」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と19日目の創作活動■
宮廷道化師と衣装について学んだ。
……今日創った衣装は、中世ヨーロッパの一般的なものであるが、デザインに関して言えば、道化師のものもそれほど違いはない。道化師を道化師らしく見せているのは、色と柄によるところが大きいのだと、ワイズリエルは言っていた。




