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18日目。吟遊詩人と音楽

「今日は中世ヨーロッパの音楽について学びましょう」

 とクーラが言った。

 俺は庭に急きょ創った防音室の扉を閉めて、頷いた。

 ギターのような楽器『リュート』を抱いている。



「中世ヨーロッパの音楽ですが、結論から言いますと、よく分かりません」

「資料が少ないのか」

「それもあるのですが、現代のような楽譜が作られたのが16世紀なのです」

「ああ、どんな曲だったのかを伝える手段がなかったのか」

「推測するしかありません」

「なるほど」

 俺が頷くと、クーラはその切れ長の瞳を細めて微笑んだ。

 そして言った。


「ですから私は音楽のルーツを辿り、どのような曲だったのかを推測しました」

「おお」

「そしてそれは、現在のアダマヒアで歌われている楽曲と一致しました」

「ようするに、これから説明する曲は、週末の歌劇と一致するわけか」

「その通りです」

 そう言ってクーラは、微妙にドヤッ! って感じの顔をした。




「さて。中世ヨーロッパの音楽、そのルーツは主にふたつです」

「それは?」

「教会音楽と吟遊詩人(ぎんゆうしじん)です」

「なるほど」



「教会音楽は、9世紀のグレゴリオ聖歌が有名ですね。聖歌隊が単旋律の曲を楽器の伴奏なしで歌っていました」

「単旋律ってことは……ドミソとかファラドみたいな和音がないんだな」


「ええ。ですが、その和音を発明したのは教会です。教会に設置されたオルガンの鍵盤から偶然、美しい響きを発見したのです」

「それを追求したのが和音、多声音楽というわけか」

「その通りです」

 と、クーラはすこし驚いて言った。

 そして不安げな瞳でこう訊いた。



「あの、カミサマさん? もしかして音楽の知識があるのですか? というより、思い出したのですか?」

「ん? ああ、違う違う。俺は記憶を失っているけれど、大学くらいまでの記憶はあるんだよ」

「なるほど」

「義務教育レベルの話なら、なんとかついていける」

「でもそれは?」

 と言ってクーラは俺の左手を視た。

 俺は話をしながら、リュートの弦を無意識に押えていた。


「うーん。よく分かんないけど、指がおぼえてるんだよね」

「学生時代に楽器をやっていたのではないですか?」

「やってないよ」

「じゃあ、体がおぼえているのですね」

 と、クーラがしんみり言った。

 そして彼女は、いつもは冷たくみえる、その整った顔をすこし赤らめた。

 目尻からぞっとするようなオンナの視線を俺に送って言った。



「カミサマさんが記憶をなくしていた頃に、ちょうど女の子バンドのアニメが流行ったのです。きっとその頃にギターを練習したのですよ」

「うーん」


「その特技もあって、昔はよく、私たちの練習に付き合ってくれたのですよ」

 と言って、クーラはじんわり微笑んだ。

 俺は、どんな顔をして好いか分からず、とりあえず微笑みをかえした。……。



「というわけで、カミサマさん」

「はい」

「教会音楽は、聖歌隊とオルガンをイメージすればお分かりになると思いますが」

「だいたいのところは」

「では、もうひとつのルーツ――吟遊詩人についてです」

「うん」

 俺が頷くと、クーラは青い髪を耳にかけた。

 そして微笑んで言った。





吟遊詩人(ぎんゆうしじん)とは、詩曲を歌って旅する人々のことです。主に、10世紀から15世紀にかけて活躍しました」

「だったら、アダマヒアの文化レベルと一致する」


「彼らは低層階級の音楽師です。ですから、その楽曲のルーツは、主にケルトやゲルマンと推測されます」

「土着の民族音楽って感じかな」


「そうです。彼らの奏でる音楽は、体系化された学術的なものではありません。もっとも、それが音楽本来の姿だと思いますが」

 そう言って、クーラは涼やかに瞳を細めた。

 彼女は元騎士で、教会に所属していたことがある。

 だから、いろいろと思うところがあるのだろう。



「また、低層階級出身の音楽師とは別に――。十字軍の時代には、騎士だった者が吟遊詩人になったといいます。この元騎士の吟遊詩人は、教会音楽をルーツとしていると思われます」

「聴いて育ったからな」


「その通りです。人は幼少期に聴いた楽曲をいつまでも愛します。ですから、様々なルーツをもつ吟遊詩人たちは、どこに行っても、それぞれの故郷の曲、慣れ親しんだフレーズを奏で続けるのです」

「だから、吟遊詩人の曲は、ひとまとめに『こういったジャンル』と言えないのか」



「はい。ケルト、ゲルマン、ノルマン、ローマ、イスラム、さらにはインド……。彼ら吟遊詩人が影響を受けた楽曲、ルーツはさまざまです」

「インドまで?」


「交易してましたからね。ちなみに、そのリュートと日本の琵琶(びわ)は先祖が同じだと言われています」

「そう言われてみれば、なんか似てるな」

 と言って、俺は弦をジャランと鳴らした。

 気分は琵琶法師だったけれど、鳴った音はもろに現代っぽい響きだった。



「ふふっ。そのリュートは、現代のチューニングですね」

「あっ、まずいかな」

「いえ。それで構いません」

「ん?」


「リュートのチューニングは、地域や年代によってバラバラです。というより不明ですし、そもそも弦の数だってバラバラなのです」

「じゃあ、アダマヒアではどうしてるんだ?」


「アダマヒアの音楽は、吟遊詩人と宮廷道化師と教会音楽がミックスされています。ですから、教会のオルガンにあわせると思いますよ」

「オルガンを鳴らして、その音で、ほかの楽器がチューニングするのか」



「まず間違いなく。ちなみに、そのオルガンも中世ヨーロッパでは、地域によってパイプの長さ、すなわち音程が違っていたのですが、アダマヒアの場合は大丈夫です」

「あっ」

「ふふっ。カミサマさんが創ったオルガン……NPC商人が売っていたオルガンが元となって、この世界はすべて調律されています」

「そっ、それは」

 良かった――のかなあ。





「さて。それでは、まとめに入りますが――。中世ヨーロッパの音楽は、結局のところ、教会とオルガンに強く影響を受けています」

「聖歌隊とオルガンの鍵盤 (音の分割のしかた)に、支配されているわけだな」


「しかも、アダマヒアのオルガンは、現代のチューニング。そこにギターによく似たリュートと、カラオケで使うあのタンブリンが加わります」

 そう言ってクーラは、タンブリンをシャカシャカ鳴らした。

 俺はそれを見ながら、オルガンを創ってみた。



「カミサマさん。このオルガンとリュートとタンブリンからなにか連想しませんか?」

「うーん」


「オルガンとギター (リュート)とタンブリン、それに歌が加わればバンド・サウンドになりますよね」

 そう言って、クーラはオルガンを弾いた。


「なんかファイナル・ファンタジーの戦闘BGMっぽくね?」

「ジャンル的にはクラシック・ロックですが、その通りです」

「ああ、『ビッグブリッヂの死闘』とかそうだね」


「リュートを合わせてみてください」

「リズムを刻むことしかできないけれど」

 そう言って俺は、適当に押えて、適当に弾いた。

 押えるところは、体が覚えていた。


「クラシック・ロックのバンド『ディープ・パープル』っぽいですね」

「オルガンとギター、タンブリン。それにシンプルなコード進行だからな」

 どうしてもロックになってしまう。


「では、このような感じで弾けませんか?」

「音が上がっていって、下がり戻ってくる」

「それを繰り返します。アルペジオといいます」

「こんな感じ?」


「すごいです! ああ、あとカミサマさん。さっき、指が覚えていると言いましたよね?」

「うん」

「なにか、手癖(てくせ)で弾けませんか?」

「うーん」

 俺は乱暴に左手を動かしてみた。

 それにあわせて右手で弦を弾いてみた。


「もっと速く弾けません?」

「こんな感じ?」

「そうです、それです、すごいです! すごいですカミサマさん!!」

 と、クーラは瞳をキラキラさせて言った。

 嬉しそうに両手を胸の前で合わせて、こうつけ加えた。


「それは大人気アニメのギターソロですよ」

「あ"!?」


「クラシック・ロック調のエンディング曲です」

「……そうですか」

 俺の奏でるフレーズに哀愁が漂ってくるなか、クーラは夢見るような顔をして言った。



「クラシック・ロックのバンド『ディープ・パープル』は、様々なミュージシャンに影響を与えました。ですが、そのディープ・パープルのギタリスト『リッチー・ブラックモア』もまた、クラシック音楽から影響を受けたのです」

「カツラとか?」

「………………」

「すんません」

「もう、ふざけないでください」

 そう言ってクーラは、まるでお母さんのような、ため息をついた。

 そして俺のフレーズに寄り添うように、オルガンを弾きはじめた。

 そうやってしばらく演奏していると、やがてクーラは言った。


「ディープ・パープルのギタリスト、リッチー・ブラックモアは、バッハやモーツァルトから強く影響を受けました。今、私たちが演奏しているこの曲のコード進行はバッハ、そしてギターソロはモーツァルトそのものです」

「そうなんだ」


「これさえ弾ければ、中世ヨーロッパの音楽はバッチリです!」

 いや。

 バッハやモーツァルトって、たしか中世よりもずっと後の人だったよな。


 俺はそう思ったけれど、クーラは盛り上がっちゃって、なにを言っても聞こえてないし、それになにより俺も楽しかったから、結局そのことはそのままにして、この日はずっと、ふたりで演奏しまくった。

 クーラは夜遅くになっても演奏をねだり続け、俺もそれにいつまでも応え続けた。――



――・――・――・――・――・――・――

■神となって2ヶ月と18日目の創作活動■


 吟遊詩人と音楽について学んだ。



 ……途中から脱線してまったく関係ない曲を弾きまくってしまった。



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