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17日目。ふたつの太陽

「ドライ王とフィーアさまの、あの人を()きつけるオーラは、よく似てますッ☆」

 とワイズリエルは言った。

「たしかに……」

 と言って、俺たちは絶句した。――



「ご主人さまッ☆ フィーアさまの出生には様々なウワサがありますッ☆ そのことについて、太陽王は沈黙を保っていますッ☆」

「当たり前だ」

 それがオトナの対応である。


「ですが、ご主人さまッ☆ アダマヒアの民衆は、そのオトナの対応ができませんでしたッ☆」

「ウワサが大きくなってしまったのだな」


「そして今週末ッ☆ その声に押されるようにして、フィーアさまは歌劇を開催することになりましたッ☆」

「おっ?」



「太陽王ドライに歌を披露するのですッ☆」

 ワイズリエルは眉を絞って言った。

 俺たちは、しばらく彼女が眉を絞った意味を分からずにいたが、やがて、その致命的な状況を理解するとあえぐように言った。



「彼女がその場で、娘だという確たる証拠を出したら、ドライ王は失脚する」



「その通りです、ご主人さまッ☆ 太陽王ドライは、信賞必罰(しんしょうひつばつ)をスローガンに掲げる厳正な王ですッ☆」

「さらには絶対王政の王にも関わらず『国王は、法の、ひとり目の下僕』と主張している王でもある」


「その彼に隠し子がいると知れたらッ☆」

「国民に知れ渡ってしまったら」

 太陽王ドライは自らを罰することになる。

 アダマヒアは優れた王を失うことになる。



「そして、絶対王政は崩壊するのですッ☆」

「たったひとつの過ちで……」

 俺たちは陰鬱な面持ちでため息をついた。


「ご主人さまッ☆ 今、ドライ王を失えば、文明が大きく後退しますッ☆」

「アダマヒアの民は強烈なリーダーシップを失い、モンスターの襲撃に怯えることとなる」

「そうなれば心は荒れすさみ、各都市間、各職業間で、愚かな争いがはじまりますッ☆」

「………………」


「ここは干渉すべきですッ☆」

 そう言ってワイズリエルは、深く頭を下げた。

 俺は大きくつばを呑みこんだ。

 しばらくすると、ワイズリエルは怯えたような瞳で俺を見上げてから、すこしだけイタズラっぽく言った。



「それにご主人さまッ☆ もし、私がマリさまだったならッ☆ この隠し子騒動を知ったとしたら――ッ☆ 必ずや舞台に乱入し、アダマヒアをメチャクチャにするでしょうッ☆」



「はァ!?」

「太陽王を指さし、有ること無いこと叫びますッ☆」

「おまえっ!」

「きゃはッ☆ だって面白いじゃないですかッ☆」

 と言ってワイズリエルは立ち上がった。


「ふざけんなよ!」

「あなたは最低です」

「なんだとコラァ!」

 などと俺たちが騒ぐと、ワイズリエルは少し怯えて言った。


「マリさまならやりかねない――と言っただけですよッ☆」

「……もうっ」

 俺たちは思わず息を漏らすように失笑した。

 そして、ため息をついたあとで、

 たしかにあの女ならやりかねないな――と思った。

 あの根性の悪い笑みを思い出したのだ。

 するとワイズリエルは、ちょこんと舌を出して言った。



「というわけでッ☆ フィーアさまの舞台に参加しましょうッ☆」

「舞台に参加ァ!?」


「マリさまを捕まえることにもつながりますッ☆」

 そう言ってワイズリエルは深く頭を下げた。

 俺たちは頷くしかなかった――……。





「……――というふうに、昨日まとまったんだけどさ」

 俺は頭をかきながら言った。

 するとクーラがその切れ長の瞳を、すうっと細めた。

 そして言った。

「なにか不満でもあるのですか?」



「週末にさ、フィーアって娘の歌劇があるんだよね?」

「ええ」

「それを太陽王ドライが観るんだよね?」

「とても大きな野外の演劇場です」


「で。その舞台で騒ぎがあっては困ると」

「太陽王の名声に傷をつけてはいけません」

「そのために、俺たちは歌劇を監視するわけだ」

「そこにマリが来るのではと、ワイズリエルは言っています」

「もし来たら、それも捕まえてしまうと」


「一石二鳥です」

「素晴らしい作戦だな」

 俺たちは大きく頷いた。



「それでだ。舞台を監視するために、俺たちも彼女の歌劇に参加するんだよね?」

「そう言う話に、昨日まとまりました」

「うん」

「なにが不満なのですか?」

「いや、このことに不満はないよ」

「だったら私のことですか?」

 と、クーラは憮然として言った。

 俺は慌てて否定した。


「違う。違うんだよ、クーラ。キミが歌劇に参加することに問題はない。キミの歌は素晴らしいからね」

「ありがとうございます」


「教会で歌っていたんだよね?」

「ええ。それに前世でも」

 私はアイドル、いえ、シンガーでした――と、クーラは恥ずかしそうに言った。

 俺は、またその余計な設定か――と、うなだれた。



「まあ。それはともかくとして、クーラ」

「はい」

「俺が不満に思っているのは、キミが歌劇に参加することじゃなくて」

「練習に付き合わされることが不満なのですか?」

「いや、そうじゃないよ」

「だったら、いったいなにが不満なのですか?」

 そう言って、クーラは詰め寄った。

 だから俺は、かかえていた楽器を横にやってから、こう言った。


「なんで俺が楽器を弾くんだよ」


 するとクーラは、母性に満ちたため息をついた。

 そして、まるで女教師のようにピシャリと言った。


「伴奏なしでは、練習になりません」

「いや、CDとか創るからさ。それを聴きながら練習してよ」

「生演奏と合わせて歌いたいのです」


「……分かった。じゃあ、そのことは分かったよ」

「まだ、ほかに有るのですか?」

「あ、ああ」

「まだ、ほかに文句が有るのですか?」

「いや、二回言わなくても」

 二回言って強調しなくても。



「じゃあ分かったよ、楽器は演奏するよ。やったことないけど」

「ふふっ、大丈夫ですよ」

「はァ」

「だってカミサマさんは、神なのですから」

「うーん」

 こういうときだけ、神として扱うんだよなあ。

 というより、神のことを便利屋とか何でも屋だと思ってるんだよなあ。


「って、まあいいや。でもさ、クーラ」

「なんですか?」

「このピエロのような服装だけは、やめても良いかな?」

 と、ここで俺は不満の根源にようやくふれた。

 しかし、クーラはその美しく整った顔をゆっくりと横に振った。



「いけません」

「なんでっ」

「雰囲気が出ないじゃないですか」

「はァ!?」


「いいですか、カミサマさん。フィーアの舞台は、吟遊詩人と宮廷道化師のミクスチュア。中世ヨーロッパのエンターテインメントが混然として一体となった総合芸術です。そうワイズリエルが言っていましたよ」

「……はい」


「その舞台に立つために、私はしっかり練習をしたいのです」

「うん」

「悔いの残らないよう、万全を期しておきたいのです」

「うん、とても素晴らしい心がけだと思うよ」

 でもそのことと俺がピエロの服装をしていることにどのような関係が?



「見慣れておきたいのです」

「え?」


「だって、そんな面白い人がステージにいたら笑ってしまうではないですか」

「え? 今なんて?」


「だから、そんな面白い格好をした人がいたら、笑ってしまって歌えません」

「ちょっとキミ、クーラくん。今、俺のことを面白い格好って言ったよね?」

 と、俺はたしなめるように言った。

 しかしクーラは、そんな俺の困った顔には気付かずに、


「そのような面白いメイクはズルイです。歌になりません」

 と、とても失礼なことを、とてもキラキラとした顔で言った。

 それだけではなく。


 だからカミサマさんの面白い顔を見て鍛えるのです――と、クーラはドヤ顔でつけ加えた。

 素晴らしいアイデアでしょう? ――と、すこし誇らしげだった。

 そして、褒めてもらいたそうな、そんな瞳で俺をじっと見た。



「……分かりました」

 結局俺は、そんなクーラのピュアな瞳に負けてしまった。

 彼女とともに中世ヨーロッパのエンターテインメントについて学ぶことになったのだ。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって2ヶ月と17日目の創作活動■


 フィーアの歌劇に介入することになった。



 ……当日は、クーラが彼女のバックシンガーとして潜入することになる。その採用手続きに関しては、ワイズリエルが上手く処理してくれるだろう。



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