16日目。貴種流離譚
今日は、みんなにリビングに集まってもらった。
テレビにアダマヒアを映し、俺はまず言った。
「簡単に現状を確認しようか」
「現在、アダマヒア王国は橋の守備を固めている。穂村とザヴィレッジも同様に守備を固めてる。ちなみに、ザヴィレッジからは王国と穂村に避難する者がでていたが、この避難は先日で完了したようだ」
「あの幌馬車ですね」
クーラが青髪を耳にかけながら言った。
俺は頷いた。
「そう。俺とミカンが地上界に降りたときの、あの幌馬車だ。助かったんだってね?」
「ええ。騎士が救出に向かったのです」
「良かった」
「はい」
俺たちは、満ち足りた笑みをした。
「それで各都市は守備を固めつつも、今まで通りの生活をしている。これはなぜかというと、マリのやりたいことがよく分からないからだ」
と、俺は言った。
するとミカンが、
「放っておけよ」
と、ぶっきらぼうに言った。
「マリのことは放っておけ。あいつはカミサマの顔を視た。だからもう、前世の記憶を取り戻したとか、忘れたままだとか、そういったのは関係ねえ」
と、ミカンは自信満々に言った。
俺たちが首をかしげると、ミカンはこう続けた。
「あいつは、カミサマの顔を視たからな。またカミサマに惚れるよ。そうなれば前世のマリと同じだろ」
「はァ」
「マリはカミサマに惚れている。マリはモンスターのボスをやっていて、カミサマは、ここであたしたちと世界を創造している。だから放っておいていい」
「ちょっと待てよ。途中までは分かったが、最後にものすごく話が飛躍したぞ」
「うっせえ。マリは性格はひん曲がってるけど、悪いヤツじゃねえ。放っておいても問題ねえよ」
「性格はひん曲がってるのに、放っておくのかよ」
「ああン、めんどくせえなあ? マリはカミサマにかまって欲しいんだよ。だから色々と頭のおかしなことをやってるけれど、それだけなんだよ」
「だからって放っておくのか?」
「だーかーらー! 誰も死んでねえだろうがッ!!」
と、ミカンは苛々して言った。
「あいつはカミサマに見捨てられないよう、ギリギリのところを攻めている。だからマリは大量殺戮なんかしねえし、カミサマがキレるようなこともしねえ」
だから放っておけ――と、ミカンは言った。
俺とクーラが、思わず詰め寄ると、
「追いかけても喜ぶだけだ」
と、ミカンは呆れて言った。
「それに追いかけても捕まンねえだろ、あのアホは」
「……ええ」
「あと、緑のオアシスは占拠されたけどさ、あれも問題ねえだろ?」
「それはっ」
「ザヴィレッジに攻めてくるわけでもねえだろ?」
「今のところは」
「じゃあ問題ねえ」
と、ミカンは言った。
俺が口を尖らせると、あごを上げてガラ悪く詰め寄ってきた。
つんつんと、おっぱいを下からこすり当てるように寄ってきたのだ。
「ああン?」
などとチンピラのような声をあげ、まるでキスをねだるように顔を近づけてくる。
「……って」
おまえは昭和のヤンキーかよ。
バイクで事故って不運とダンスっちまうのかよ。
そんなフレーズが頭をよぎってしまった。
失笑したら、かるくくちびるがふれた。
「なっ!?」
ミカンは、ばっと上体をそらした。
そのネコのようなつり目にじんわりと涙を浮かべ、顔を真っ赤にした。
涙目で俺を睨んだのだ。
で。
そのまま睨まれていると、ミカンは照れくさそうに顔をそらし、ぼそりと、
「許す……」
と言った。
「あっ、ああ」
と俺は、わけが分からないながらも、とにかく頷いた。
すると、クーラたちがくすりと笑った。
俺もつられて笑うと、ミカンはじんわり照れくさそうに笑った。
そして穏やかな空気のなか。
ワイズリエルは、やがて、
「マリさまを放っておくことに、私は賛成ですッ☆」
と言った。
それからつけ加えた。
「というより、他に優先することがあるのですッ☆」
「他に優先すること?」
「はいッ☆」
俺たちがいっせいに座り直すと、ワイズリエルはバチッとウインクをキメた。
「マリさまのほかにも、ご主人さまの『嫁』がいたのですッ☆」
「あー」
またその失礼かつ余計な設定か。
俺は、うなだれながらも諦めて訊いた。
「今度はどんな娘?」
するとワイズリエルは、たしなめるような目をして言った。
「太陽の歌姫という、ザヴィレッジからの難民ですッ☆」
「その娘が?」
「フィーアといいますッ☆」
「で、前世の記憶とかいうのは思い出してるの?」
「思い出してませんッ☆」
「ハッキリ言うんだな」
と俺は、素朴な疑問を口にした。
ワイズリエルは即答した。
「ご主人さまッ☆ フィーアさまは以前、ご主人さまを視ていますッ☆ いえ、ご主人さまだけでなく、クーラさまとミカンさまも視ているのですッ☆」
「はァ」
「それなのにフィーアさまは、皆さまのことをいつまでも、はじめて視たようなそんな目で視ていましたッ☆」
「だからっ」
「っていうか、いつの話だよ」
ミカンが噛みつくように言った。
ワイズリエルは応えた。
「ちょうど10日前ッ☆ みなさまが、ザヴィレッジのギルドに行ったときですッ☆」
「ああ、あのモンスターを倒した日か」
「村に名前をつけた日ですね」
「宿で祝杯を挙げた日か」
俺たちがいっせいに言うと、ワイズリエルは頭を下げた。
「そのときには気付かなかったのですが、あの場にフィーアさまが居たのですッ☆ 彼女のことを、あとで調べてから気付いたのですッ☆」
「いや、謝ることないよ」
と、俺は笑って言った。
するとミカンが、
「っつーか、ワイズリエル?」
と言った。
首をかしげて、そして訊いた。
「今、あんた、『あとで調べた』って言ったか?」
「はいッ☆」
「なぜ調べた?」
「そのことなのですがッ☆」
と前置きして、ワイズリエルはゆっくり言った。
「フィーアさまは『太陽の歌姫』……大人気の吟遊詩人ですッ☆ 先日の幌馬車で王国に避難してきたのですが、それはさておき、もともと彼女は王国に暮らしていたのですッ☆」
「じゃあ、Uターンしたわけだ」
「今から十数年前ッ☆ フィーアさまは、母親に連れられてザヴィレッジに移り住みましたッ☆ 彼女の父親のことを調べる者が出てきたからですッ☆」
「ん?」
「太陽の歌姫――と、フィーアさまは呼ばれていますッ☆」
と言って、ワイズリエルはテレビに美少女を映した。
「この娘はッ!?」
「フィーアさまですッ☆」
「じゃなくてッ!」
と、ミカンが叫ぶと、
「『嫁』仲間ですッ☆」
と、ワイズリエルが応えた。
「そんなっ!? ……フィーア、あなた!?」
クーラが涙声で呟いた。
するとワイズリエルが、
「フィーアさまはクーラさまと同じゲームのヒロインッ☆ 大親友でしたねッ☆」
と、しんみり言った。
で。
そこら辺のことがよく分からない俺は。
そこら辺のことからは目を背けたい俺としては。
このフィーアという美少女を視て、違った意味で驚いた。
「太陽の歌姫フィーアって、太陽王ドライにそっくりじゃねえか」
この言葉に、クーラとミカンは絶句した。
ワイズリエルは、陰鬱な面持ちで頷いた。
「ご主人さまッ☆ よくよく見れば、ドライ王とフィーアさまの顔は、まったく似ていませんッ☆ ですが、フィーアさまの舞台を観た人々は、ご主人さまと同じように、ふたりがそっくりだと思うのですッ☆」
「それはっ」
「それはドライ王とフィーアさまのもつオーラッ☆ ふたりのもつ、アイドルオーラとも言うべきカリスマ性、人を惹きつけるオーラがよく似ているからですッ☆」
「たしかに……」
俺たちはそう呟いて、テレビに映るフィーアの、まるで太陽のような笑顔をしばらく視たままでいた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と16日目の創作活動■
太陽の歌姫フィーアを知った。
……ワイズリエルたちは、彼女のことをまた俺の嫁 (ゲームキャラ)だと言うけれど、それはともかくとして、リボンのよく似合う、すこしタヌキっぽい美少女だった。




