14日目。【創世録】エイジ
俺とミカンが地上に降り立ったとき。
それと時を同じくして、城壁から、ひとりの少年が飛びおりた。
名を、エイジという。
エイジは、モンスターの眼前に降り立つと、背負っていた巨大な盾を構えた。
そしてモンスターに向かって突進した。
幌馬車を救出するためである。
なぜ、エイジがこの行為に及んだのか。
それを知るために我々は、彼の出生までさかのぼる必要がある……――。
今から十数年前、エイジは穂村で生まれた。
未熟児だった。
山間部にひっそりと暮らす穂村の民は、もとはアダマヒアの遭難者である。
それが山で暮らしていくうちに、どういうわけか数世代かけて小柄になった。
そんな穂村のなかでも、エイジは飛び抜けて小さかった。
幼少期はかなり心配されたが、しかし、エイジはたくましく育った。
ただし小柄なのは変わらない。
一〇歳を過ぎた頃だった。
エイジのなかで眠っていた穂村の血が、突然騒いだ。
穂村の血。
それはすなわち、遭難してこの地に辿りついた者の血である。
アダマヒアに帰ろうとはせず、ここに定住した者の血である。
そもそも穂村とは。
クーラの自己犠牲に心を震わせた者たちが遭難し、集まった村である。
さらには、大都市の生活に馴染めなかった者たちの集まりである。
途中、聖バインの騎士が合流したが、この村には脈々とそういった者たちの血が引き継がれている。
そんな血がエイジのなかで騒いだ。
彼は、この衝動を抑えることができなかった。
村を飛びだしたのである。――
エイジは、交易商に混ざって村を出た。
ちょうどその頃、南の村が出来つつあった。
後に『ザヴィレッジ』と命名されるこの村で、エイジはしばらく暮らした。
当時、穂村からの移民は珍しかった。
それに、村にもゆとりがあったからエイジは可愛がられた。
あれこれと頼みごとをしては、それを理由に、いろいろと与えた。
無賃宿に寝泊まりしていたエイジは、それで食いつないだ。
村人とも親しくなった。
しかし、エイジの興味は村人には向けられなかった。
アダマヒア王国からの移民に向けられた。
エイジは、アダマヒア王国から流れ着いた者――しかも、ギルド目当てではない女子供たち――に興味を持った。
エイジは、彼女たちに話をねだった。
彼女たちは王国での暮らしを捨てた者である。
だから王国のことを話したがらなかったが、しかし、エイジにはそのことへの配慮がまったくなかった。
夢見るような瞳で話をねだった。
そこらへん、エイジは無神経にできている。
あるいは人を思いやる気持ちに欠けていたのかもしれないが、ただ、エイジはまだ一〇歳を過ぎたばかりである。
そういった配慮を求めるには、酷な年齢である。
しかし、エイジは徐々に孤立していった。――
数年が経った。
エイジはギルド会員になっていた。
しかし、他のギルド会員とは少し距離を置いていた。
――おまえたちとは違うのだ。
そういった気分が、エイジにはあった。
村に教会が建つと、エイジはそこに入り浸るようになった。
そしてしばらく経つと、また馴染めなくなった。
そうなると今度は、アダマヒア王国に向かった。
聖バイン教会の門を叩き、騎士になろうとしたのである。
このときのエイジの心情を知るすべはない。
ただ、アダマヒアに馴染めなかった者の血……穂村の血が、エイジを突き動かしアダマヒアに戻ってくるというのは、まるで親と和解するために里帰りをするようで少々あたたかい。
さて、そのエイジのことである――。
エイジが聖バイン教会を訪ねたとき。
騎士になりたいと夢見るように言ったとき。
それを聞いた修道士たちは困惑した。
エイジは無遠慮で押しが強かった。
というより相手の都合を一切考えない。
しかも、エイジは相手の表情を読み取れない。
気持ちを察する力が、致命的なほど未熟なのである。
そんなエイジに修道士たちは困惑したが、しかし、エイジはザヴィレッジ教会からの手紙を持っていた。
そこには、エイジの気質について詳しく書かれていた。
そして、お救いください――と結んであった。
そのことでエイジは放り出されずにすんだ。
彼は望み通り、騎士団に入ることができた。
これでたくさんの人を助けることができる、人の役に立てる――とエイジは感動したが、しかし、聖バイン教会としては、逆に、彼を救済するつもりだったに違いない。
騎士団に迎えられたエイジは、初め驚きの目を向けられた。
それは彼が穂村出身だからであり、さらには小柄だったからだ。
聖バインの騎士は、成立当初から巨漢ぞろいである。
そんなアメフト・チームのような集団に、子供にしても小さすぎるエイジが来た。
あきらかに場違いで、足を引っぱることが目に見えていた。
しかし、騎士たちは修道士の教育も受けていた。
エイジと似たような年齢の者も多かったが、人間ができていた。
だから、おだやかな微笑みでエイジを歓迎した。
が。
しばらく経つと、エイジの性格が分かってきた。
すると騎士たちは、おだやかな笑みのまま、次第にエイジと距離をとるようになった。
そんななか、たったひとり、きつく当たる少年騎士がいた。
エイジと同じ年齢の彼は、エイジの鈍感さが許せなかった。
が、すぐに、ほかの騎士がなだめエイジと引き離した。
そして年長の修道士が、さりげなくエイジを修道士の道に誘った。
小柄なエイジは、もともと騎士には向いておらず、また、団体行動も苦手だったから、よい機会だと進路変更をうながしたのである。
しかし、エイジは騎士でいたかった。
頑なに断り続け、騎士であり続けた。
そんなエイジに、騎士たちは呆れたが、次第に同情を寄せるようになった。
ただ、少年騎士だけは、なおもエイジにきつく当たっていた。
そして修道士たちは熱心に教育をほどこした。
「エイジよ。ここにあるのは、騎士団を支えた聖人たちの武具である」
「はい」
「あれはツヴァイの剣、その横にあるのはアインの剣」
「あまり褒められた方ではなかったと聞いています」
「………………」
「逆賊と愚王ですよね」
「……そして、あれは聖ダマスカスの農具、さらには聖バインの象徴である大盾」
「今度は武器ですらありません」
「……聖バインは騎士ではなかった。それは彼の死後、教会が建てられ騎士団が発足したからだ。だからあの大盾は、実際に聖バインが使用したものではない」
「ねつ造したのですか」
「……そもそもあの大盾はひとりでは使えない、実戦で使われることを想定して作られてはいないのだ。あの大盾は象徴なのだよ」
「でも、愚王アインは、そのような大剣を片手で使いこなしたと聞いています」
「……エイジよ」
「あれを使いこなせるようになりたいです」
「そのような話ではないっ」
と、思わず修道士は悲鳴のような叫びを上げた。
そして、取り乱した自らをすぐに恥じた。
エイジは、口をぽかんとあけたままであった。
その後もエイジは、どんなことを、どのように教えても、まったく理解しなかった。
理解しようとしなかった。
修道士たちは変な汗をかいた。
エイジを導くことこそ、神の与えた試練なのだと、そう思うようになった。
しかし、この試練はひたすら続いた。
その間、少年騎士はひたすらエイジにきつく当たっていた。
それでもエイジは騎士であり続けた。
もう逃げ場所はなかったのである。――
そしてある日の午後。
騎士たちに、ザヴィレッジから難民が来ることが知らされた。
そのなかに太陽の歌姫と呼ばれる美少女がいる――と、エイジは聞いた。
エイジはザヴィレッジに暮らしてはいたが、その歌姫のことは知らなかった。
だけど、なんだか懐かしさのようなものがこみ上げてきた。
言われてみれば、そのような美少女がいたような気もしてきた。
わけの分からない情熱がこみ上げてきた。
歌姫は必ず俺が護る――と思った。
思っただけでなく口にした。
歌姫を護り、彼女と結ばれるのだ――とまで言った。
言った途端。
いつもきつく当たっていた少年騎士がエイジをブン殴った。
今回だけは、ほかの騎士たちも止めなかった。
騎士(修道士)は、神の教えを探究するために生涯独身を貫くことになっている。
その慣例に挑むようなことを言われては、騎士たちも呆れるほかない。
粛々と武具の手入れをし、いつものように城壁の守りについた。
歌姫を乗せた幌馬車が近づいてくるのを城壁で見守った。
そして夜明け間際。
突発的に、なんの前触れもなく。
モンスターの総攻撃『クルセイド』がはじまった。
不意打ちを食らった騎士団は、しかし、それをよく防いだ。
その最中。
エイジは、森に足止めされた幌馬車を、ただひとり城壁から眺めていた。
しばらくすると、モンスターが反転し南下しはじめた。
城門は依然、激しく攻撃されていた。
そんななか幌馬車に近づくモンスターがあった。
幌馬車にはギルド会員が何人か同行していたが、到底防げそうにない。
それが、ぼんやり眺めていたエイジにはよく分かった。
さっそく騎士たちに言った。
騎士団総長に伝えた。
護るべきだ――と、城壁に来ていた太陽王ドライに向かって叫んだ。
しかし、彼らは沈痛な面持ちで首を振るだけだった。
城門への攻撃は激しく、とても救出に行ける状況ではなかったからだ。
城門を開ければ、王国にモンスターがなだれ込む。
幌馬車の人々の数十倍、数百倍もの犠牲者を出すことになる。
「……ちくしょう!」
エイジは突然、飛びだした。
教会から聖バインの象徴である大盾を持ち出した。
それを背負って城壁から飛びおりた。
――……そしてエイジは今、モンスターに突進している。
俺とミカンが地上に降り立った、ちょうどそのときである。
「このやろう!」
エイジは自分の数倍もある巨大な盾を両手で持ち、ただ突進した。
その姿を、騎士たちは呆然として城壁からしばらく見ていたが、我に返ると、慌てて弓で援護した。
エイジは盾を構えているだけで、攻撃手段がなにもない。
しかも小柄なエイジは、ふらふらとして、その突進には勢いがない。
気持ちだけが先走っている。
エイジの行動には、深い思慮も勝算もなにもない。
ただ救いたいという気分だけが彼をつき動かしている。
騎士たちは、懸命に弓を放ったが、しかしそれで状況が変わるかといえば、まったくそんなことはなかった。
懸命に弓を射るのは、エイジが飛びこむ前からだったし、むしろエイジが突進したことによって攻撃力が弱まった。
弓以外の攻撃手段を封じられてしまったからだ。
これには騎士たちも陰鬱な面持ちとなった。
エイジに悪気がないだけに、やりきれなかった。
騎士たちは懸命に矢を撃ち込む以外にできなかった。
そしてエイジがモンスターにやられてしまうのも時間の問題かと思われた。
「おいッ!」
突然、エイジの後ろから手が伸びた。
小柄なエイジを包みこむように、後ろから手が伸びて大盾を支えた。
「おまえは、やっぱりバカだ」
いつもエイジにきつく当たっていた少年騎士だった。
少年騎士は大盾をガシッとつかみ、前に進んだ。
慌ててエイジも大盾を押した。
モンスターのなかを突き進んだ。
少年騎士は大盾を抱き、モンスターを睨んだまま、ぼそりと言った。
「おまえは、いつも思ったままを言う。それが羨ましかった」
少年騎士は大盾をモンスターにぶつけた。
剣を突き刺し、またすぐに大盾を支えた。
そうやって突き進んでいると、太陽王の大号令が響いた。
城門が開かれ、騎士たちがあふれ出た。
その、はるか後方の騎士たちを見て、少年騎士は自嘲気味に笑った。
そしてエイジに訊いた。
「太陽の歌姫は美人なんだろうな?」
この言葉には、どうせ死ぬ、生き残っても騎士を辞めさせられる、だったら歌姫のために命を投げ出すのも好い、バカバカしくて好いじゃないか――と、そういった十代の騎士の自暴自棄ともいえる様々な想いがこめられていた。
しかし、それをエイジは理解しなかった。
「実は見たことがない」
と、照れ笑いで正直に言った。
少年騎士はモンスターが暴れ狂うなか、しばし呆然と立ちつくした。
が。
すぐに笑ってこう言った。
「おまえは、やっぱりバカだ」
その後、ふたりは幌馬車を無事救出し、王国まで連れ帰った。
そして厳しく罰せられた。
しかも歌姫に面会することは叶わなかった。
まさに愚行、無駄骨であったが、しかし、ふたりは生涯の宝を手に入れた。
親友となったのだ。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と14日目の創作活動■
エイジの活躍を見届けた。
……彼がこのとき持ち出した大盾は、後にエイジズ・エイジスと呼ばれる聖遺物となる。




