13日目。嘲りのクルセイド
早朝。俺はクーラに叩き起こされた。
「カミサマさん、大変です!」
クーラは真っ青な顔をして、俺の手を引っぱった。
俺は、彼女に引っぱられるままリビングに行った。
そこでテレビに映るアダマヒアを観た。
「モンスターに攻められているのか!?」
俺は一気に目が覚めた。
自然と背筋が伸びるのを感じながら、状況を分析した。
「アダマヒア王国をモンスターが攻めているのか?」
「ええ」
「画面に映る青い凸は騎士団か」
「橋の北側、城壁でモンスターを防いでいます」
「そして、ピンクの凸がモンスター」
「西から徐々に集結してきているようですね」
「で、製鉄所の川向こうにある、この赤い凸は?」
「ザヴィレッジからの幌馬車のようですが」
と、クーラは動揺しながら言った。
ちょうどそこにワイズリエルがやってきた。
彼女は映像をすばやくズームした。
そして元の画面に戻してから言った。
「この幌馬車は、交易商隊ではありませんッ☆ おそらくザヴィレッジからアダマヒア王国に行こうとした一般人ですッ☆」
「ああ、避難しようとしたのか」
「そのようですッ☆ しかし、アダマヒアを目前にして、モンスターの襲撃が始まってしまいましたッ☆」
「タイミングが悪いな」
「アダマヒアからザヴィレッジまでは三日半の道程ですッ☆」
「身動きが取れないのか」
俺たちは眉を曇らせた。
ため息をつくと、ワイズリエルは言った。
「しかし、ご主人さまッ☆ 今のところ、この幌馬車は心配しなくてもよさそうですッ☆」
「ああ。モンスターは橋に集中している。このまま森に潜んでいれば、襲われることはないだろう」
「はいッ☆ それにモンスターの動きがどうにも緩慢ですッ☆」
「ん? ああ、たしかに」
言われてみれば、モンスターは城門を攻める最前線こそ痛烈だけど、しかし、全体の動きは緩やかで手ぬるい。進軍が遅いのだ。
「ご主人さまッ☆ マリさまが誘っているように見えますッ☆」
「俺をか?」
「おそらくッ☆」
「また俺に雷を撃たせようと、あの女は王国を攻めているのか」
「そのように見えますが、本当のところは分かりませんッ☆ ですが、本気で攻め落とそうとはしていませんッ☆」
「……たしかに」
俺たちは眉を絞った。
そして、城門にズームした。
そこには、ひと際大きなモンスターが、またも巨大な旗を掲げて立っていた。
「クルセイド――あの旗にはクルセイドと書いてあるのか?」
「そのようですッ☆」
と、ワイズリエルは応えてから、陰鬱な顔をして言った。
「クルセイドとは十字軍のことですッ☆ これはおそらく、先月のレコンキスタへの意趣返しッ☆ アダマヒア王国のモンスター掃討作戦『レコンキスタ・スル』を嘲っての行動かと思われますッ☆」
「そんなっ」
たしかにモンスターからしてみれば、あのレコンキスタはただの蹂躙であり。
アダマヒア王国にしてみても大失策、嘲りを受けてもしかたがない作戦だった。
ただ。
もとを正せば、そのレコンキスタを裏で煽っていたのは、コゴロウなのだ。
そして今、モンスターを扇動してレコンキスタの仕返しをしているのが、そのコゴロウの娘・マリシオソなのである。
「なにやってンだよ」
ミカンは吐き捨てるように言った。
俺たちは思わず息を漏らすように失笑した。
呆れて笑うだけの余裕があった。
それは防衛する騎士団が優勢だったからだし、また、攻めるモンスターもなんだか時間稼ぎをしているような、ゆるさだったからだ。
が――。
「カミサマさん、南を観てください!」
と、クーラが唐突に言った。
「緑のオアシスです!」
俺たちは慌てて指さすところをズームした。
するとそこには、マリシオソ。
禍々しくも荘厳な古木の神輿。
それに腰掛け肘をついたマリシオソが、カメラ目線で、にたあっと笑っていた。
彼女は足を投げ出すようにして、わざとらしく脚を組み直した。
漆黒のドレスから、ちらりと、まっ白な脚が奥まで見えた。
その後ろには、手裏剣と稲妻のマークをあしらった皇女旗。
この地を占領したという証――皇女旗が誇らしげに立っていた。
「あいつッ!」
ミカンが叫んで跳びあがる。
と同時に、緑のオアシスがぼやけた。
一瞬のうちに黒い霧がその一帯を包みこんだ。
それを合図に、モンスターが反転した。
一斉に、南下しはじめたのだ。
「ご主人さまッ☆ モンスターは大型種を城門に数体残して、あとはすべて南のオアシスに向かっていますッ☆」
「そっ、そのようだな」
「城門は、このままで問題ありませんッ☆ ですが、モンスターの南下が少々ダイナミックなことと、それと一部のモンスターがマリさまの制御から解き放たれていることが心配ですッ☆」
「ん?」
「森に待機している幌馬車が危ないかもしれませんッ☆」
「あっ! それじゃ俺が……って、でも」
「はいッ☆ 今は、マリさまを捕まえるチャンスでもありますッ☆」
ワイズリエルが冷然と言った。
俺は大きくつばを呑みこんだ。
そして言った。
「あの女を捕らえれば、城門のモンスターは攻撃を止める。そうすれば騎士団が幌馬車を救出しに行ける」
「その通りですッ☆ ですが気をつけなければいけませんッ☆」
「あの女は俺を待ちかまえている」
「間違いなくッ☆」
と言ってから、ワイズリエルはこう続けた。
「ご主人さまが地上界に降りて、そしてマリさまを捕まえれば、今回の騒動は終わりますッ☆ ですが、あの黒い霧に直接降りてはいけませんッ☆」
「なんで?」
とミカンが訊いた。
ワイズリエルは応えた。
「詳しい説明は後日しますが――ッ☆」
「ああン。結論だけ言って」
「あの霧では『神の力』が使えません、墜落死してしまいますッ☆」
「地面すれすれにワープすればいいじゃん」
「その精度で降り立つのは難しいと思われますッ☆」
「頑張れよ」
「失敗すると下半身を地面にめり込ませ、自転によって、ねじ切られますッ☆」
「じゃあダメだ。霧のすぐ外に降りようぜ」
「はいッ☆ それで良いと思うのですが、しかし、これを観てくださいッ☆」
そう言ってワイズリエルは、緑のオアシスの周囲にズームした。
するとそこには、クロスボウを天に向けたモンスターの群れがいた。
「マリさまも警戒していますッ☆」
「……なるほどね」
ミカンは、腕を組んで困った顔をした。
ワイズリエルとクーラは、思慮深く眉を絞った。
その横でヨウジョラエルは、ふたりのマネをした。
俺は画面を観たまま、しばらく考えた。
そして結論を出すと、それをみんなに伝えた。
「とりあえず行ってくる」
そう言って俺は、おそろしい切れ味の日本刀を創った。
軽くて頑丈な衣服、防具のような強度のコートを創った。
ハイテク構造の機動性に優れたシューズを創った。
そしてそれらを身につけた。
結局は、俺が地上界に降りて、モンスターを倒しつつ緑のオアシスに突入するしかない。
そう結論した。
「それが手っ取り早いよな」
俺が言うと、ミカンが、ガシッと肩をつかんだ。
「あたしも連れていけ」
ミカンはニカッと笑った。
俺は、しばらく考えたのち、大きく頷いた。
そして、後のことをワイズリエルに任せ、ミカンとふたりで地上界に降り立った。――
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と13日目の創作活動■
マリが緑のオアシスを制圧した。
俺とミカンが、マリを捕まえるために地上界に降り立った。
……なんとか撃ち落とされずに着地できた。明日の【創世録】は、森に残された幌馬車がどうなったかを報告したい。




