6日目。集落の試験運用
決めごとばかりで飽きてきたので、今日は集落を創った。
そこに男女をおいて動作確認というか、試験運用をするつもりだ。
まあ、このときの俺は、
失敗しても、彼らを削除してまたやり直せばいいや――と、気楽に考えていたんだ。
俺はまず、大地の真ん中に建物を創った。
それは石を積み上げた壁に木の屋根という、粗末な農民家屋だった。
この家屋は、アーサー王物語の海外ドラマを参考にした。
あと、畑も創った。
というのも、いきなり餓死されても困るからだ。
ちなみに、農作物は昨日食べたパスタの材料を参考にした。
ただし、唐辛子とトマトは除外した。
「唐辛子抜きのパスタは、どうにも味気ないけどな」
「しかし、ご主人さまッ☆」
「分かってるよ。だから南部に細工をしたんだ」
「素晴らしいアイデアです、ご主人さまッ☆」
俺とワイズリエルは、井戸を覗きこむ。
そこから大地の様子が見えるのだ。
もっとも、作戦を練るときは利便性を重視して、以下のような簡易図面を使ってる。
「中世のヨーロッパっぽさを感じさせるために、北は未開地域、南には高度な文明があると設定した。もちろん、高度な文明なんてものは創ってないけれど」
「そこから集落に、商人が来るのですねッ☆」
「そうそう。『南の大都市からやってきた』というふれこみの商隊、それを創るだけで好い。しかも、そいつらは自由意志を持たない俺の使者……ゲームでいうところのNPC、ノン・プレイヤー・キャラクターだ」
「その使者に、様々な異文化アイテムを運ばせるのですねッ☆」
「唐辛子とかな」
実は昨日、中世の食糧事情を少し調べた。
そして、そのあまりにも粗末な内容に、俺は気の毒になってしまったのだ。
「もし不具合があれば修正すればいいよ。どうせ最初は失敗する、それくらい気楽にいこう」
「トライ・アンド・エラーですねッ☆」
「そうそう」
俺とワイズリエルは、満ち足りたため息をついた。
「あと、西に海がある――ということにしたのは、そこから塩を商人が持ってくるためだ。まあ、これも実際には創っていないけれど」
「はいッ☆ 塩鉱山とか面倒くさいですしッ☆」
「そのとおり。で、東は険しい山脈でふさがっている」
「活動エリアを狭めておくためですねッ☆」
「もちろんだ。それと近くに森を創った。森は本当にこんな感じで好いのかな?」
俺は首をかしげ、ワイズリエルとヨウジョラエルを見た。
ふたりは満面の笑みで、こくんと頷いた。
「ご主人さまッ☆ 平地のなかに唐突に樹木が密集して生えている……そんな森にすると、ヨーロッパらしさが出るのですッ☆」
「まあ、たしかにロビンフッドの森とかそうだったけど」
「こういった森は、北関東や岐阜の平野に住んでいるかたにはなじみ深いですけど、神奈川のようなエリア……山と海岸の隙間に街があるエリアで育ったかたは、違和感をおぼえるようですねッ☆」
「森イコール山みたいな先入観は、あるよ」
というか、山の斜面に住宅がある。
「はいッ☆ でもそれは、そのようなエリア独特の感覚です。ですから、ヨーロッパの広大な平野ではこれで良いのですッ☆」
「なるほど」
俺は違和感をぬぐいきれなかったが、
「まあ、いずれ慣れるだろう」
と、最終的には頷いた。
森は、イノシシなどを配置して狩猟できればそれでいい。
目的さえ達成すれば、細部などどうでも好いと思ったのだ。
まあ、『どうでも好い』って感じなのは、細部に限ってのことではないような――気もするのだけれども。
「さて。これで問題なければ、いよいよ人間を配置しようと思うのだけど」
「とりあえず男女一名ずつですねッ☆」
「ああ。まずは、そのふたりで集落の生活が成り立つかテストする」
「つまり、農耕と狩猟で自給自足しつつ、商人と取り引きをする生活ですねッ☆」
「そう。農作物を、南の商人がもたらす香辛料と交換。その香辛料を、西の商人がもたらす塩と交換する。これで生活にゆとりがでるようにしたい」
どうせなら、極貧生活よりも集落が大きくなるさまを観察したいのだ。
「でしたら、ご主人さまッ☆ このレートで試してみましょうッ☆」
「よしっ!」
俺はワイズリエルのメモ書き通りに、商人を設定した。
そして、いよいよ人類誕生というそのときに、
ふと。
思った。
「……あっ。大きな川を創ろう。西からの商人は、船で村にやってくるんだ」
吉川英治の三国志、その冒頭シーンを俺は思い出したのだ。
「ご主人さま?」
「そう、川だよ川! 川が好いよ!! 土手でひざをかかえて商人が来るのを待ってたりとかさ、なんかドラマが起こりそうじゃん」
「……ドラマですかッ☆」
「だって、おだやかで平和な生活とか観てても飽きるし」
これから生まれる男女が聞いたら驚くであろう。
しかし、ワイズリエルは俺の意図を正確に理解し、そして賛同した。
「分かりました、ご主人さまッ☆ でしたらこの通りにッ☆」
「こんな感じで好いの~?」
ワイズリエルの指示で、ヨウジョラエルがノリノリで川を描く。
そして、嬉しそうに俺に見せる。
俺はものすごい笑みで、さっそく地形を創り変えた。
ちなみに言うまでもないが、一番ノリノリなのはもちろん俺である。
「よし! これで準備は整った!! 出でよ最初の人類、アダムとイブ!!!」
俺は誇らしげに集落を指差した。
すると、美少年と美少女がそこに現れた。
目を覚まし、きょろきょろしているふたりを観て、俺は妙な感動を覚えた。
この気持ちを共有したくて、ワイズリエルを見た。
すると、彼女は懸命に笑いを堪えていた。
ヨウジョラエルを見ると、彼女もニコニコしていた。
「えっ? ダメ?」
俺は彼女たちの笑う理由が分からなかった。
首をかしげていると、ワイズリエルがイタズラな笑みで言った。
「なんか私たちと違って、普通の名前だなあってッ☆」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって6日目の創作活動■
アダムとイブを創り、集落の試験運用を開始した。
……俺の計算では、ふたりの生活はすぐに安定し、どんどん豊かになっていくはずだ。まあ、たとえ失敗しても何度でもやりなおせる。




