11日目。魔女
「『魔法のようなもの』について報告しますッ☆」
と言って、ワイズリエルがやってきた。
タイトなミニスカにブラウス、エロメガネ。
指示棒を持った女教師スタイルである。
「結論から言いますと、『魔法のようなもの』は、マリさまの指示でモンスターが作ったものでしたッ☆」
「あの女か」
「しかも、『ご主人さまの力』を動力源としていますッ☆」
「やはり」
「黒き沼のコイルから『ご主人さまの力』を供給しているようですねッ☆ もっとも、『魔法のようなもの』……ガジェットは以前から作っていたようですがッ☆」
「何から何まで計画されていた。そして今も計画通り、あの女の思惑通りなわけか」
「そういうことになりますねッ☆ ちなみに、ミカンさまが携行している戦闘を記録する装置ですが、まるでケータイ端末のように位置情報を発信していますッ☆」
「それって!?」
「もちろん、受信するのはマリさまですッ☆ ミカンさまとクーラさまの動きは、戦闘データも含め、すべてマリさまに筒抜けですッ☆」
「じゃあ、ワザと奪われたのか!?」
ふたりに持たせるために、ワザと奪われたというのか?
「まず、間違いないでしょうッ☆」
「すぐに破棄しないと!」
というか、すでに破棄したのか?
俺が口を尖らせると、ワイズリエルは制止するように、すっと手を差しだした。
そして、ゆっくりと言った。
「ミカンさまは、今もなお、装置を携行していますッ☆ というのも、それがベストだと結論したからですッ☆ それに破壊するのは、ご主人さまに判断していただいてからでも遅くないと思ったのですッ☆」
「……聞こうか」
「はいッ☆」
ワイズリエルは深々と頭を下げた。
顔をあげ、俺のことをうかがうような瞳で見た。
そして言った。
「まず、このマリさまを根源とした一連の騒動は、ご主人さまがマリさまと接触することによって終了しますッ☆ それは、マリさまの記憶や状態、心情がどうであれ変わることはありませんッ☆」
「……うむ」
「というわけでッ☆ ミカンさまとクーラさまが、ここにマリさまを連れてこようとしているわけですがッ☆」
「そのミカンたちの動きが、マリという女に筒抜けなわけだ」
「はいッ☆ ですが、ご主人さまッ☆ 先ほどお話ししたとおり、私たちとしては、ご主人さまがマリさまと接触すればそれで好いのですッ☆ どのような過程でもかまわないのですッ☆」
「ああ、なるほど!」
と言って俺は、ぽんと手を叩いた。
ワイズリエルはバチッとウインクをキメて、そして言った。
「マリさまは、ミカンさまとクーラさまが苦手ですッ☆ だからあえて、ふたりの位置情報をマリさまに教えるのですッ☆」
「そうすれば、あの女は逃げまわる」
「たとえ、ふたりのことを思い出していなくても逃げるでしょうッ☆」
「本能的に察知するのだな」
あのふたりが人の話を聞かないタイプだということを。
「はいッ☆ そして、マリさまが黒い霧から出たところを、ご主人さまが捕まえるのですッ☆」
「うん。視認さえすれば、俺は目の前に降り立つことができる」
「それですべて終わりますッ☆」
「視れば終わりというわけだ」
たぶん視なくても降りることはできるけど。
なにしろ、あの根性のひん曲がった女が相手である。
うかつに降りると、罠が仕掛けられている可能性がある。
というより、絶対仕掛けられていると思う。
俺は、あの女の、にたあっとした笑みを思い出した。
そして苦笑いで言った。
「まあ、なにをやらかすか分からない不気味なところはあるけれど。こうやって冷静に分析してみれば、俺たちは圧倒的に有利だな」
「はいッ☆ ですが、ご主人さまッ☆ ひとつ気をつけなければいけないことがありますッ☆」
「それは?」
「マリさまの作る道具は、一見ファンタジーっぽいのですが、よくよく見れば近代的なガジェット……すなわち、21世紀のハイテク機器に似ていますッ☆」
「ああ。あの戦闘ログをはき出すという道具も、木目調でなんだかエコっぽいけれど、たしかに携帯ゲーム機に似ているな。それにGPS機能とかはスマフォっぽい」
「そのほかの道具も同様のギミックを持っていますッ☆ しかし、ここで重要なのは『それをどうやって作ったか』ではありませんッ☆ マリさまがそのようなハイテク機器をモンスターに持たせ、この世界にバラまこうとしていることッ☆ そのことこそが重要なのですッ☆」
「あっ!?」
「その行為が意味するのはッ☆ ご主人さまの理想とする世界の破壊……すなわち『剣と魔法のファンタジー世界』の破壊ですッ☆」
そうワイズリエルは言った。
俺はしばし呆然としたままでいた。
「そっ、それは!?」
「ご主人さまに対する嫌がらせですッ☆」
「えっ?」
「ご主人さまにエッチなオシオキをしてもらいたくて、マリさまはこのような嫌がらせをしてるのですッ☆ ええ、しているのに違いないのですッ☆」
と、ワイズリエルは、すこし悔しそうな顔をして言った。
俺は首をかしげながらも懸命に考えた。
そしてこう訊いた。
「あのさ。なんで『剣と魔法のファンタジー世界』の破壊が、俺に対する嫌がらせになると、その女は知ってるの?」
いや、ほんと。
我ながら、なかなか鋭い指摘である。
こういった矛盾点をどんどん指摘していくことで、ワイズリエルたちが――『俺の嫁がゲームキャラ』だという――失礼な妄想から醒めてくれればと心から思う。否、ぜひ醒めていただきたい。
と。
そういった思惑もあって、俺は、すこしイジワルな感じで指摘をしたのだけれども。
しかしワイズリエルは、心からお悔やみ申し上げます――って感じの顔で言った。
「マリさまは、ご主人さまの日記を持っていますッ☆」
「あ"!?」
「川に流れた日記の紙片を、彼女は収集しているのですッ☆」
「そんな!?」
「おそらくコゴロウが集めていたのでしょうが、それはともかくとして、マリさまはすべて収集しきっておりますッ☆」
ワイズリエルが懸命に感情を抑えて言った。
「彼女は『神の知識』を手にしているのですッ☆」
「……そんな」
神の知識とか言われましても。
俺は日記に書きなぐった、恥ずかしい諸々を思い出した。
頭を抱えた。
「だっ、だからあの女は、俺の理想とする世界観が『剣と魔法のファンタジー』だと知ってるわけか」
「はいッ☆ そのほかにも、いろいろと知ってるみたいですよッ☆」
と、ワイズリエルは言った。
声に笑いが混じっている。
「くっ、くそお……」
「みごと急所に食らいついていますッ☆」
「なっ、なかなか手強い女だな」
「魔性の女ですッ☆」
「ああ、まさに魔女だ」
俺は呆然としてソファーに沈み込んでしまった。
「ちなみに、ご主人さまッ☆ そもそもカトリックにおける『魔女』とは――ッ☆ 唯一神の他から『超自然的な力』を得た人間のことですッ☆」
「…………うん」
「基本的には、悪魔との契約によってその『超自然的な力』を得た人間のことを『魔女』と呼ぶのですがッ☆ ただ、この『超自然的な力』は、一般人に出来ないことであれば、必ずしも超自然的である必要はありませんでしたッ☆」
「それはつまり?」
「中世ヨーロッパでは、ギリシア・ローマの技術……すなわちロスト・テクノロジーが『超自然的な力』と認定されることもあったのですッ☆」
「で、それを使う者を『魔女』と呼んだわけか」
俺は呟くようにそう言った。
するとワイズリエルはイタズラな笑みで言った。
「21世紀のガジェットを生み出すマリさまは、まさに魔女ですねッ☆」
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■神となって2ヶ月と11日目の創作活動■
マリのたくらみを知った。
……あの女は、近代的なガジェットをこの世界にバラまこうとしている。そのことによって、剣と魔法のファンタジーな世界観を破壊するつもりである。




