8日目。黒き沼の魔女
西の森に突如現れた黒き沼。
そして、そこに棲む美少女。
コゴロウとモンスターの子供――プリンセサ・マリシオソ。
俺は彼女の出生を想い、陰鬱な面持ちになった。
言葉を失い、ただ画面を見たまま、しばらく喪心状態となった。
そして、数分とも数時間とも感じられる時間が過ぎて。
「ご主人さまッ☆」
と、ワイズリエルがひざをつめた、そのとき。
画面に映る美少女が突然、悲鳴のような大声をあげた。
森がざわめいた。
大地が振動した。
いたるところから咆哮があがった。
そして。
アダマヒアの広大なる大地がふるえた。
カメラを引くと、西の森からモンスターの大群が、東に向けて走っていた。
おそろしい数のモンスターが煙を上げて、ものすごい勢いで疾走していた。
「ご主人さまッ☆」
「アダマヒアだ! アダマヒア王国の橋を目指してる!!」
「そんな!?」
「まさか!?」
俺たちは愕然として、それを視たまま固まった。
モンスターの大群は、間違いなくアダマヒア王国を目指していた。
先頭のモンスターが巨大な旗を持っていた。
そこにはコゴロウのベレー帽と同じマーク。
手裏剣に稲妻が重なったマークが描かれていた。
「まずい!」
俺は手を振り上げた。
雷を放ち、モンスターの大群を阻止しようとした。
するとワイズリエルが叫んだ。
「ご主人さまッ☆ お待ちくださいッ!!」
「しかし!」
モンスターは橋に迫っている。
もちろん、この唐突な襲撃にアダマヒアの騎士団は備える術がない。
「ご主人さまッ☆ 気をつけてくださいッ!!」
とワイズリエルがまた叫ぶ。
しかし俺は、
「後で聞く!」
と言って、指先に力を溜めた。
「ご主人さまッ☆ マリさまはッ!」
とワイズリエルが叫んだけれど、俺はかまわず、そのまま雷を撃った。
モンスターをそれでせん滅した。
つもりだったのだけれども。
俺の放った雷は、巨大な旗に吸い寄せられた。
その膨大な落雷のエネルギーが、旗に集中した。
旗を持つモンスターを焼き滅ぼした。
が。
それだけではおさまらず。
近くのモンスターに連鎖した。
次々と焼き焦がした。
その連鎖はいつまでも続き、後列まで到達した。
そして。
森に入ったところで、俺の放ったエネルギーがどういうわけか膨張した。
それが大爆発を起こし、森を焼き尽くした。
ものすごい勢いで黒煙が噴きあがる。
あたりに充満する。
「ああン!?」
「カミサマさん!?」
「いや、そこまではっ! 俺はそこまでっ!?」
するつもりはなかったし。
するような力も込めていなかった。
が。
それはともかくとして。
やがて爆発はおさまり、煙が晴れた。
そして、その光景を視た俺たちは――。
まるで稲妻に撃たれたかのような衝撃をうけた。
森のあったところには、巨大なコイルがあった。
この装置を造ったのは、あのプリンセサ・マリシオソにまず間違いない。
「なんだこれは!」
俺は驚きと動揺からくる怒りで、稲妻を放った。
「いけませんッ☆」
すると、それは装置のはるか上空で霧散した。
エネルギーが霧のように飛び散り、また収束する。
そして、コイルのような装置に吸い込まれた。
そこに俺の力……神の力が蓄えられたのである。
しかもその装置で、神の力はどんどん増幅され続けている。
「バカなッ!?」
このとき俺は、ようやく。
プリンセサ・マリシオソにハメられたことに気がついた。
プリンセサ・マリシオソは、あごを上げ、肩越しにカメラを視た。
カメラ目線で、にたあっとその整った顔を歪ませた。
「ご主人さまッ☆ マリさまは、ひどく悪賢く、しかも根性がひん曲がっているのですッ☆」
ワイズリエルは画面を視たまま、ぼそりと呟いた……――。
――……そして翌日。すなわち今朝。
俺たちは、リビングに集まり対策会議を開いた。
「さっそく現状の確認なんだけど」
「霧が西の沼に発生していますね」
「この黒い霧によって、沼のあたりは監視衛星で視ることができませんッ☆」
「ああ。俺の力をもってしても、視ることができない」
そう言って俺は画面を指さした。
沼にズームすると、画面はノイズで満たされた。
「おそらく、ご主人さまの力――神の力があの霧にこめられているからと推測されますッ☆ が、詳しいことはよく分かっておりませんッ☆」
ワイズリエルがそう言った。
それと同時に、ミカンが苛々して言った。
「よーするに! あの沼のあたりは視ることができない!! そーゆーことだろ!?」
「えっ、ええ」
「分かった。じゃあ、次に進もう」
「は?」
「どーせ、これ以上考えたって分かンねえよ」
そう言ってミカンは肩をすくめた。
すると、クーラが髪を耳にかけながら、
「では、次に進みますが」
と言った。
そして、その切れ長の瞳を細めてこう続けた。
「現在、沼一帯はテレビに映りません。それはマリの……プリンセサ・マリシオソの行動が監視できないことを意味します」
「ああン、マリでいい。マリでいいよ」
「いえ、でも」
「あいつはマリだよ」
「それはっ。たしかに彼女は、マリによく似てますが……。でも、それを断定するのは早すぎます。あのコゴロウの娘『プリンセサ・マリシオソ・デ・モレスタル・ファスティディアル』と名乗った少女」
「だから! その長ったらしい名前が、マリの証明だろうが」
と、ミカンが笑いながら言った。
「その長ったらしい名前は、あいつの嫌がらせだよ。どーせ、『覚えきれないでしょう? 会話するときに不便でしょう?』って、ニヤニヤしながら名乗ったンだよ」
と、追い打ちをかけるように言った。
その根拠のない断定に、しかし、ワイズリエルとクーラは頷いた。
ミカンの言葉には、妙な説得力があった。
「あいつはマリだ。なにか証拠が映ってただろ?」
そう言って、ミカンがワイズリエルを見た。
するとワイズリエルが言った。
「結論から言いますと、彼女はマリさまですッ☆」
「ほんとですか?」
「プリンセサ・マリシオソが、『ワタシはマリだ』と言っておりましたッ☆」
「えっ!?」
「天に向かって語る姿が、監視衛星に記録されていたのですッ☆」
「だろ? それを早く言えよ」
と、ミカンが誇らしげに言った。
するとワイズリエルが、たしなめるように低い声で言った。
「疑問がありますッ☆ なぜ、マリさまはご主人さまと接触することなく、前世の記憶を取り戻したのでしょうか?」
「そういえば」
「そうですね」
と、ミカンとクーラは呟いて、ぽかんと口をあけたままでいた。
「そしてッ☆ マリさまは、前世の記憶を取り戻した状態で、神に敵対していますがッ☆」
ワイズリエルは、ゆっくりと言葉を選びながら言った。
俺たちは、つばを呑みこむように大きく頷いた。
「神……すなわちご主人さまと、前世で結びつきがあったことを、マリさまは思い出しているのでしょうか?」
「いや、ちょっと待ってよ!」
俺は思わず大声をあげた。
状況がよく理解できない。
情報が混乱してる。
分からない。
分かってたまるか――とも思うのだけれども。
しかし、それでも俺は懸命に現状を理解しようとした。
するとその出鼻をくじくように。
「マリは、そーゆーめんどくさい女なんだよ」
と、ミカンにバッサリやられてしまった。
ワイズリエルとクーラが失笑しながら頷いた。
しかたがないわねえ――って感じのため息までついた。
で。
俺の心中では、泣きたくなるような、でも笑うしかないような、そんな気持ちが複雑にからみあい、うずまいた。それが顔に出た。
すると、ミカンが母性に満ちた笑みで、大ざっぱにまとめた。
「あたしが沼に行ってくる! マリをここに連れてきてやンよ!!」
それで解決すンよ――と、ミカンはバッサリ結論した。
そして大激論の末に結局、この言葉通りのなりゆきになった。
ただし、ミカンにはクーラが同行する。
それが最善策だと俺たちは結論したのである。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と8日目の創作活動■
西の沼が黒い霧におおわれた。
ミカンとクーラが、黒き沼の魔女――マリのもとに向かった。
……緊急の事態に備え、天空界にワープできるアイテムを創った。それをミカンとクーラに持たせ旅立たせたのである。




