7日目。【創世録】プリンセサ・マリシオソ
「あの、ここに川が出来てませんか?」
とクーラが言った。
俺たちは、ぐっと前のめりになり、画面を視た。
川からカメラで南下させる。
明らかに土木工事が施されている。
「森のなかを這うように南に伸びています」
「それほど深くはありませんッ☆」
「川幅はぐちゃぐちゃだな。広くなったかと思えば、急に狭くなる」
「それに、なんつーか、ジメジメしてそうだ」
川からは得体の知れない植物が顔を出す。
川辺からは雑草が伸び、水面におおいかぶさっている。
それが東南アジアの密林を彷彿とさせる。
「ん? なんだか広がってきたな」
「ここからは川というよりも、池のようになってますね」
「これって結構広くね?」
ぼんやりミカンが呟く。
上空からの映像に切り替えると、池はアダマヒア王国くらいの広さがあった。
「これはもう巨大な湖ですね」
「あーでも、それほど深くねえぞ?」
「ほんとだ。なんというか巨大な水溜まりのような、森の窪地に水が流れ込んだような、そんな状態だ」
「この湿地帯は、いわゆる沼ですねッ☆」
このとき、水面に月明かりが差した。
巨大な沼の水面は、黒く澄んで美しく、そして妖しく輝いた。
「黒き沼」
水面に、真っ赤な満月が大きく映る――。
俺たちは、そのまるで絵画のような美しさに、しばし呆然と見惚れた。
そして数分とも数時間とも感じられる恍惚の刻がすぎて。
俺たちは黒き沼の奥に、ちいさな人影を認めた。
「あれは」
「あの女は」
「分かってる」
女にズームする。
女が映る。
女? あれは本当に女なのだろうか。
徐々に鮮明となってくる映像。
俺たちは恐ろしさを感じつつも目を離すことが出来なかった。
女は。
岸辺で水を浴びる裸の女は――。
華奢な肩に白くなめらかな肢体。
若干、幼さを残した瑞々しい肌をしていた。
美しい。……と、俺は心中に舌をまいた。
ほっそりとしているが、なめらかな女の背中と、だらしない下半身のしかしそこだけは張りのあるお尻が、ひどく扇情的だった。
女の肉体は鍛えられたものではなかったが、しかし、それがむしろ彼女の退廃的な色気の源泉となっていた。
しばらくすると、女は水浴びを終えた。
きらきらとした漆黒のドレスを着た。
そして、そのドレスとミスマッチに過ぎるベレー帽を被り。
女は突然、くるりと背を向けた。
そして、首をねじむけ肩越しにカメラを見つめると、
『プリンセサ・マリシオソ』
と言った。
明らかにカメラを意識して、彼女は無表情のままポーズをキメた。
そして、首をねじむけ肩越しに、あらためてカメラを見ると、
『プリンセサ・マリシオソ・デ・モレスタル・ファスティディアル――これがワタシの名前なのよ』
と、勝ち誇って言った。
女は、蒼白く整った少女の顔をしていた。
俺たちは唇をふるわせただけで、しばらく声もなかった。
そして、永遠とも思える静寂の後。
「あいつはッ!」
このミカンの叫びによって、俺たちは我に返った。
「ご主人さまッ☆」
「カミサマさん、彼女は!?」
「ああ。あのベレー帽はッ! あのベレー帽を俺たちはよく知っているッ!!」
「いえっ」
「それもそうですが、ご主人さまッ☆」
「ああ分かる。ベレー帽など見なくともよく分かる。あの顔を見れば、彼女が誰なのか一目瞭然だ」
彼女がコゴロウの娘であることは、あの整った顔を見ればすぐ分かる。
ところが――。
「あいつはマリだ! マリに違いねえ!!」
と、ミカンが画面を指さして言った。
ワイズリエルとクーラが大きく頷いた。
「あいつはカミサマの『嫁』のひとり! マリだよ!!」
そうミカンに断定された女は、顔をあげ、肩越しにカメラに向かって笑った。
「マリに間違いねえ!!」
マリは、にたあっとした、ひどく根性の悪い笑みで中指を立てていた。――
「ワイズリエル!」
俺は思わず叫んだ。
「お待ちくださいッ☆」
ワイズリエルは監視衛星のデータを調べはじめた。
それを待つ間、俺たちは心を落ち着かせ、状況を整理した。
目まぐるしく計算をした。
この女は敵なのか?
なぜカメラ目線なのか?
どこまで俺たちのことを知っているのか?
いや、本当に俺たちの敵なのか?
天に向かって中指を立てているだけで、敵意があると判断してよいのか?
「しかし、あの根性の悪い笑みは敵意むき出しだよなあ」
少なくとも邪悪な表情である。
美少女なのだけれども。……。
「ご主人さま、分かりましたッ☆」
「よし聞こう!」
俺たちは、いっせいにワイズリエルを見た。
ワイズリエルは大きくつばを呑みこみ、そして言った。
「マリさま……いえ、ここでは『プリンセサ・マリシオソ』と名乗るあの少女のことのみ、簡潔にお話ししますッ☆」
「うむ」
「彼女は、コゴロウの子供ですッ☆」
「やはり」
「母親はモンスターですッ☆」
「なっ!?」
「プリンセサ・デモニオ世代のモンスターが生き長らえていたのですッ☆」
「それとコゴロウの子供なのか?」
「はいッ☆ ただ、母親といっても長く生きすぎたためでしょうかッ☆ 晩年は大きく成長し、しかも眠ってばかりで、まるで巨大な木像のようになっていましたッ☆」
「しかしそれが」
「どういった経緯かは、よく分かりませんッ☆ しかし、彼女はコゴロウと出逢い、寄り添いましたッ☆ そして、子を授かるとコゴロウを食べましたッ☆」
「はァ!?」
「そういった生態のモンスターのようですッ☆」
ワイズリエルが感情を殺して言った。
「コゴロウはそれを知っていながら、生殖に望み、自ら食べられたように思われますッ☆」
と、つけ加えた。
俺とミカンは息を呑み、無言でただ頷いた。
どのようなリアクションをして好いのか、戸惑ってしまったからだ。
「ご主人さまッ☆ 今はその後のこと、『プリンセサ・マリシオソ』の成長の記録をお話しする余裕はございませんッ☆」
「ああ」
「重要なことは――ッ☆ 『プリンセサ・マリシオソ』が、ご主人さまを認識していることッ☆ 神が実在すると確信していることですッ☆」
「………………」
「そして、ご主人さまに敵意を向けていることですッ☆」
「それはっ」
たしかに。
それは仕方のないことだ。
俺はコゴロウを死に追いやった。
その経緯や正当性はともかく、俺は彼女の父を殺したのである。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と7日目の創作活動■
プリンセサ・マリシオソが神(俺)を認識した。
……白くて華奢で小さくて、いかにも文学少女って感じの美少女だ。




