4日目。教会と信用状
商店に配置したNPC商人がアラートを発した。
俺たちは状況を精査した。
アラートの原因はすぐに分かった。
「コショウ以外で取引したい――って声が増えているのか」
「少しずつではありますが、穂村から来る人が増えているようですねッ☆ それで、どうやらその人たちが、コショウで取引することを嫌がっているようですッ☆」
そう言ってから、ワイズリエルは首をかしげた。
俺も首をかしげた。
するとミカンが優越感に満ちた声をあげ、ぽんと手を叩いた。
そして言った。
「ああン。だってコショウなんか村に生えてるもん」
「いや、それは分かっているけど」
アダマヒアに行けば、金と同等の価値がある。
「そんなこと言ったって、コショウはコショウだもん」
「でも、この村やアダマヒアでは価値があるんだよ」
「だから、ほんとかなあって穂村の連中は疑ってンだろ?」
「そんなっ、聞き分けのないことを言うなよ」
「いや、あたしが言ってるわけじゃねえし」
「まあ」
その通りである。……。
「しかし、まいったな」
「穂村からのギルド参加は喜ばしいことですが、困りましたねッ☆」
そう言って俺たちはミカンを見た。
ミカンは、あたしは関係ねえと、口を尖らせた。
それはそうなのだけれども。
俺たちは、うーんと唸ったままソファーに沈み込んでしまった。
しばし呆然として、画面に映る商店を眺める。
商人はうろたえて、俺たちの指示を待っている。
しかし俺たちは腕を組み、ただ首をひねるのみ。
そんな膠着状態がしばらく続いて。
やがて、ワイズリエルが上体を起こした。
そして朗らかに言った。
「教会を誘致しましょうッ☆ 彼らに『信用状』を発行してもらうのですッ☆」
「「信用状ォ?」」
俺とミカンが思わず前のめりになる。
ワイズリエルは微笑んで、ゆっくり頷いた。
くいっとメガネをあげる仕草をしてから言った。
「信用状とは、貨幣の換わりに使われる『支払い確約書』のことですッ☆ たとえば、紙に『金貨1枚分』と書いて、その支払いを教会が確約すれば、それでその紙は金貨1枚の価値を持ちますッ☆ これが信用状の仕組みですッ☆」
「お祭りなんかで配られる券みたいなもンか?」
「ああ、色紙に100円とか書いてあるヤツ」
「それですッ☆」
為替や手形のようなものである。
「昔の大商人は、とても長い距離を大量の金貨を持って移動しなければなりませんでしたッ☆ それは不便でしたし、なにより危険なことでしたッ☆」
「だから信用状が生まれたのか」
「その通りですッ☆ たとえばイタリアで金貨を渡して信用状を発行してもらい、それを持ってフランスに行きますッ☆ そしてフランスで信用状を金貨と交換すれば、安全に旅をすることができたのですッ☆」
「それは便利だな」
「銀行のような金融システムですねッ☆ このシステムは十字軍の際に活躍しましたッ☆ テンプル騎士団が有名ですッ☆」
「だから教会を誘致するのか」
「聖バイン教会は、アダマヒアやこの村だけでなく、穂村の人々にも信頼されていますッ☆」
「ああ、あいつらは信用できンよ」
「信用状を発行するのに適任なわけか」
俺とミカンは満面の笑みで頷いた。
するとワイズリエルは微笑んだままで、すこしイタズラっぽく言った。
「ご主人さまッ☆ 教会に信用状を発行させるということは、この村が生む利益のほとんどを教会に献上することに等しいですッ☆ それに、それ以前の問題として、教会が信用状を反故にしたら、この村の経済は崩壊してしまいますッ☆」
「えっ!?」
「だからこそ、私は献策していますッ☆ この愚作とも言える致命的な提案をすることによって、教会とアダマヒア王国を安心させたいのですッ☆」
「ああン?」
「この村は地理的にも経済的な意味でも、アダマヒア王国の急所に位置していますッ☆ 利益をすべて献上しても、村の優位性は充分保たれるのですッ☆ もし、戦争を起こしたいのであれば、また話は変わってくるのですがッ☆」
「アダマヒア王国と戦争ォ!?」
俺はたしかに、この村に注力している。
が、しかしアダマヒア王国も俺が創った国である。
そのふたつを戦争させるような趣味は俺にはない。
「冗談ですッ☆ でも、数年準備すれば結構良い勝負をするとは思いますよッ☆」
「うーん」
「それに、ご主人さまッ☆ よくお考えください。教会の人間はクーラさまに気質がよく似ていますッ☆ このような提案をしても大丈夫ですッ☆」
「クーラに?」
「たとえばの話をしますッ☆ ご主人さまの心臓に爆弾を仕掛けたとします。クーラさまにその起爆スイッチをあずけたとしますッ☆」
「うん」
「そのときのことをお考えくださいッ☆」
「それはっ」
「クーラさまは感激し、今まで以上に献身的な態度をとるようになりますッ☆ そして、ここからが重要なのですが――ッ☆ たとえどんなにご主人さまとの仲が険悪になろうと、絶対にクーラさまは起爆スイッチを押しませんッ☆」
「それは間違いない」
「クーラさまは道徳観にあふれ、また誇り高いからですッ☆」
「正義正論の人だしな」
「教会も同じです、ご主人さまッ☆ 彼らは信用状を盾に脅迫などしませんッ☆」
「なるほど」
と俺が言った瞬間、ミカンが飛びだした。
そして、外で剣の修行をしていたクーラを引っぱってきた。
「なんですか急に?」
「ああン、上手く説明できないからワイズリエル頼むわ」
「分かりましたッ☆」
ワイズリエルは教会を誘致することを説明した。
それをクーラはすぐさま理解した。
「分かりました。交渉します」
クーラは、NPC経由で教会を誘致した。
責めるような口調なのは前と同じだが、なにからなにまで包み隠さず話すのには、さすがに焦った。
「良いのです。こういった下心があるのだと、ハッキリ言ったほうが良いのです」
冷淡な顔で断定するクーラに、俺たちは冷や汗をかいた。
しかし、結果は彼女の言う通りになった。
誘致に成功したのである。
「ご主人さまッ☆ この誘致によって村の貨幣は教会の発行する『信用状』となりましたッ☆」
「ああ、上手くいったな」
「しかも、それだけではありませんッ☆ 教会は、傷付いたギルド会員の治療もするようになりました。それに村人や旅人の葬儀も受け持ってくれたのですッ☆」
「それはありがたい……よな?」
「はいッ☆ 穂村とアダマヒア王国は、宗教観や埋葬のしかたが違いますッ☆ それに理解を示し、その価値観にそった葬儀をするのはとても難しいことですッ☆」
「その難しいことを、聖バイン教会はやってくれる」
「嬉しい誤算ですッ☆」
「じゃあ、これでモンスター討伐に集中できンのか?」
ミカンがそわそわして訊いた。
するとワイズリエルは満面の笑みで頷いた。
そして言った。
「いよいよ、モンスター対策ギルドは本格的に活動するのですッ☆」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と4日目の創作活動■
教会を誘致した。
・村の貨幣は教会の発行する『信用状』となった
……村では信用状で買い物ができるが、アダマヒア王国で買い物をする場合は教会で金貨と交換する。ちなみに、いつの間にか穂村でも信用状で買い物ができるようになっていた。彼らは経済や外のことにまったく関心がなかった。




