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ミッド・ポイント(下)

 俺とミカンは、モンスターポッドのあった場所から東へ。

 とりあえず一息つこうと、隕石跡近くの山小屋に向かった。


挿絵(By みてみん)


 その途中、俺はモンスターを観察した。

 モンスターは、天空界の制御から開放されていた。

 ヨダレを垂らし、首を振り上げ、ただ()えていた。

 凶暴になってはいるが、しかし今は、戸惑(とまど)っているだけのようにも見えた。


「しかし問題は確実に起こる」

 俺は早急に対策を練らねばと思った。――




 しばらくの後、俺たちは山小屋に到着した。

 扉を開けて、中に入る。

 ミカンは窓を全開にして、大きく身を乗り出した。

 そして外を見ながら、

「近くにモンスターは、いねえよ」

 と言った。


 美しいセミロングが風になびいている。

 大きなつり目に、小生意気な鼻、小さくて派手な顔。

 ネコとキツネを足してエロくした感じ――だと、俺は彼女の横顔を見て思った。

 身体もエロい――とも、まじまじと見ながら思った。

 健康的に出るとこは出ている二〇歳を過ぎた女の身体。

 胸が生意気そうに上を向いている。

 すらりと長い脚が、ミニスカ着物のスソから伸びている。

 しかし、太ももはぷっくらと可愛らしく(ふく)らんでいる。


 豊満というわけではないが、ど迫力ボディ。

 陸上選手のように引き締まっているが、ぷにっとした美味しそうな肢体。

 相反する質感が見事に同居した、悪魔的な肉体。

 忍者を自称するミカンは、忍者にもくノ一(クノイチ)にもまったく見えなかったが、しかし、その、男を(よろこ)ばせるだけのために存在するような肉体と、その肉体が持つ視線吸引力は、まさしくくノ一(クノイチ)のそれだった。




「さて! あんた、これからどうすンだ?」

「俺?」

 俺は穂村(ほむら)の老人から「ミカンのことはふたりで決めろ」と言われている。

 だからそのことを伝えて、

「キミがこれからどうするか、見届けてから帰るよ」

 と返事をした。

 ミカンは頷いた。


「って言われてもな。聖魔の鉱石がどこにあるか、まるで見当がつかないしなあ」

 ミカンは、小難しい顔をして腕を組んだ。

 その姿を俺はしばらく眺めていたが、しかし、いつまで経ってもその姿のままだった。だから我慢できずに言った。



「聖魔の鉱石だけど――。あれは、どこかにあるわけじゃないんだよ」

「ああン?」

「ひたすら没頭していると、いつのまにか手に入れているものなんだ」

「……んんん?」


「キミのお父さんは手に入れてるよ」

 それは聖魔の鉱石で作られている――と、ミカンの短刀を指差して俺は言った。

「ああン?」

 ミカンは思いっきり首をかしげた。

 うーんと(うな)ってから、



「わかった」

 と言って、ニカッと笑った。

 おそらく、うーんと言っただけで、なにも考えてない。

 そんな素早さだった。


「ようするに、やりたいことを一生懸命やれば手に入るンだろ?」

 聖魔の鉱石ってそういうもんだろ――と、ミカンは言った。

 彼女はなにも考えてなかったけれど、感じとっていた。

 俺は大きく頷いた。

 ふふんと、ミカンは得意げに笑った。




「で。これからどうするか――だっけ?」

「ああ」

「じゃあ、せっかく(あこが)れの剣士に会ったことだし」

「ん?」

 戦うとか言い出したらどうしよう――と、俺は眉を曇らせた。

 するとミカンは大らかに言った。


「やらない、やらない。あんた、さっき竹生やしたろ?」

「あっ、ああ」

「それにカタナ伸ばした。っていうか、カタナを出した」

「……う、うん」

「手品師だな」

「はァ!?」

 思わず息を漏らすように失笑した。

 すると、ミカンは目を細め、



「あるいは神」

 と言って、ぐいっと顔を寄せた。

 俺が動揺してつばを呑むと、ミカンはニコッと笑った。

 それからその屈託のない笑顔を、じんわりと無邪気で意地悪なものへと変えた。


「やっぱりな」

 そう言って、ミカンは口角をきゅっと上げた。

 俺は冷や汗をかいて、あごをひく。


「ほんと神なんだ」

 とミカンは言いながら、俺の鼻をつまんだ。

 喜びを顔に浮かべ、ほんと嬉しそうに、俺を間近で見た。

 そして。

 キスをした。


「記念っ。それと思い出に」

 と言って、ミカンはもう一度、くちびるを重ねた。

 背伸びしてキスをした。

 ミカンの薄く上品なくちびるが、かるく触れ、照れくさそうにすぐ離れた。

 すると目が()った。


 彼女は急に顔を赤らめ、目を逸らし、そして無言でもたれかかってきた。

 その大きなつり目にじんわりと涙を浮かべた。

 俺を(にら)んだ。

 そして言った。

「……初めてだった」

 ミカンは涙目でほっぺたを(ふく)らませた。


「あんた、初めてじゃないだろ」

「………………」

「ずっと誰かを気にしてる」

「………………」

「オンナがいるんだろ」

「……ああ」

「こういうときは、ウソをつけバカ」

「……ごめん」

(あやま)ンなよなあ?」

「……うん」

「バカ」

 ミカンは、可愛らしくほっぺたを膨らませた。


 で。そのまま睨まれていたら、しばらくすると、ミカンは照れくさそうに顔をそらし、ぼそりと、

「許す……」

 と言った。

 じわっとミカンは笑顔になった。

 俺は父性に満ちたため息をついた。

 天空界に招待したいな――と、思った。



「来る?」

 と、さりげなく誘ってみた。

 すると、

 ゴッ!

 俺は鼻に強烈な痛みをおぼえた。

 吹っ飛びはしなかったが、仰け反りよろめいた。

 それが頭突きの衝撃だと分かったのは、しばらく経ってのことだった。


「痛っ!?」

「ものすごく上からの目線で誘ってンじゃねえ!」

 ミカンは、しゃくるような声をあげた。

 ガラ悪く顔を近づけてきたが、しかし突然、眉をひそめた。

 腕を組み、首をかしげた。

 がしっと俺の肩を掴み、確かめるようにミカンは頭突きした。


「やっぱり」

 ミカンは、もう一度頭突きした。

 その後。俺を真正面から視て、ミカンは言った。



「思い出した。あんた、やっぱりカミサマか」

「…………?」

「久しぶりだなあ」

「……えっ?」

「なんだよ覚えてないのかよ」

「なにを」

「なにって前世だよ!」

「はァ?」

 この娘もまた、ワイズリエルやクーラみたいにおかしなことを言うのか。

 俺は思わず眉をひそめた。

 するとミカンは優越感に満ちて言った。


「あんたは変わんねえなあ」

 言い終わった途端、ミカンは俺の肩をつかんで、涙で顔をぐちゃぐちゃにした。


()かった。また会えて好かった」

 そのポーズは反省しているサルにそっくりだったけど、ミカンはバチッとした美人だから、夏の大会で負けた運動部のような、妙な爽やかさがあった。

 というか、肩をがっちりつかまれている俺は困惑した。



 俺は、神に頭突きする女もはじめて見たが。

 頭突きして前世の記憶を取り戻す女もはじめて見た。


 そしてその女は、ひどく誇らしげで。

 あまりにも優越感に満ちていた。

 ミカンは優越感に満ちているのに涙で顔をぐちゃぐちゃにしているという、よく分からない状態だった。

 ただ。

 よく分からない状態だったのだけれども。

 よく分からないだけに彼女の感動は、ひどく伝わってきた……――。





 ――……ミカンを連れて天空界に戻ると、そこは大騒動となった。

「ミカンさまッ☆ それとご主人さまッ☆」

「久しぶりです、ミカン」

「よお!」

 ワイズリエル、クーラ、そしてミカンの三人は、よく分からんが、まるで感動の再会を果たしたような、久しぶりに田舎に帰って幼馴染みに偶然出逢ったような――そんな状態になった。


 なんという既視感(デジャヴュ)

 例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚――既視感(デジャヴュ)

 俺は泣き笑いの顔で彼女たちを見た。

 いつのまにかヨウジョラエルがしがみついている。

 その頭をなでながら、俺はミカンたちを眺めた。



「なんだよ、ふたりだけ?」

「はいッ☆ 私が最初で、クーラさまが一ヶ月くらい前ですねッ☆」

「カミサマさんが思い出してくれないのです」

「ははは。まあ、()いじゃん。そのうち思い出すだろ?」


 ふたりだけ――って、今、聞こえたような気がするが、俺は聞こえなかったことにした。

 この話題に関して俺は耳をふさぎたい。

 また怒られるからなかったことにしたいのだ。

 しかし、そんな俺の気持ちを気にすることなく、ワイズリエルは満面の笑みで言った。



「ご主人さまッ☆ ミカンさまは、とあるアニメのヒロインで」

「いや、あたしはラノベだって」

「失礼しましたッ☆ ミカンさまは大人気ラノベのヒロインで、私たちと同じくご主人さまとは前世で一緒に暮らしておりましたッ☆」

「ねえ、それ止めない?」

「思い出しませんかッ☆」

「止めようよ」

「まだ、理解できませんかッ☆」

「いや、分かってるよっ」

 俺は眉をゆがめて後ずさりした。



「分かってる。言ってることはきちんと理解しているよ」

 ワイズリエルがラブドールで。

 クーラがゲームキャラ。

 そしてミカンがラノベキャラ。

 そんなキミたちは、前世で俺の(よめ)だったと言っている。


 ずっと一緒にいたのだと、キミたちは言い張っている。

 そして俺は記憶をなくし、キミたちのこの妄言を強く否定することができずにいる。

 しかし。

 しかしだよ?

 もし仮にキミたちが言ってることが、たとえ真実だったとしてもだよ?


 そっとしておいて欲しい、ふれないで欲しい――と、俺は思うのだ。

 キミたちは記憶を取り戻すのに一生懸命だけれども。

 しかしそれは、俺にとってはまったく嬉しくない、思い出したらきっと落ち込んでしまうような――そんな記憶のような気がしてならないのだ。

 だって。

 だって、だって。

 キミたちが語る俺の過去は、そういった(たぐい)のものじゃないか。

 美少女には囲まれていたかもしれないけれど、そういった過去じゃないか。

 ……。

 まあこれは、百歩譲っての話。

 キミたちの妄言が真実だった場合の話をしているのだけど。



 俺は泣き笑いの顔で頭をかいた。

 するとクーラが、

「もう、しかたがないですね」

 と言って、まるでお母さんのようなため息をついた。

 そして、ワイズリエルとミカンが母性に満ちた笑みをした。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって知り得た事実■


 世界が滅亡する前、俺には何人もの(よめ)がいた――らしい。



 ……その嫁のひとりだと言って、ミカンが仲間になった。そしてワイズリエルとクーラと、このおかしな妄想をもとに妙な結束をしはじめた。




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