ミッド・ポイント(上)
夜明け前。
俺はモンスターポッドのあるところ、南の痩せた土地に降り立った。
ひび割れた荒野に、朽ちた古木が何本も生えている。
そのなかで、ひと際巨大な古木……古木に見せかけたものがモンスターポッドである。そこからこの地上界すべてのモンスターに、まるで電波塔のようにモンスターポッドは制御信号を送っている。……。
「とりあえずは無事か」
俺はモンスターポッドを見上げて、安堵のため息をついた。
しかし、無事ではあるが、まだ停止してはいない。
ぐるりとあたりを見まわす。
モンスターが幾重にもここを包囲している。
もそりと、気だるそうにモンスターは振り向き、俺を見る。
「みんな見てるかな?」
俺は天に向かって手を振った。
すると、モンスターたちが一斉になにかのハンドサインをした。
そのことで俺は、クーラたちが天上界からここを見ていることを知った。
すぐに帰るから――と微笑んで、俺は大きく息を吐いた。
そして、あらためて周囲を見た。
すると、東からものすごい砂煙が近づいてきた。
血を噴水のように吹き上げて、どんどんそれが近づいてきた。
「どけコラァ――!!!!」
ミカンだった。
「待て! 待ってくれ!!」
俺は慌てて前に出る。
それと同時にモンスターがバッと広がる。
ミカンがつんのめる。
が。
なおもミカンは突進し、モンスターポッドに突き進もうとした。
その勢いに俺は巻き込まれ、からまって転がった。
「『花押印』がある! 長老のひとりと話した!!」
俺はミカンを押し倒したような状態で、そう叫んだ。
ミカンは口を尖らせつつも黙った。
大きく瞳を見開いて、かるく頷いた。
俺は簡潔に言った。
「聖魔の鉱石はここにはない。キミはコゴロウに騙された」
「なんだとォ!?」
「キミが狙っているあの古木は俺の大切なものだ」
「ああン?」
「大切なものなんだ! 破壊されては困る」
「……分かった」
「それと、コゴロウを殺してもよいと許可をもらった」
「そっ、そうか」
「コゴロウは残り4人。それと、もう1人いるんじゃないかって長老は言っていた」
「そっか」
「ここで決着をつける」
「分かった」
「すぐに終わる」
そう言って俺は立ち上がった。
ゆっくりと息を吐いて顔を上げた。東を見た。
薄明かりのなか、そこにはひとりの男がいた。
コゴロウである。――
コゴロウは黒装束で、だらりと片手にクロスボウを下げている。
黒髪を後ろに流し、黒のベレー帽をかぶっている。
ベレー帽には鈍く光るマーク。
手裏剣に稲妻が重なったデザインである。
顔が気味が悪いほど白く、そして整っている。
コゴロウは根性の悪い笑みで言った。
「くくく、淫蕩薬は楽しんだかァ?」
「………………」
「くくく、あれからいろいろ知ったが、やはり貴様は人間ではないなァ?」
「………………」
「どうやって死ぬのか気になるなァ?」
「死にたくなければ、これ以上付きまとうな」
「くくくくく、死ぬのは貴様のほうだ」
「………………」
俺は、こいつはコゴロウ【1】だ――と、数えながら右手を振り上げた。
振り下ろしながらナイフを創った。
それが刺さり、コゴロウ【1】は死んだ。
不気味な笑みのまま、ずるりと倒れた。
するとその後ろからコゴロウ【2】が現れた。
「くくく、やはり貴様は見えている者しか認識しないィ。攻撃できないなァ」
「ちっ」
俺は日本刀を創った。
刃を伸ばしながら一気に振りぬく。斬り飛ばす。
コゴロウ【2】死亡。
一瞬の静寂ののち、側面から声がした。
「くくく、なぜ、モンスターは貴様を攻撃しないんだァ?」
この声と同時にモンスターがどさりと倒れる。
ほかのモンスターがいっせいに退く。
そして、コゴロウ【3】が現れる。
俺は、地面から竹を生やし串刺しにした。
コゴロウ【3】即死。
これであと2人――のはずだ。
そう思って周囲を警戒すると、コゴロウの笑い混じりの声がした。
「実にッ! 実に興味深いな貴様ッ!! 今、竹を生やしたなァ? それに、なぜ貴様はそこまで必死になっているゥ?」
そう言ってコゴロウ【4】が、ゆらりと現れた。
しゃなりしゃなりと女のように歩きながら、
「その古木を護るような位置取りを、なぜ貴様はしているのだァ?」
と、コゴロウ【4】は美しい顔を醜く歪ませて言った。
俺は笑殺し、稲妻を落とそうと右手を振り上げた。
すると。
ドゴォッ!
ミカンがコゴロウ【4】を蹴り飛ばした。
蹴ってから、
「待て」
と言った。
「あたしが殺る。村のことは村で決着をつける」
と、ミカンは言った。
コゴロウ【4】は地に這ったまま顔を上げ、にたあっと根性に悪い笑みをした。
俺は腕を組み、ふたりを見守ることにした。
ふと思い出して、
「そのコゴロウは今日4人目、今までで6人目のコゴロウだ」
と言った。
それから、つけ加えた。
「もう1人いる」
コゴロウ【4】は残忍な笑みで、立ち上がった。
ミカンは不敵な笑みで一歩、前に出た。
ふたりは対峙した。
そして。
コゴロウ【4】のクロスボウを持つ手が、ぴくりと動いた。
その瞬間、コゴロウ【4】は吹っ飛んだ。
彼が立っていたところでは、ミカンが短刀を手に飛び上がっていた。
「小足見てから昇竜余裕だコラァ!」
ミカンは着地すると誇らしげに叫んだ。
コゴロウ【4】は明らかに死んでいた。
「あと1人だ!」
俺が注意をうながすと同時に、黒影が古木に突っ込んだ。
コゴロウ【5】がモンスターポッドに疾駆したのだ。
俺は、なぜ彼がポッドにここまで執着しているのかには首を傾げたが、しかし、油断なく阻止した。
疾走するコゴロウ【5】に向けて、鎖を伸ばした。
「どうせ自爆するんだろ」
と鎖を巻きつけ、まるで大魚でも吊り上げるように、天に向かってコゴロウ【5】を放り上げた。すると。
「あはははははははァァ――――!!!」
地面から、もうひとりのコゴロウが飛び出た。
そのコゴロウ【6】は狂ったように笑って、ポッドに飛び込んだ。
そして自爆した。
「なっ!?」
ポッドがバラバラになって降り注ぐ。
周囲からいっせいにモンスターの咆哮があがる。
その咆哮で大地がふるえる。
何度も何度も至るところからこだまする。
俺とミカンは呆然と立ちつくし、やがて、ぼそりと呟いた。
「モンスターが」
「凶暴化した」
今、地上界すべてのモンスターがポッドの制御から開放された。
このとき大地は赤く染まった。
朝日が昇ったのである……――。
――……絶句する俺たちの眼前に、
どさりっ!
と、コゴロウ【5】が落ちてきた。
落ちた衝撃で彼の手足は、おかしな方向に曲がった。骨が砕けた。
内臓も痛んでいるようだった。
このまま放っておくと死ぬ――コゴロウ【5】はそんな状態だった。
俺は憮然とした表情で見下ろした。
深い意味も理由もなにもなく、ただ訊いた。
「なぜ、モンスターポッドを破壊した?」
コゴロウ【5】は激痛に身をよじりながら顔を上げた。
大きく息を吸い、そして叫んだ。
「なぜだァ? そんなもんはなァ――貴様の大切な物だからに決まってるわッ!!」
そう叫んで、苦悶と愉悦を複雑に絡みつかせたものすごい笑みをした。
そして肩越しに、
「貴様の大切な物だからだ。それ以外に理由はないッ!」
と言った。
さらに、
「なにもねえんだよ!」
と繰り返して、あごを上げて肩越しに笑った。
「あはは」
あははははははッ――と、最後のコゴロウは狂ったように笑った。
俺は。
俺は、まるで汚物でも見るような目で、彼を見下ろした。
しゃがみこんで、彼の首筋に指を差し入れた。
そうやって彼が使ったクスリ……アダマヒア議会を腐らせたクスリを注入した。
そして気持ちを落ち着けるために、大きく息を吐き出してから。
思いっきり殴った。
コゴロウは、ぼろきれのように吹っ飛んだ。
それに向かって俺は吐き捨てるように言った。
「楽に死なせはしない。この広大な荒野のなか、凶暴化したモンスターのなかでクスリに蝕まれろ」
そして。
哀れみと蔑みに満ちた声で言った。
「アダマヒアの苦しみを一身に受けて、死ね」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって知り得た事実■
モンスターポッドが破壊された。
……そして地上界すべてのモンスターが制御不能となった。




