28日目。【創世録】ホムラミコ
午前三時。
俺は穂村に顔を出すことにした。
「つっても、あんた。戻ってくンだろ?」
「あっ、ああ」
「あんたは、あたしの憧れの剣士だ。逃げンじゃねえぞ?」
「……分かった」
俺が頷くと、ミカンは満面の笑みをした。
「じゃあ、すぐに戻ってくると思うけど」
「うん。じゃあ、待ってるあいだ、あたしも用事を済ませておくわ」
「あっ、ほんと?」
「すぐだと思うぜ」
そう言ってミカンはニカっと笑った。
あっという間に、川を飛び越え、森に駆けていった。
俺は父性に満ちた笑みをこぼし、穂村に飛んだ。
コゴロウとミカンについて、仁義を切っておくためだ。さらには、ここで穂村と神としての俺との関係を、キチッと定義しておくためだった……――。
――……穂村の大屋敷。
長老会のメンバーのそのひとり。
老人の枕のうえに、俺は音も立てずにしゃがみこんだ。
膝のあいだから老人の顔が見える。
俺は無言で、背中を丸め、顔を近づける。
老人を覗きこむ。
すると、老人は目を開けた。
俺がゆっくり頷くと、老人はその姿勢のまま、かるく頷いた。
思惑通り、恐ろしさを感じてくれた。
そして思惑通り、パニックにはならなかった。
だから俺は、いきなり話を切り出すことにした。
こうするのが、穂村に対しては、一番手っ取り早いと思ったからだ。
というか、正直に言うと時代小説のマネである。
一度やってみたかっただけである。……。
さて。
俺はじっと老人の目を見ていたが、しばらくするとこう言った。
「俺は正体を明かすつもりはない。だが、察しはついていると思う」
「………………」
「コゴロウに付きまとわれている。命も狙われた」
「………………」
「殺してもいいか?」
「……かまわぬ」
老人はようやく声を出した。
「そのことでアダマヒア王国を恨まないか?」
「ワシの一存では返事できん。そういう村じゃ」
「おまえはどうだ?」
「ワシは恨まぬ。ただ村で恨むと決まったら恨む。そういう村じゃ」
「分かった。そういうことなら、それでいい」
「………………」
「ミカンにも会った」
「ほっ」
「どうしたらいい?」
「ワシひとりでは決められん」
「決めろ。今、決めるんだ」
「責任が取れぬ」
「おまえひとりに取ってもらう、つもりはない」
そう冷たく言うと、老人は眉をゆがませた。
真剣に考えはじめた。
そして沈痛な面持ちで言った。
「ミカンは、あんたに憧れておった。あんたとミカンの好きにしたがええ」
「それは、村に帰ってこなくてもいい――という意味か?」
「そう受けとってもらってもええし、村でふたりで暮らしてもええ。ただ、ミカンは村にじっとしていられる娘ではない。村から頻繁に出るような者は、処罰せにゃならん」
「分かった」
「ワシたちは、この台地から出るつもりがない」
老人は強く言った。
俺はその表情に真実をみた。
思わず笑みをこぼすと、老人は安堵した。
「質問がある。コゴロウは何人兄弟だ?」
「……小五郎の『五』は五人目の兄弟という意味の『五』。しかし、そこがコゴロウの卑劣なところじゃ」
「すでに、ふたり死んだ。あと何人だ」
「四人。しかし、ワシはもうひとり内緒で育てていたのではないかと睨んでおる」
「それは嬉しい情報だな。感謝する」
「……あんたはさっき『おまえひとりに責任を取ってもらうつもりはない』と言った。どうするつもりじゃ?」
老人は怯えて訊いた。
俺は同情をおぼえたが、しかし、感情を抑えて言った。
「俺は、おまえたち穂村のような集団をよく知っている。長いあいだ属していたことがある。だから、どういった関係を築けばよいかも分かっている」
「………………」
「責任者――村の代表を立てよ」
「それはっ」
「無理だろう? だから、幼い娘をおまえたちの代表として扱うことにする。その娘は、おまえたちがひとり選んでもいいし、村の幼子全員がそうだというのなら、それでもいい。約束を破ったときは、幼子のなかから無作為にひとり選び、罰をあたえる。責任を取ってもらう」
「それはっ」
「無慈悲だと思うか? 俺も思う。ああそれと、幼い娘は10歳未満にしろ。おまえのような長老たちの、ちょうど『ひ孫』くらいの歳が良い」
「あっ」
老人の口から名状しがたい叫びがもれた。
俺は自分が提示したことにもかかわらず、心を痛めた。
言い訳をするように、つけ加えた。
「おまえたち村のオトナが、代表者を立てればそれで済む話だよ。でも、できないだろう? だから俺は、現実的な着地点を提示したのだ」
「………………」
「それに約束を破らなければ、罰することもない」
「分かった。わっ、分かった!」
のどのつまったような声で老人は叫んだ。
何度も頷いた。
この仕組みの利点、俺がこれを提示した真意は伝わっているようだった。
俺は微笑み、詳細は彼らにまかせることにした。
アダマヒア王国のような自立を待つわけにはいかなかったが、しかし、可能な限り自分たちで健全な国家に育って欲しいと思ったからである。
「さて。それでは帰ることにしよう。これから俺はミカンと合流する。コゴロウを返り討ちにしようと思うのだが、ただ待っているのは性に合わない。どこにいるとか分かるかい?」
そう言って俺は眉をあげた。
言わなきゃいけないことをすべて言った安堵からくる、ゆるさだった。
すると老人は、ぐっと思考した。
そして言った。
「ミカンが村を飛び出た理由なら分かる。コゴロウが言っていたことがキッカケじゃ」
「おっ?」
「ミカンが村を飛び出すように、コゴロウが仕向けたのじゃ」
「詳しく教えてくれないか?」
「聖魔の鉱石を、ミカンは手に入れるために村を出た」
「しかし、それは実在しないのでは?」
「在り処をコゴロウは知っておる」
「はァ?」
「まあ、誤った情報じゃと思うがの。しかし、コゴロウとミカンはそれを信じておる」
「それでミカンは」
「その在り処に向かったんじゃろ。コゴロウの策とは知らずにな」
「ん?」
「ミカンが持ち帰ったところを、コゴロウは盗もうとしとるんじゃ」
「ああ、そういうこと」
「でも、あんたが一緒にいるなら安心じゃ。それにな、ミカンは強いのよ。コゴロウが何人たばになっても勝てん。それをコゴロウも承知しておる」
「あー」
俺と老人はミカンを思い出し、穏やかに笑った。
玄関に向かいながら、もう一度、代表者の件を確認した。
老人は、今月中に返事をする――と、請け負ってくれた。
その証に花押印(食玩みたいなハンコ)を預けてくれた。
俺は老人に心から感謝した。
雑談交じりにコゴロウが言った『聖魔の鉱石の在り処』をなにげなく聞いた。
すると老人は苦笑いをして言った。
「山向こうのな、南に痩せた土地があるそうじゃ。その中心、やや南方の地点をモンスターが守っているらしいのよ。そこに『聖魔の鉱石』があるはずだと、コゴロウは言っておったわい」
「それって」
モンスターポッド?
だよな。
俺は全身から血がひいていくのを感じた。
失礼を承知で乱暴に頭を下げ、モンスターポッドに向かった。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と28日目の創作活動■
穂村の政治形態に干渉した。
……後日、穂村は十歳に満たない幼女全員を村の代表者とした。「ホムラミコ」と呼ばれたこの子たちに村人は愛を注いだ。この子たちが大人になったときに暮らしやすい村になるよう、村づくりにいっそう励んだのである。




