27日目。くノ一、あるいは女忍者
ミカンは出逢ってすぐに、俺を山小屋に誘った。
木こりが使っていた小屋だという。
それが朽ちかけていたのを見つけたのだという。
小屋は川のすぐそばにあった。
「近くに隕石跡があったからな、使わなくなったんだろ?」
そう言って、ミカンは誇らしげに鼻をこすった。
いちいち家具を自慢した。
いや。
キミが威張ることでもないだろ――と、俺は心中でツッコミを入れた。
すると、そんな俺の苦笑いを勘違いしたのか、ミカンは慌てて言った。
「ああ、大丈夫だって。あんたのくらった淫蕩薬はな、オトコを知ってるオンナにしか効かないンだ」
「えっ?」
「あっ、あたしはオトコを知らないから大丈夫だ――って言ってンだコラァ」
「いや、そうじゃなくてっ」
というか、そうだったんだあ――と、眉を上げたら。
「ああン?」
と、ミカンに、あごをしゃくるような声で威嚇された。
ものすごく美人なのに、ものすごくガラが悪い。
「いや、でもさ、明らかに男性経験のない子にも効いてたぞ?」
ヨウジョラエルとか、それにクーラにも。
「ああン? だったら、そいつはウソつきだな。効いたフリをしてンだよ。それかオトコとオンナがどんなことをするのかを、よく知っている処女だな」
そう言ってミカンは誇らしげに胸を張った。
ぷるんと生意気な、そのおっぱいがはねた。
思わず笑ってしまった。
すると。
「ばっ、ばかにすんな」
と悲鳴のような声をあげ、ミカンは言葉を詰まらせた。
瞳を大きく見開いて、顔を真っ赤にした。
そしてそのまま俺をじっと見つめていたのだが、やがて、照れくさそうに顔をそらし、俺の胸にそっと手を置くとうつむいた。
「ガキのころ見た剣の達人。……あんたがずっと憧れだったんだよ」
ぼそりと呟いた。
なんだか突然、女の子らしい仕草をしたので、戸惑ってしまった。
「なあ?」
ミカンは甘えるように顔を上げた。
「……ん?」
俺は応えた。
「なあ、あんた。今晩泊まりなよ」
「……あっ、ああ。ありがと」
「って、違うよ。えっ、エッチとかしねえよ。そういうのじゃねえよ」
「はァ」
「さっ、誘ってンじゃねえよ」
と、ミカンは声を裏返して言った。
俺が泣き笑いの顔のまま頭をかいていると、しばらくして、
「物事には順序があるからなっ」
と言って、ミカンは俺を突き飛ばした。
「あんた、そこのベッドで寝なよ。あたしはこっちで寝る」
そう言って、ミカンはワラの山に突っ伏した。
俺は父性に満ちたため息をついた。
彼女が眠ったのを確認すると、こっそりワラの下にやわらかい布団を創り、肌触りのよい布団を創って、はらりとかぶせた。
そして。
ありがたくベッドを使わせてもらった……――。
――……そして今朝。
俺は美味しそうな匂いで目を覚ました。
「おっ、起きたなっ! もうすぐご飯できるぞ」
「あっ、ああ……ありがと」
俺はぼんやりした状態で身支度を整え、席に着いた。
すると目の前に、
ドンッ!
と、巨大な麻婆茄子と思われるもの。
そして山盛りのご飯が置かれた。
「あんた強いからな。よく食べるんだろ?」
「いや」
強いことと食事の量にたぶん関連性はないと思うけど。
しかし、俺がかすかに眉をゆがめたのは、
朝っぱらからこの量はキツくね? ――ということだった。
「なんだよ、遠慮すンなよなあ?」
そう言ってミカンは満面の笑みをした。
そして笑顔で食べながら、話しかけてきた。
「ここらへん、茄子くらいしかないんだよ。それに香辛料の手持ちも減ってきたからさ、満足したものは作れないけど」
俺は相づちを打ちながら、少量を口に放り込む。
ピリッとした唐辛子やコショウに、刺激される。
「いやっ」
ご飯を口に運ぶ。
「ああン?」
ミカンが眉をゆがめる。
「美味しいです」
俺は茄子をほおばる。
ご飯を呑みこむ。
そして。
「あ? なに泣いてんだ、あんた」
「だって」
美味しいんだもん――と、俺は感動にふるえるのであった。
「どうしたんだ、あんた」
「いや、ごめん」
俺はバクバク食べた。
もう、なんというか。
しあわせだなあ――と、あらためて今ここにある幸福を実感した。
「なんだよ、喜んじゃって」
「あっ、うん。美味しくて」
それに美女の手料理とか初めてだし。
「なんだよ、女に料理作ってもらったの初めてか?」
「……うん」
ワイズリエルもクーラも作ってくれないんだよ。
「そんな喜ぶなよ、嬉しいじゃん」
「う、うん」
俺はあっという間に食べ終えた。
ミカンは誇らしげに鼻をこすった。
で。
一息つくと、彼女は身を乗り出した。
「なあ、あんた。誰にやられた?」
「えっ……」
「その淫蕩薬を誰にやられた?」
ミカンは突然、低い声で訊いてきた。
「あっ、ああ」
俺は言葉を詰まらせ、つばを呑みこんだ。
すると、ミカンはその鋭利な眉を、ぴくりとさせて、
「コゴロウだな」
と断定した。
俺は眉を絞り、やがて頷くと、今までのことを話した。
ミカンは何度も大きく頷いては、相づちを打っていた――のだけれども。
必要なことを伝えるだけでも、夕方までかかってしまった。
ミカンが、
「あー分かった、それってこういうことだろ?」
と、すぐ話を中断して、しかもそれが、ことごとく間違っていたからだ。
それの修正に時間がかかってしまったのだ。
……。
ただ、俺が歳をとらないこと――地上界を『早送り』したからそう見えるだけだ――とか、そこらへんのややこしいことは、どういうわけか、すんなり納得してくれた。そのことに俺は首を傾げつつも安堵した。
「まあ、それはともかく。コゴロウってヤツは村でも持て余していたんだな?」
「ああ。なんど注意しても聞かない。こんど村から抜けたら極刑にするって言われてた」
「極刑?」
「殺すってことだよ」
「そこまで」
「村で決まったことだ」
そう言ってミカンは胸を張った。
偉そうに目をつぶり、何度も頷いた。
もちろん、自分が村を抜け出していることも、父親を村が持て余していたことも棚に上げている。
俺は失笑しつつも、しかし、このミカンのカラッとした気分に、気持ちの好さを感じてもいた。
それで、
「まあ、そのコゴロウはもう死んだというか、勝手に自爆しちゃったんだけどな」
と頭をかいていたら、
バッ!
突然、天井から黒いものが落ちてきた。
それとともに降ってきた銀光を俺は避けた。
即座に剣を創る。
そして、斬りつけようとしたら、
「せいやあ!」
ミカンが強烈な蹴りをブチ込んだ。
黒いものは扉を突き破り、ぼろきれのようになって外に突っ伏した。
ミカンは低く鋭く飛んだ。
ふところから短刀を出し、トドメを刺した。
「忍者を舐めんなコラァ!」
そう言ってミカンは、誇らしげに胸を張った。
「えっ? 忍者だったの!?」
俺は思わずツッコミを入れた。
ミカンはそう言われてみれば、たしかに忍者っぽいノースリーブの着物を着てる。
エロ短い着物のすそからは網タイツのようなものが見えている。
だけど、俺の知る忍者とはまったく違った。
エロい身体はしているけれど、『くノ一』とも、また違って見えた。
ミカンは忍者を自称していたが、まったく忍んでいなかった。
派手な美しい顔をしていた。
声がデカかった。
胸がデカかった。
身長はクーラより低いからそれほどでもなかったが、しかし、態度がデカかった。
それが彼女をとても大きく見せていた。
そしてそれは忍者としてかなり致命的な特質だった。……。
「って、こいつコゴロウじゃん!?」
ミカンは足元の死体に驚いた。
「はァ!?」
のぞき見ると、確かにコゴロウだった。
俺が首をひねると、ミカンは言った。
「あいつは三つ子だか四つ子だかで、兄弟そっくりなんだ」
「は? ということは、こいつがコゴロウで」
あの自爆したヤツは?
「全員がコゴロウだ」
「ん?」
「兄弟全員でコゴロウなんだ」
「はァ」
「たしか3・4人いんよ」
「あー」
なるほど、それは分かったが。
その3・4人のところ、ハッキリしてくれないかな。
俺は泣き笑いの顔でそう思った。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と27日目の創作活動■
ミカンとともに過ごした。
……コゴロウと、そしてミカンについては、早急に、穂村に仁義を切っておく必要がある。




