21日目。【創世録】アインとツヴァイ
俺は怒り、絶望的な強さを持つドラゴンを創った。
アダマヒアの西の森から、王城へと向かわせたのだ。
「ご主人さまッ☆」
「我慢が、できなかった。俺はヤツらが赦せない」
俺は懸命に感情を抑えたが、しかし、声は怒りで震えたままだった。
「……ご主人さまッ☆ ご覧ください、戦線をよく見てくださいッ☆」
「ああ」
「ツヴァイですッ☆ ツヴァイが戦線を離脱し、ドラゴンに向かっていますッ☆」
「それは……」
「ご主人さまッ☆」
「ごめん、冷静になれない。分析と判断を頼む」
そう言って俺は大きく息を吐いた。
ワイズリエルは、画面を観ながら目まぐるしく計算をした。
そして言った。
「このまま進むと、ツヴァイはドラゴンに追いつきますッ☆ 王城に到達する前に戦闘となるでしょうッ☆ が、それよりもまずは残されたモンスターの弱体化をッ☆」
「分かった」
俺が頷くと同時に、ワイズリエルは命令を送った。
するとクーラが慌てて言った。
「すみませんっ! このようなハンドシグナルを、モンスターたちにやらせることはできるでしょうか!?」
その意図は汲めなかったが頷いた。
ワイズリエルは、クーラと同じ動作をモンスターにとらせた。
「総長を援護しろ――という、聖バイン騎士団のハンドシグナルです」
それを見て、騎士たちは呆然と立ちつくした。
あたりを見まわし、ツヴァイとその向かう先にそびえ立つドラゴンを見つけると、剣と盾をだらりと下げた。
そして。
一斉にツヴァイを追いかけた。
盾を投げ捨て走る者、馬に飛び乗り疾駆する者、みな戦線を離脱しツヴァイを追いかけたのだ。
「今ですッ☆」
ワイズリエルは、モンスターを一気に後退させた。ポッドに集結させることにより、モンスターの暴走を防ぎ、そして騎士団を護ったのだ。
「ご主人さま、とりあえずの危機は回避しましたッ☆」
この言葉と同時に、ワイズリエルとクーラは貧血でも起こしたかのように、うなだれソファーに沈み込んだ。
そんな彼女たちの姿を見て、俺は自然と背筋が伸びた。
ツヴァイ、騎士団、アダムの子たち、すなわちアダマヒアの未来のために。
俺は今、なにをなすべきなのか――それを懸命に模索しながら、彼らをじっと見続けたのだ。
無限にも感じる時が過ぎた。
ツヴァイはドラゴンに追いついた。
ツヴァイはドラゴンの側面から、馬をこすり付けるようにぶつける。
はね飛ばされながらも馬はふんばり、ドラゴンと併走する。
絶望的な勢いをもって、王城へと疾駆する。
そこに騎士団が追いついた。
「総長!」
ひと際大きな騎士が叫ぶ。
騎士は馬を走らせながら、強弓を引きしぼっている。
銛、あるいは槍のようにも見える巨大な矢を、ドラゴンに向けている。
そしてその末端には、聖鉄鎖。
ツヴァイはそれを見とめると、するどく自身のベルトに装着した。
「目だ」
このツヴァイの言葉と同時に、騎士が矢を放つ。ドラゴンの目に刺さる。
そして、ツヴァイが天高く舞う。
両手の剣をまるで翼を広げるかのように伸ばす。
ドラゴンのうなじから血が噴きあがる。咆哮する。
地響きがする。大地が震えている。
そしてドラゴンは悶え立ちつくし、なおも咆哮し、首を振り上げた。
ツヴァイはドラゴンと聖鉄鎖でつながっている。
彼は即座に切り離したが、上空に放り出された。
――……まずい。
俺は稲妻を撃とうとしたが、しかし、ツヴァイの目を見て、踏みとどまった。
彼は懸命にあがき、生ききろうとしていた。
ツヴァイだけではなく、みながそうだった。
ここで手を差し伸べることは、そんな彼らに対する侮辱だと思った。
彼らの尊厳を踏みにじる行為だと、俺は思ったのだ……――。
ツヴァイの眼下にはドラゴンの牙。
ドラゴンは片目から血を流しながらも、ツヴァイを正確に照準する。
そこにツヴァイは、ふた振りの剣を投げる。突き刺さる。
そして。
ツヴァイは、その背中の大剣アインハンダーをつかみ、全身全霊をぶつけるようにして一気に振り下ろした。
ひと筋の蒼い炎が地を撃ち、ドラゴンの頭が真っ二つに割れた。
ツヴァイはドラゴンの死がいを見下ろした。
彼はそこに、王族に向けられた俺の殺意をみた。
神の怒りをみた。
ツヴァイは天を仰ぎ、夢から覚めたような――そんな顔をした。
その場にひざまづき、胸もとで十字を切った。
ツヴァイは血まみれのまま、ズカズカと王城に向かった。
行く手を阻む者らをはねのけ、アインのいる玉座へと向かって行ったのだ。
玉座の間に辿り着くと、そこには王族があふれていた。
泡をふき尻もちをつく者がいる。
糞尿を漏らしそのなかを這うようにして逃れる者がいる。
胸を押さえ丸まり痙攣をしている者がいる。
涙で顔をぐちゃぐちゃにして助命を懇願する者がいる。
頭を床に何度も叩きつけ血にまみれ許しを請う者がいる。
どれもツヴァイとアインを苦しめ、騎士団を死地に追いやった王族議会の者どもだ。
ツヴァイは睨みつけた。
その長老は、ものすごく汚らしかった。
がさがさしていて、髪の毛が白く、絡まっていて、ぐちゃぐちゃで、そこだけは脂っぽくて、顔がシワシワだった。ヒビみたいなものがあって、茶色で、まだらで、変色していて、生き物じゃないように見えた。
石の床をかきむしったその爪は割れて、真っ黒で汚かった。
見苦しく生にしがみついているな――と、思った。
ツヴァイは剣を振って、血を飛ばした。
カチリと、刃を鳴らした。
そしてもう一度、侮蔑の目で彼らを見下ろした。
悲鳴があがった。どよめいた。
するとツヴァイは、
「刃が穢れる」
と、つぶやき、彼らを無視して、玉座へと突き進んだ。
そして玉座にはアインが居た。――
ツヴァイはアインにむかって、にやりと笑った。
アインは血まみれのツヴァイを見て、わずかに微笑んだ。
騎士団総長ツヴァイと、元騎士団のアダマヒア国王アイン。
昔と立場は違ってしまったけれど、しかし今も親友である。
ふたりは視線を交わした。
「………………」
ふたりは一語たりとも話さない。
目を見ればそれで事足りた。
ふたりには言葉など必要なかった。
「………………」
ゆらゆらと、暖炉の炎が明滅している。
その間隔は数秒だけれども、なぜか永遠を思わせる。
どんよりとした空気がふたりをなでる。
そして。
ばちんと、薪が音をたてると。
アインは、ゆっくり頷いた。
ツヴァイは、ゆっくり頷いた。
そして一歩、前に出てツヴァイは叫んだ。
「俺は天下の大悪党、逆賊ツヴァイ! 騎士として恥ずべき大罪を、三つも犯した男である!!」
ツヴァイは不敵な笑みをした。
騎士団総長の記章を引きちぎり、床に叩きつけた。
そして、こう続けた。
「ひとつめは親友の信頼を裏切り、総長を辞した! ふたつめは王の命に叛き戦場を放棄した、剣を手に王城にあがった!! そしてみっつめは神の教えに背き、自殺したッ!!!」
ツヴァイは自身の首を斬り飛ばした。
首を失ったツヴァイの体は、しかし、いつまでも仁王立ちで、勢いよく血を噴き上げた。
ツヴァイは自らの血で、王城をケガレた場所とした。
そのことでアダマヒアの遷都を後押ししたのだが、しかしこれは、アインがツヴァイを……親友を裁かないですむように気遣っての自殺、彼なりのやさしさだった。
その後。
アインは北への遷都を強行した。
ツヴァイの剣を腰に差し、王族議会を黙らせたのである。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と21日目の創作活動■
アインの生涯を見届けた。
彼の功績により
・アダマヒア王国は北に遷都した
・アダマヒア王国は絶対王政となった
……そのほかにもアインは数多くの功績を残したが、死後、愚王と呼ばれることになる。逆賊ツヴァイを聖人認定したことが、その理由である。




