20日目。偽りのレコンキスタ
寝る前にふらりとリビングに顔を出すと、ワイズリエルとクーラが画面を見たまま固まっていた。
俺は首をかしげながらも、テレビを覗きこんだ。
そして画面に映る戦場に驚倒した。
「なぜ騎士団がモンスターと戦っている!? というより、なんだこの総力戦は?」
「……王の命令です、ご主人さまッ☆」
「この愚劣な隊列もか?」
「なにもかもですッ☆」
「はァ!? 今の王はアインではないのか? 彼は元騎士団ではなかったのか!?」
「はいッ☆」
だったら戦闘の分からぬ男ではないはずだ。
元騎士団なら、この隊列の弱さが分かるはず。いや、このような総力戦が自殺をするに等しい行為だと、元騎士団の王には分かっているはずだ。
「その通りですが、ご主人さまッ☆」
「まさか彼の親族か!? 王族議会がやらせているのか!?」
「はいッ☆」
「……経緯を教えてくれないか?」
俺はソファーに腰掛け、大きく息を吐いた。
ワイズリエルは簡潔に述べた。
「ことの発端は、騎士団による北の開墾が完了したことでしたッ☆」
「ああ、よくみると緑の表示になっている」
「それで騎士団は、アダマヒアの王族議会に『北への遷都』を提言したのですッ☆」
「遷都……モンスターの脅威から国民を守るため、川の北に王城や街を移せというわけか」
「そして却下されましたッ☆」
「はァ」
「それだけではありませんッ☆ 王族議会は、『騎士団に命令を下せ』と、王に迫ったのですッ☆」
「モンスターを駆逐し南を開墾せよ――という命令か」
「はいッ☆」
「なぜアイン王は、そんな王族議会を野放しにしているのだ」
「アイン政権は『処罰の厳正化』をスローガンに掲げましたッ☆ しかし、そのことが王族たちをより狡猾にしたのですッ☆」
「どういうことだ」
「彼らは処罰されないよう、陰湿な手段を用いていますッ☆」
「……なるほど。処罰を厳正化するということは、たとえ害悪だと分かりきっていても、明確な証拠がない限り罰することができない」
「はいッ☆ そこを王族議会は上手くついているのですッ☆」
「そして、その結果がこの陰惨な戦場なわけだ……」
「レコンキスタ・スル――彼らは国土回復戦線と呼んでいますッ☆」
「ああン? なにが国土回復だ。おまえらの土地だったことなど、一秒もないではないか」
「しかも、かつてモンスターが使っていたスペイン語を作戦名にしていますッ☆」
「下劣だなあ」
あまりに不快すぎて、失笑してしまった。
「さて、この事態にどう対処するか――」
「実は良い手が思いつきません、ご主人さまッ☆」
「モンスターをすべて消去しろ」
「数日かかりますッ☆ モンスターは睡眠や激しい戦闘の最中に、モンスターポッドからの指示を受信できませんッ☆ すべてのモンスターを完全に削除するには、おそらく3日以上かかると思いますッ☆」
「モンスターを弱くしろ」
「すでに限界まで弱くしていますッ☆ これ以上弱くしてしまうと、モンスターポッドまで到達する騎士がでてきますッ☆ 騎士の強さに極端なバラツキがあるのですッ☆」
「モンスターポッドを破壊されるとどうなる?」
「モンスターが暴走し野生化しますッ☆ このことだけは、なんとしても避けなければいけませんッ☆」
「それは、俺がモンスターポッドを消滅させても同じか?」
「はいッ☆ 最悪の場合、野生動物との雑種……凶暴な生物が誕生してしまいますッ☆」
「なるほど分かった。解消すべきポイントは、騎士の強さに極端なバラツキがあることだな」
「はいッ☆ 突出した強さの騎士がいるのですッ☆」
そう言って、ワイズリエルは画面を切り替えた。
騎士たちの死体が大きく映る。
死体の地平をなめるように、カメラが上がる。
遠くを映す。ズームする。
すると――。
そこには、血に染まった二刀流の男。
巨大な剣を背負い、二本の剣を手にした騎士がそこには立っていた。
「紅蓮のツヴァイ――と、彼は呼ばれていますッ☆」
「紅蓮のツヴァイ。あの紋章は総長か?」
「はいッ☆ 彼は騎士団の総長ですッ☆」
「そして、還俗王アインの親友でもある」
「彼が強いのですッ☆ ひとりでモンスターを倒しているといっても過言ではありませんッ☆」
「そこまでっ」
と言った瞬間、ツヴァイはモンスターの首を飛ばした。
「ツヴァイが向かった先には、紅蓮の炎が噴きあがるッ☆」
「すなわち血が噴きあがる」
「そう恐れられていますッ☆」
ツヴァイは戦場を飛ぶように駆け、モンスターを瞬殺していった。
その悪夢のような解体ショーに愕然としていると、クーラがぼそりと呟いた。
「わざとです」
そして、念を押すように言葉を続けた。
「わざとです。あの斬りかたはわざとです。血が、派手に噴き上げるような斬りかたを、彼はわざとしているのです」
「それは」
「彼はあのような斬りかたで、血を忌避する王族議会に、抗議しているのです」
クーラは陰鬱な顔をして、彼の心情を断定した。
俺は眉をゆがませ、画面に映るツヴァイを視た。
次なる獲物を探すツヴァイにズームした。
そして、その顔に俺は言葉を失った。
「ご主人さまッ☆」
「……あの顔はマズイ」
「あの顔? 表情ですかッ☆」
俺は大きく頷いた。
そして言った。
「クーラに似てる。彼は冷淡に見えるが、激情をうちに秘めている。しかも真面目で直情的、なにより情にあつい。あれはそういう男だ。ツヴァイは、そういう男の瞳をしている」
「それはどう、マズイのですか?」
「彼はズルイことができないし、思考に柔軟性がない。ルールから逸脱することに嫌悪感を抱くタイプだ」
「それはでも」
「王の命令に、ただ愚直に従うのみ――それがおそらく彼の行動原理、美学だ」
「王の命じたことが、たとえ王の本意でなかったとしてもッ☆ たとえ間違っていたとしてもッ☆」
「従う。ツヴァイはそういう男だ」
それは騎士団総長に求められる資質、ツヴァイは総長に適した男ではあるが。
しかし、このような状況に、もっとも適していない男でもあった。
「ところで、ワイズリエル。あのツヴァイが背負っている巨大な剣はなんだ?」
「あれはアインハンダーと呼ばれる剣ですッ☆」
「アインハンダー?」
「はいッ☆ あれは還俗王アインがかつて使っていた両手剣、アインはそれを片手で自在に操ることができたそうですッ☆」
「あの、鉄板のような剣を片手で?」
「常人には両手でも無理ですねッ☆」
「って、そんなヤツが王になったのか」
「はいッ☆ ですが」
「そんな男が王族議会……親族たちに首根っこをつかまれている」
「しかし、アインが頑張っているから、この程度で済んでいるのですッ☆」
「この程度っ」
この愚劣に伸びきった戦線で騎士が次々と死んでいる、この状況が。
「この程度だと、言うのか」
思わず声を荒げてしまった。
するとワイズリエルは、低くよく響く声で言った。
「残念ながらッ☆」
俺たちは息を呑んだ。
「ご主人さまッ☆ 残念ながらこの状況は、まだ、この程度といったものなのですッ☆」
俺が眉をひそめると、ワイズリエルはゆっくりと首を振った。
「まさかっ、アダマヒアの王族議会は、騎士団を完全に消し去るつもりなのか!?」
「はいッ☆ 何年かかろうと、なにがなんでも皆殺しにするつもりですッ☆」
「そんなっ」
「彼らは騎士団がおそろしいのですッ☆」
「そんな」
そんな、くだらない理由で――。
俺はやりきれない気持ちで、ツヴァイを見た。
ツヴァイは、粛々とモンスターを殺し、次々と血を噴き上げていた。
その美しすぎる顔を血で染めて。
切れ長の瞳を不気味に光らせて。
彼はもどかしさを押し殺し、紅蓮の炎を噴き上げていた。
ツヴァイは、すべてを理解していた。
すべてを理解していながら、王の命令にひたすら従順でいた。
そんな男の目をツヴァイはしていたのである。
「ご主人さまッ☆」
「………………」
「ツヴァイは死ぬまで止まりませんッ☆ そして、彼が死んでもこの陰惨な戦闘は続くのですッ☆」
「………………」
「モンスターポッドに強制収集プログラムを流し最優先で処理させれば、数日後にはモンスターを消去することができますッ☆ モンスターを、ポッドを防衛できるギリギリまで弱くして、その数日をしのぐことも――騎士団は半数を失うでしょうが――おそらくは可能ですッ☆ ですが、そうなると今度は騎士団に暗殺の手が伸びるでしょうッ☆」
「死んでしまえ」
吐き捨てるように俺は言った。
なにもかも不快だった。
「ご主人さまッ☆」
「俺は。俺は神であるまえに、ひとりの人間だ。それに、命の重さとかそういう話はよく分からん。少数の犠牲で多くの人間が救われるとか、救う人間を選別するなとか、そういう話はよく分からないのだ」
それでも――と言って、俺は画面を指差した。
「吐き気のするようなクズ野郎と、不器用な男との見分けはつく」
そう言って俺は、絶望的な強さを持つドラゴンを創った。
アダマヒアの西の森から、首をもたげさせた。
このことで――。
神の資格を失うというのなら、今すぐ辞めてやる。
この、神の力を、今すぐにでも返上してやる。
そういう覚悟で俺は、ドラゴンをアダマヒアの王城に向かわせた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と20日目の創作活動■
絶望的な強さを持つドラゴンを創った。
……怒っているのである。




