19日目。ケガレ
翌日の夕方。
「ただいまだよ~」
俺とヨウジョラエルが散歩から帰ってくると、
「ああ、おかえりなさい」
ワイズリエルとクーラが沈痛な面持ちでいた。
「どうしたの?」
「あの、それが……」
と言ったまま、クーラは寂しげな顔をした。
すると、ワイズリエルが言葉を選びながらといった感じで、ゆっくりと言った。
「ご主人さまッ☆ 結論から言いますと、アダマヒアにあまり好ましいとはいえない思想が流行し、定着するきざしをみせておりますッ☆」
「ん? 詳しく聞こうか」
俺はワイズリエルを真正面から見た。
彼女がこういった回りくどい言いかたをするときは事態が深刻だ。
そのことを、俺は今までの付き合いで知っている。
「『ケガレ』とでも言いましょうか――ッ☆ そういった思想が、アダマヒアで流行ってますッ☆」
「それはどういう思想だ?」
「乱暴にまとめると、潔癖信仰ですッ☆ 極端に『死』や『血』を嫌うのですッ☆」
「それは、でも」
たぶん俺にもある。
俺だって、死や血は嫌いだ。
「はいッ☆ ただ、この思想は極端なのですッ☆」
「その問題点はどこにある?」
「このアダマヒアで流行っている『ケガレ』の問題点は、『死』や『血』の忌避のしかたが激しいこと、そして、差別感情を生みつつあることですッ☆」
「たとえば?」
「『死』や『血』をケガレたものと感じます。ここまでは問題ありませんッ☆ 問題なのは、『死』や『血』と日常的に接する職業を、ケガレた職業だと差別することですッ☆ そういった人々を忌み嫌い避けようとする気分が、アダマヒアに広まりつつありますッ☆」
「『死』や『血』に日常的に接する職業って、まさか」
「騎士団ですッ☆」
俺は絶句した。
「もちろん、アダマヒアの民は騎士団を尊敬していますッ☆ 頼っていますし、守られてもいます。彼らは騎士団に依存して生きているのですッ☆ アダマヒアの民にその自覚はあるのですが、ただ、理性とは別のところで『ケガレた職業』だと感じはじめてもいるのですッ☆」
「………………」
「私のせいです」
クーラが陰鬱な声で言った。
「私がモンスターに変更を加えたからです。モンスターを動物のようなシルエットやヒト型に変更して、斬ると派手に血が吹き上げるようにしたからです」
だから、このような思想が広まったのです――と、クーラは言った。
俺は即座に否定した。
「それは関係ない。モンスターから血が吹き出ることと、差別感情を持つことに一切、関係性はない」
それに生物を斬ると血が出るのは、自然なことである。
「ご主人さまッ☆ この思想が流行した背景には、還俗王アインと騎士団との結びつきを弱める――といった思惑がありますッ☆」
「気分が悪いな」
「ええッ☆ ですが、アインは善戦しておりますッ☆ 発言権は弱まりましたが、民衆からの支持は熱いままですし、彼の政治手腕によって騎士団の威厳も保たれていますッ☆」
「なるほど」
「ご主人さまッ☆ この思想は、『死』や『血』に対する嫌悪が強烈ですッ☆ このことのほうが、アインや騎士団のことよりも、むしろ懸念材料と思われますッ☆」
「嫌悪が強烈?」
「たとえば、ご主人さまが誰か……あるいは動物を斬って、返り血を全身に浴びたとしますッ☆」
「ああ」
「汚れたと感じ、シャワーを浴びるでしょう。衣服は念入りに洗い、場合によっては捨てるかもしれませんッ☆」
「ああ、たぶんそうする」
「はいッ☆ 私たちもそうします。ここまでは一般的な感性だと思われますッ☆」
「そこから先があるのだな?」
俺が訊くと、ワイズリエルは寂しげに頷いた。
「この思想では、それだけでは済みませんッ☆ ……そうですね、現代の感覚でいうと、まるでエボラ出血熱に感染したかのような扱いを受けますッ☆」
「まさか血を浴びただけで!?」
「そこまで忌避しますッ☆」
「それでは仕事がなりたたない」
「はいッ☆ ただ、傷害事件は減り、また、王族を含めた裕福な者たちは武器を持たなくなりましたッ☆」
「しかしっ」
犯罪がゼロになったわけではないし、モンスターも存在する。
事故だってあるし、突発的な刃傷行為だってある。
彼らが武装解除したシワ寄せが、全部、騎士団にいっている。
差別の目を向けながら、その対象に彼らは依存しているのだ。
「死の場合は、もっと深刻ですッ☆ 血が出るような死、すなわち刃傷による死は、放射能が漏れたかのように処理しますッ☆ 現場は封鎖され、廃地となるのですッ☆」
「理性的じゃないし、まるで現実を視ていない」
「しかし、この思想が生む差別感情は、現実のものですッ☆」
「……くだらない」
「ですが、彼らは大真面目ですッ☆」
「………………」
俺たちは沈痛な面持ちで、深くため息をついた。
「これは――。このような思想は、中世ヨーロッパにもあったのか?」
「ここまで極端なものは、おそらく無かったと思われますッ☆ それに」
「それに?」
「ペストが上陸しますッ☆ 『死』と『血』が日常にあふれてしまいましたッ☆」
「ケガレなどと言えるような世の中では、なくなってしまったのか」
「はいッ☆」
「じゃあ、歴史から学べることはないのか?」
「ご主人さまッ☆ このアダマヒアの構図は、日本の平安時代に似ていますッ☆」
「それはつまり?」
「『死』と『血』を忌避するアダマヒアの王族議会が、平安時代の公家ッ☆ 『死』と『血』に直面する騎士団が武家にそっくりですッ☆」
「ということは……」
「この思想がエスカレートすると、騎士たちが政権をたててしまうかもしれませんッ☆」
「そっ、それは」
俺は言葉を詰まらせた。
もちろん、俺は彼らの政治に干渉するつもりはなかったが、しかし、アダムの子らが殺しあうのは見たくなかった。だからそれとなく争いが起こらないよう、今までは最小限の干渉をしてきた。そのことに俺は、俺なりに公平性を保ってきたつもりである。
が。
このときの俺は、正直に言うと。
差別感情を持つというのなら、そんなヤツらは滅んでしまえ――と、わずかに思った。
そんなふうに思ってしまうほど、この思想は不快だったのだ。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と19日目の創作活動■
アダマヒア王国に『ケガレ』という思想があることを確認した。
……戦争だけはなんとしても避けたいところだ。




