18日目。動物
早朝。
モンスターについて話があると、クーラが言った。
「野生動物に勝てないのです」
詳しく聞いてみると、山に生息する野生動物に、モンスターが勝てないのだという。
野生動物が、モンスターに対抗するべく、どんどん強くなっている、強く進化しているというのだ。
「山脈を調べましたが、ヤギ・シカ・野牛・イノシシ・オオカミ・クマ・ワシ・タカ・ヘビなどが生息しているようです。どれも中世ヨーロッパに存在した動物のようですが、ただ、このうちオオカミとヘビが」
「なにか問題でも?」
「日本に生息していた種でしたよ」
「はァ」
また細かいことを言いはじめた。
「じゃあ、直すよ。あとで直しておくよ」
「結構です。もう、独自の進化をとげて、よく分からない動物になっています」
「だったら」
いちいち言わなくても好いじゃんかあ。
「それで、ここからが問題なのですが――。さきほどお話しした野生動物のうち、クマと野牛、そしてワシがとても強く進化しています」
「……どうすればいいかな?」
「分かりません。ただ、どんどん強く進化していくので、モンスターの最低ラインをそこにあわさざるを得ないのです」
「なるほど」
「あの、カミサマさん。もしよろしければ、これから山に行きませんか? 運がよければ、野生動物に遭えるかもしれません。そうすれば」
モンスター強化のなにかヒントを得られるかもしれません――と、クーラは言った。
その有無を言わさぬ笑顔に、俺は苦笑いで頷いた。――
地上界に降りた俺とクーラは、アダマヒアの東の森から、川伝いに山頂を目指した。
山と山の間……尾根と尾根の隙間を這うように進む、沢登りというスタイルだ。
「この山脈は、標高二〇〇〇メートルを越えた山が多いですからね。高山病に気をつけましょう」
一般に、高山病は、標高二〇〇〇メートルを超えたあたりから発症する。
体調の優れない者は、一五〇〇メートルを超えたあたりから発症するという。
高山病の恐ろしさは、運動失調と判断力の低下、そして自覚症状がないところにある――らしい。
俺は――たぶん神だから平気だけれど――クーラの指示におとなしく従った。
クーラは、ものすごく活き活きとしていた。
「沢には石がいっぱいあって、走るのとはまた違った筋肉を使うでしょう?」
小石が一面に敷き詰められたゆるい斜面……いわゆるザレ場を器用に歩きながら、クーラは微笑んでいる。
「まっすぐに立って、ゆっくり加重するのですよ」
クーラは嬉しそうに、まるで聞き分けのない子を諭すように語りかけてくる。
俺は、不安定な足場、木の根や溝状の道に苦戦する。
そんな俺の前を、クーラは歩いてる。
可憐に微笑み、山歩きを楽しんでいる。
俺は、そんなクーラを見て、鼻の下を思いっきり伸ばしていた。
いや。正確に記述すると、あの、ひらひらとした登山服のスソに視線を吸引されていた。
リュックの下からチラチラと見えるお尻が扇情的だった。
スレンダーなのに、そこだけはムチッとしている腰まわり。
ぴちっとしたパンツに浮かび上がった下着のシルエット。
それらが抜群にエロかった。
俺は、しばらく目が離せなかった。
ガン見しながら、こっそり神の力を使った。登山のペースをアップした。
俺は軽く自己嫌悪になりながら、渓谷沿いを歩いていた。……。
俺たちは――神の力によって――順調に進み、お昼をすぎた頃には、秘密基地のあったあたり、尾根をはさんだその裏側に到着した。
そのまま川沿いを北東へと向かう。
ゆっくり川をなぞるように歩くと、そのうち尾根にぶつかった。
「山頂までつながってますよ」
とクーラは言った。
その後、尾根をどんどん上って、俺たちは山頂を目指した。
「こういったところで、クマは山菜採りをするみたいですよ」
「クマが出るのか」
「ええ」
「はァ」
「とにかく進みましょう。山頂アタックです。きっと、とても素敵な景観ですよ」
「はあ……」
クマが出たら、やっぱり俺が倒すのかな。
とりあえず日本刀を創ってみた。
これで倒せるのかはよく分からないが、まあ持っておくか。
そんなことを思いながら、俺は後ろをついていった。――
山頂が見えはじめたところだった。
クーラが突然、歩みを止めた。
ここからは、クマのテリトリーだという。
遭遇する可能性が出てくるという。
俺はつばを呑むように頷いた。
緊張で言葉が出ない。
神のクセに。
……。
俺たちは尾根を北にそれて、なだらかな斜面から、別の尾根へとアプローチすることにした。
いったん下る。
徐々に登って段差が大きくなってくる。
足元には大きな岩や石。歩きにくい道。
いわゆるガレ場。
――この近くにクマが居る。
そう思うと、足が前になかなか出なかった。
俺は神なのに。
きっと、クマなんか余裕で倒せるのに。
それなのに、俺はなかなか進めなかったのだ。
そんな俺の眼前で、クーラがそっと手を横に出した。
歩みを止めている。
前方に黒いかたまりがある。
緊張が走る。
しばらくそのまま硬直していると。
「ごめんなさい。根株でした」
と、弛緩してクーラが振り向いた。
彼女は、黒い根株をクマと見間違えていた。
なんだァ――と、俺は頭をかいた。
元気を出していきましょう――と、クーラが朗らかな声を放った。
そして、一歩。
右足を前に出したときだった。
もそり。
根株の後ろから、クマが現れた。
ヒグマ。
羆(学名:Ursus arctos):哺乳綱ネコ目(食肉目)クマ科クマ属。
ヒグマは気だるそうに前に出ると、ゆったりと立ち上がった。
五メートル。
立ち上がったヒグマの高さは、ビルの二階の高さ。
おそらく五メートルだろう。
しかし俺には、もっと大きく見える。
声が出ない。
身がすくむ。
心が萎える。
気を呑まれ、俺はただ立ちつくしていた。すると。
「去りなさい……」
クーラは息を吐きだすように言った。
そして俺の持っていた日本刀をつかんだ。
その日本刀を、クーラは油断なくヒグマに向けた。
クーラは気力を充実させた。
そうやって気組みでヒグマを圧した。
俺はヒグマを視たまま立ちつくしたままである。
俺はこのとき、思い知った。
実際にヒグマと対峙して理解した。
神の力とか、チート能力とか関係ない。
マジでブルっちまってる。
ガチで動けない。
逃げようと思っても逃げられない。
頭のなかが真っ白で、なにも考えることができない。……。
日本刀を構えヒグマを睨むクーラ。
その後ろで硬直している俺。
そんな俺たちをヒグマは視てる。
背を伸ばして、覗くように眺めてる。
じりじりと、クーラが間合いを詰める。
詰める。
すると――。
ヒグマは突然、左前方に跳んだ。
そのまま森の茂みに入って、ヒグマは去った。
「もうダメかと思ったあ……」
へなへなとクーラは座り込んだ。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と18日目の創作活動■
野生のヒグマと遭遇した。
……このあとメチャクチャ怒られた。クーラは、なにかモンスター強化のヒントをつかんだようで、天空界に帰ると懸命にモンスターに変更を加えていた。




