16日目。大開墾時代
昨日、ワイズリエルは、
「騎士団が、痩せた土地を耕しているのですッ☆」
と言った。
それを、興味深い動きだ――と、彼女は表現した。
「聖バイン騎士団は、ここ数年、教会の西側を精力的に耕していますッ☆」
「騎士が?」
「ちょっとしたブームですッ☆」
「なぜ?」
「インディアナ・ウーツッ☆ ウーツのもとにいた騎士団の総長が、ここにきて評価されはじめたのですッ☆」
「ああ、あの、騎士団を辞めた総長かァ」
ウーツの農具で痩せた土地を耕していた、あの総長である。
「しかし、それがなぜ今頃になって……」
俺たちは首をかしげた。
すると、ワイズリエルはバチッとウインクをした。
そして。
少し長い話になるのですが――と、前置きしてから言った。
「そもそも騎士団の目的はなにか――ッ☆ それはアダマヒアの民に安全な暮らしをもたらすことですッ☆ そのために騎士団はモンスターと戦っているのですッ☆」
「ああ、そうだ。だから、彼らは斬れる剣を欲した」
「ところがッ☆ ウーツのもとにいた総長は、別の考えかたをしましたッ☆」
「それは?」
俺とクーラは大きくつばを呑みこんだ。
ワイズリエルは、ゆっくりと言った。
「安全に暮らしたいというのなら、モンスターのいないところで暮らせばいいッ☆」
「はァ」
「川の北側の痩せた土地にモンスターはいませんッ☆ そこを耕し、そこで農業を営めば、モンスターに襲われる心配はありませんッ☆」
「言われてみれば」
「その通りですね」
俺とクーラは思わず呟いて、その後、唖然として顔見合わせた。
虚をつかれたのである。
「こういった発想の転換は、なかなかできませんッ☆ 特に、騎士団という武装集団に身を置きながら、モンスターと戦うこと以外に大目的を見出すこと、騎士団成立の原点にまで、さかのぼって考えることは」
できることではないのです――と、ワイズリエルは、すこし悔しそうに言った。
「彼のこの考えかたは、当時の人々には理解されませんでしたッ☆ 騎士のクセに耕している、いくら耕しても作物など育つわけがない……彼はずっと笑われていたのですッ☆」
「………………」
「ところがッ☆ 彼の死から100年以上経った今、ウーツの農具と同質の物が大量生産できるようになった今、彼の評価が一変しますッ☆」
「なぜだ?」
「ウーツの農具なら、痩せた土地を活かせるからですッ☆」
「まさかっ」
「成果を上げましたッ☆」
「作物が育つ土地になったのか?」
「はいッ☆」
「ということは」
総長の思い描いたアダマヒアの暮らしが、現実味をおびてくる。
「ゴー・ウエストッ☆ 西へ開墾せよ――という気分が今、騎士団と教会には充満しているのですッ☆」
ワイズリエルは、すこし興奮して言った。
俺たちも彼女につられ高揚したが、しかし、すぐに不安になった。
「ゴー・ウエストという時代の気分……それは好いことなのか?」
俺が訊くと、ワイズリエルは考えをまとめながら、ゆっくりと言った。
「アダマヒア王国が今以上に繁栄すること、人口が増加することを望むのならば、好いことですッ☆ というより、人口が増加するためには、この方法しかございませんッ☆」
「ん? ……詳しく教えてくれないか?」
「はいッ☆」
ワイズリエルは微笑んだ。
可愛らしくウインクをキメて、そして言った。
「では、ご主人さまッ☆ 『地上界』をご覧くださいッ☆」
「現在、モンスターはアダマヒアをゆるやかに囲むように、西・南・東に配置されていますッ☆ そして、さきほどお伝えしたとおり、川の北側、特に痩せた土地にはモンスターはいないのですッ☆」
「ああ」
「アダマヒアの生活圏とモンスターの棲息圏は、隣接しているのですッ☆」
「なるほど」
「アダマヒアが今以上に人口を増やす……すなわち農地を増やそうとしたら、モンスターと戦って土地を奪わないといけないのですッ☆」
「そこまでっ」
「そこまで繁栄しているのですッ☆ あとは森や山を切り開いていくしかありませんッ☆」
「それは喜ばしいことなのか? というか、モンスターの配置を変更したほうがよいのか?」
「配置はこのままで問題ありませんッ☆ 『痩せた土地』が耕せるようになった今、むしろモンスターはこのままのほうがよろしいかとッ☆」
「ああ、なるほど」
ここでウーツと総長の働きが活きてくるわけか。
彼らのヴィジョンが、ここに来て、アダマヒアの閉塞感を打破したわけだ。
「ちなみにご主人さまッ☆ ウーツのもとにいた総長ですが、彼はこのたび聖人認定されましたッ☆」
「それは好いっ」
気持ちの好い話じゃないか――と、俺は喜んだ。
「聖ダマスカスッ☆ 彼の名は、ダマスカスというそうですッ☆」
「ふふっ、インディアナ・ウーツにダマスカスか」
「きゃはッ☆ 出来すぎた名前……ですよねえッ☆」
俺たちは、しあわせに満ちたため息をついた。
しばらく温かい気持ちのまま無言を楽しんでいた。――
「ええっと、じゃあさ。アダマヒア王国の人口を増やしたいのなら、この騎士団の大開墾運動は、そのままにして良いのかな?」
「はいッ☆ ……ただ」
「ん?」
「騎士団の動きとしては、まったく問題ありませんッ☆ ただし、ご主人さまッ☆ アダマヒアは大きくなりました。この大開墾運動は、騎士団だけでおさまる話ではありませんッ☆」
「アダマヒア全体を注意して視ろ――というわけか」
「はいッ☆」
ワイズリエルはバチッとウインクをキメた。
「ちなみに、ご主人さまッ☆ 中世ヨーロッパにも大開墾時代というのがありましたッ☆ 11世紀から13世紀にかけて――ですから、ちょうどご主人さまの好きな時代にあたりますッ☆」
「ああ、ほんとに?」
「はいッ☆ この時代、中世ヨーロッパの人々はシトー派修道会主導のもと、森林をどんどん農地にしていきましたッ☆ それを可能としたのが、鉄製の農具ですッ☆」
「ああ、それならアダマヒアも生産できる」
「はいッ☆ そして鉄や鋼を生産するためには、大量の木炭が必要ですッ☆」
「なるほど」
森林を伐採し、木炭を作る。
その木炭で、鉄の農具(や武具)を作る。
そしてその鉄の農具で、森林を農地に変えるわけだ。
ちなみに言うと、中世ヨーロッパはこの大開墾によって森林資源を枯渇させた。
ただ、アダマヒアの場合は、俺たちがどんどん植林していくからその心配はないだろう。
「さてッ☆ 開墾で活躍したのは、犂……またはプラウと呼ばれる農具ですッ☆ これは現代では、トラクターの後部に設置されているのですが、中世では、馬や牛に装着していましたッ☆」
「そんな農具で騎士団は耕しているのか」
「はいッ☆ ウーツの時代より、すこし進歩していますッ☆」
「じゃあ、そのプラウって農具を馬か牛に付けてるの?」
「いえッ☆ 騎士自らがひいていますッ☆」
「はァ!?」
「まるで運動部のタイヤ引きのように、腰にひもをつけて引っぱっていますッ☆」
「ふふっ、まさか」
と笑ったら、ワイズリエルはその風景をテレビに映した。
「うわあ」
そこに映っていたのは、ワイズリエルが言ったそのままの光景だった。
まるでアメフト部の練習のようだった。
「こっ、これは」
思わず声に笑いが混じる。
「汗臭いですねッ☆」
「ああ、汗臭くて」
しかも、女にまったく興味がなさそうな集団だ。
まあ、彼らは騎士だけど修道士でもあるので、女に興味がないのは当たり前なのだけれども。カッコイイのにもったいないよなあ。
「って、それは余計なお世話か」
俺は苦笑いをしつつ、総括して言った。
「じゃあ、とりあえずはアダマヒア王国全体に注意を払いつつ、この大開墾運動を見守ろう」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と16日目の創作活動■
騎士団の大開墾運動を確認した。
……しばらくは1日に2・3年というペースで『早送り』をして、地上界を見ていくことにする。




