14日目。【創世録】キヨマロ
穂村は、アダマヒアの東の山脈……その稜線を東に越えたところ、崖と崖のあいだにある。
村の西、北、そして南には断崖絶壁がそびえ立っている。
東は崖になっている。
そのはるか下には草原が広がっている。
そんな台地に穂村はある。
その穂村を北に入ったところに、キヨマロは住んでいる。
酒乱である。
すらりとした色白の美丈夫で、いつも酒を呑んでいる。
だらしなく着流しをはだけさせ、しゃなりしゃなりと村を練り歩く。
まるで女のような色気だが、このキヨマロは強かった。
酒がまわると、目がすわる。
いや、常に酔っているから、常に目はすわっているのだが、その目がいつも以上にすわる。そして、不気味な光を放つ。
そして斬りたくなる。
酩酊したキヨマロは、自作のカタナを抜き身にして村を練り歩いた。
そして、目についたものをことごとく斬った。
もちろん、このキヨマロの悪癖は村じゅうに知れわたっている。
だから、キヨマロが泥酔すると、みな戸を閉め家にこもった。
タチの悪い酔っぱらいがいたものである。
そのキヨマロが、今までどうして殺されずに済んでいたかというと、それにはいくつかの理由があった。そして彼には、たくさんの面倒をみる者、同情者がいた。
まず、村の女たちがキヨマロの世話を焼く。
この美しく、だらしのないキヨマロを、女たちは囲んだ。
何人もの女が寄ってたかって、彼の面倒をみた。
面倒をみる女たちは、キヨマロの亡き妻の友人だった。
キヨマロが酒に溺れた理由のひとつが、妻を失ったことだった。
妻を失ったとき、彼は自殺を考えるまでに落ち込んだ。
しかし、幼い娘の存在がそれを許さなかった。
その結果、酒に溺れてはまったく意味がないのだが、ただ、この彼の心情は女たちの共感を呼んだ。
「ミカンちゃん、ミカンちゃん」
娘をあやす女たちを尻目に、キヨマロは酒を呑んだ。
女たちは、そんなキヨマロに母性に満ちた笑みをむけた。
キヨマロに同情したのは女だけではなかった。
村の男連中も彼に同情した。
というのも、キヨマロが優れた刀工だったから。時代がカタナからクロスボウの時代へと換わりつつあったからだ。
キヨマロの打ったカタナは、すさまじくよく斬れた。
彼の打ったカタナには、誰もかなわなかった。
「『聖魔の鉱石』なんて必要ないだろう」
「キヨマロが打てば、『聖魔の鉱石』がなくても、よく斬れるじゃないか」
そう言う者が多かった。
実際、キヨマロのカタナはよく斬れた。
そんなカタナを持ち歩き、酔ってそこらじゅうを斬りまくるというのはタチの悪い話だったが、しかし、タチが悪いだけに、男連中にはいっそう、キヨマロのやり切れなさが感じられた。
その、やり切れなさの根幹にクロスボウがある――というのが、今回の話の目的である。
クロスボウのアイデアは、実は村の成立当初からあった。
はじめは、ロープを天高く射出し、崖を登るための装置だった。
それがいつしか、天に向けるものではなくなった。
アダマヒアに戻りたい――という情熱が、村人には、あまりなかったからだ。
その装置はやがて武器になった。
しかし、そうなると今度は精度に問題があった。
クロスボウは、狙った動物になかなか当たらなかった。
それに狩りをするには、弓や刃物で充分だった。
そのうち、クロスボウは忘れ去られた。
が。
ここに来て再び、注目されるようになった。
射出精度と威力に優れたクロスボウが、生産できるようになったからだ。
この新型のクロスボウは早速、村に広まった。
新型クロスボウは威力があるうえに、操作に熟練を必要としなかった。
またたく間に、カタナを駆逐した。
村はクロスボウ一色になった。
「やってらンねえ」
そのことに、刀工であるキヨマロが腐らないわけがない。
ただ、キヨマロが、やってられないと思うのは、それだけが理由ではなかった。
新型クロスボウの生産を可能としたのは、キヨマロの冶金技術だったのだ。
彼の緻密で繊細、そして大胆な冶金技術――それによって生み出された部品が、クロスボウの精密射撃を可能とした。
クロスボウの威力をあげた。
耐久性に優れた弦引き機構を実現した。
クロスボウは、キヨマロの冶金の技巧とその知識によって、実用的な武器に昇華したのである。
「やってらンねえ」
キヨマロが酒に溺れる最大の理由がそこにあった。
もちろん、刀工仲間や炉のオヤジたちは、キヨマロに同情した。
クロスボウよりもカタナを支持した。
しかし。
その当事者であるキヨマロが、
「いや、クロスボウはカタナよりも優れた武器ですよ」
と、認めてしまった。
キヨマロはカタナを愛していたが、熟知しているだけに、クロスボウの有用性が分かってしまった。
それを分かっていて、なおも、カタナが優れていると主張する――キヨマロにはできなかった。
素直にクロスボウの時代が来たことを認めた。
そして、酒に溺れた。
村人はそんな彼の心が痛いほど分かった。
しかし、時代の流れは、どうすることもできなかったのだ……――。
――……と、そういった状況下。
俺は、ぷらりと村に顔を出した。
遭難者をよそおって、それっぽい姿をしていたが、しかし、だらりと日本刀を下げている。不敵な笑みで、
「たのもー」
などと言っている。
俺は、たちまち村人に囲まれた。
彼らはクロスボウをかまえていた。
俺は、そのなかにキヨマロがいることを確認すると、大きく息を吸い、そして言った。
「俺は遭難して、偶然ここに来た。せっかくだから皆殺しにしようと思う」
あまりにも唐突で、あまりにも幼稚な物言いだった。
ただ、幼稚なだけに、村人はいっそう怒った。
「ふざけンじゃねえ!」
威勢のいい若者が、クロスボウを俺にむけた。
だから俺は、
「撃ってみろ」
と言った。
微笑むと、若者は悲鳴を上げて発射した。
俺はその射出されたボルトを、斬った。
「なっ!?」
なにが起こったのか、しばらく分からないようだった。
俺は、やりすぎたか――と、泣き笑いの顔をした。
そんな俺の笑みに、恐ろしさを感じたのだろう。
「しっ、死ねっ!」
若者はもう一度撃った。
しかし、俺はそれを斬り落とした。
「ばっ!?」
若者はもう一度確かめるように撃った。
俺はそれを斬った。
ボルトが射出された瞬間、俺は日本刀を振り上げ、ボルトの軌道に合わせ、そしてまるで外科医のような精密な運動で、それを斬ったのだ。
「ばかなっ!?」
若者は念を押すように撃つ。
俺は斬る。
そして。
「うっ、うわァ――!!!!」
村人たちは恐慌状態となり、いっせいにボルトを射出した。
が。
神である俺に、そのような攻撃など通じるわけがない。
「ふはは、はははははっ、ほわっ、ほわわっ――――!!!!」
俺は日本刀を片手で、まるでヌンチャクのように振りまわし、すべてのボルトを叩き落とした。
今、叩き落としたと表現したのは、さすがにすべてを斬ることができなかったからだ。ものすごい勢いでボルトを叩くことはできたけど、刃をたて、ボルトの芯をとらえて斬るなど、とてもできなかった。
あらゆる方向から放たれた無数のボルトを斬るなど、さすがに神でも無理である。
いや、まあ。すこし練習すればできそうな気もするけれど。……。
しばらくすると、クロスボウの一斉射撃は終わった。
村人たちは、クロスボウをばたりと落とし、その場に座り込んだ。
俺の神技に恐れおののいたのである。
「おい、おまえ」
俺は、みなが腰を抜かすなか、辛うじて立っていたキヨマロを指さした。
そして両足を肩幅に開き、左手の日本刀をだらりと下げ、右手を差しだし、
くいっ、くいっ!
と、手招きをした。
撃ってこい――と、言ったのだ。
するとキヨマロは、
ガンッ!
物言わず撃った。
それを俺は刀を振り上げ、天高く逸らした。
刃を滑ったボルトは、蒼白い炎を噴きあげ晴天に消えた。
キヨマロは呆然と立ちつくし、ぼそりと呟いた。
「化け物か」
俺は苦笑いでこう答えた。
「化け物ではない。血の滲むような努力をしただけだ。……といっても、種明かしをすればそれだけではないんだよ。ふふっ、俺がここまで強いのはな、この剣を信じているからだ。信じているから、俺はここまで強いのだ」
もちろんウソである。
ただ、真実も含まれていた。
その真実を、キヨマロは敏感に感じ取ったのだろう。
真摯な目で俺を視た。
だから、俺は挑発するように言った。
「おまえの剣は、信頼できるのか?」
キヨマロの顔色が、さっと変わった。
背筋が伸び、顔からは酒気が抜けた。
すっと頭を下げて、
「カタナを打ちます」
と、キヨマロは言った。
そう言い残して、彼は仕事場にむかった。
その去り際が、腹がたつほど見事だった。
その背中が、くやしいほど艶っぽくて美しかった。
俺は、男連中がキヨマロを追いかけるのを見届け、村を去った。――
以下、無用のことながら、すこしだけつけ加える。
その後、キヨマロは七本のカタナを打った。
それらはどれも、妖しく美しい光を放ち、そしてよく斬れた。
キヨマロは七本目の短刀に『未完』と刻んだ。
満足のいく作品に未完と名付けるあたりに、彼の意地が見てとれる。
キヨマロはそれを抱き、花を摘みに向かうその路で死んだ。
珍しく降った雪のなか、唐突な脳卒中だった。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と14日目の創作活動■
キヨマロの生涯を見届けた。
……クロスボウは撤廃され、穂村は刀と弓のオリエンタル・ファンタジーな世界感になった。




