13日目。東の村
今朝。
ヨウジョラエルと一緒に、モンスターの配置をしていたときのことだった。
「おにいちゃ~ん、むぎゅうぅ~」
「こっ、こらっ」
「ワイズリエルごっこだよ~」
俺は幼女に抱きつかれソファーから転落した。
その衝撃で、アダマヒア周辺を映すカメラが移動した。
「おにいちゃん、あれなに~?」
「あっ!?」
そして俺たちは山脈の向こう側……東に村を発見した。
「普段、映していないエリアだから気付かなかったけど……」
俺はヨウジョラエルを抱き起こし、しばらく画面を観たままでいた。
すると、そこにワイズリエルがやってきた。
「いかがいたしましたか、ご主人さまッ☆」
「ああ、今、見つけたんだけど……」
事情を説明すると、ワイズリエルは頷いた。
そして言った。
「しばらく調べさせてくださいッ☆ それと、クーラさまを呼んできてはもらえないでしょうかッ☆」
「ああ、好いよ」
「すみませんッ☆」
「そんなっ」
気にしないでよ――と、笑ったんだけど。
「エッチしてくると、ちょうど良い時間かもしれませんッ☆」
と言ってスケベな笑みをしたのには、思わず眉をひそめてしまった。
だから、かるく小突いて、リビングを後にした。
玄関を出て、桜のほうを見る。
するとそこには、クーラがいた。
「こんにちは、カミサマさん」
クーラは剣と盾を下ろして微笑んだ。
「ああ、剣の修行?」
「ええ。あの、もしかして、なにか地上界のことで問題でも?」
「いや、急ぐことじゃないんだけど。というか、今、ワイズリエルが調べてるところだよ。それで、時間をつぶしてから来い――って言われたんだけど」
「でしたら」
クーラは切れ長の美しい瞳を細め、まぶしげに微笑んだ。
で。
剣の修行に付き合わされることになった。
「カミサマさん。先日、ワイズリエルが言っていた剣の達人のことですが」
「ああ、黒田鉄山だっけ? 神速の居合術とかいう」
「ええ。カメラでとらえることの出来ない抜刀術です」
「すごかったねえ」
俺は先日観た動画を思い出し、うっとりした。
いつまでも、うっとりしていると、
「もう、しっかりしてください」
と、クーラにため息をつかれた。
「カミサマさん。先日観た抜刀術は『神速の』と名付けられていますが、しかし、人間の技です。人間でさえ、技を磨けばあのような速度で剣を扱えるのです」
「人間でさえ――って言うけどさあ」
その人間は、才能のかたまりで、しかも長年修行を積んでいる。
誰でも到達できるレベルではないだろう。
「神であるカミサマさんなら、もっと素早く剣を扱えるはずです」
「いやっ」
「もっと精密な動きもできるはずです」
「そんなっ」
「できると思ったものができる。それが神の力だと聞いています」
「弾丸をカタナで斬った動画もありましたよ」
「だからそれはっ」
「頑張ってください」
そう言ってクーラは、やわらかく微笑んだ。
こうなってしまっては、クーラは絶対に意見を曲げない。
俺は泣き笑いの顔をして、彼女と剣の修行をした。
「修行というか……」
小石を斬ったり、ガンマンの早撃ちのように抜刀したりと、曲芸に近いものだった。
「やればできるではないですかっ!」
「はぁ、すんません」
「なにを謝っているのですかっ?」
「はァ」
なんだかんだで、できてしまう自分がにくい。
俺はちょっとだけ好い気分になって、いや、大いに盛り上がって剣を振るった。
そして――。
満足すると、俺たちはリビングに戻ったのである。
「ご主人さまッ☆ ちょうど好いところですッ☆」
「ああ、なんか分かった?」
「はいッ☆」
ワイズリエルは、やわらかな笑みをした。
その表情を見て、俺とクーラは懸念材料があることを知った。
「ご主人さまッ☆ この東の村は『穂村』と言いますッ☆」
「ほむら?」
「稲穂の穂に、村落の村……穂むらですねッ☆」
「なるほど」
「この『穂村』は、アダマヒアの東の山脈……その稜線を東に越えたところ、崖と崖の間に位置しますッ☆」
「村の西側が断崖絶壁。東側が急な崖になっていて、その下に草原が広がっているのか」
「はいッ☆ おそらく住民たちの祖先は、断崖絶壁を滑り落ちてきた者だと思われますッ☆」
「ということは、アダマヒアの民たちか」
言ったあとで気付いたが、アダマヒア以外に人間は存在しない。
もし存在したら大問題である。
「ご安心ください、ご主人さまッ☆ さいわいにも村の歴史が残っておりました。彼らは全員、アダマヒアの民ですッ☆」
「詳しく聞こう」
俺たちは前のめりになった。
するとワイズリエルはメガネを、くいっとあげるマネをした。
そして誘うようにお尻をくねらせ、画面を指して言った。
「『穂村』のルーツは、クーラさまが天上界に来た時点にさかのぼりますッ☆ あのとき、私たちはクーラさまの聖人化を防ぐために『遠くに旅立った』という演出をいたしましたッ☆ それを視て、クーラさまを探し山に入った者がいたのですッ☆」
「そのとき崖から落ちたのか」
「おそらくッ☆ そして奇跡的に助かり、しかし、絶壁を登ることも崖を降りることもかなわず住みついた――それが彼らのルーツ『その1』ですッ☆」
「その1?」
「きゃはッ☆ その2は、私たちにとっては最近の出来事ですッ☆ すなわち、インディアナ・ウーツの『聖魔の鉱石』探索隊ですッ☆」
「まさか彼らも!?」
「はいッ☆ 聖バイン騎士団の『聖魔の鉱石』探索隊が、やはり崖から落ちましたッ☆ しかも、男性の隊が1つ、女性の隊が2つですッ☆」
「なんということだ」
「あれから結構『早送り』をしましたから、100年は経っていますッ☆」
「ということは」
「繁栄していますッ☆」
俺たちは絶句した。
「ここまでは問題ないのです、ご主人さまッ☆ 彼らはアダマヒアの民、アダムの教え……すなわちご主人さまの意思に従順な者たちですッ☆ しかも聖バインの騎士たちが合流することにより、よりいっそう健全に暮らすようになりましたッ☆」
「なるほど」
「しかし、先日の大雨のとき……ご主人さまとクーラさまが新しい川を創ったあのとき、状況が一変しますッ☆」
「ああ、よく視れば村の南に川がある」
「はいッ☆ この川は、氾濫した水が南に漏れてできたものですッ☆」
「あー」
「秘密基地が流れた川ですッ☆」
「あーって、まさか!?」
「はいッ☆ 秘密基地にあったものが流れ着きましたッ☆ といっても、ほとんどが東の草原に流れ落ちたようですがッ☆」
「問題なのは、何と何だ!?」
俺が鋭く聞くと、ワイズリエルが言った。
「製鉄の技術ですッ☆ ご主人さまの日記が紙片となり、その一部が流れ着きましたッ☆」
「それが村人に読まれたのか」
「はいッ☆ そして、そこに書かれたことがヒントとなって、製鉄と鍛冶の技術が向上したのですッ☆」
「そっ、それは具体的には、どう問題なのだ!?」
「おそろしく斬れる刀を生産するようになりましたッ☆ それはこの村独自のデザインセンスと合わさって、まるで日本刀のようなかたちとなっていますッ☆」
「まさかっ」
と言って、俺は言葉を詰まらせた。
画面に映る剣は、日本刀そのものだった。
そしてよく視れば、村は日本の山村そのものだったのだ。
「ご主人さまッ☆ この『穂村』は、その名が示すとおり、稲作農家の集落ですッ☆ しかも、先日流れ着いた唐辛子やコショウなどが発芽し、栽培され、ますます東洋のような雰囲気となっていますッ☆」
「……ああ」
「そのことに問題はありませんッ☆ 問題なのは、その優れた製鉄・鍛冶技術によって、高性能なクロスボウを生産し初めてしまったことッ☆」
「なっ!?」
「そしてッ☆ この村には騎士道のような行動規範がないことですッ☆」
「まさかっ!?」
「はいッ☆ まるでグリーンベレーのようなクロスボウ部隊を編成しはじめていますッ☆」
「グリーンベレー」
「アメリカ陸軍特殊部隊……主に対ゲリラ戦をおこなう部隊のことですねッ☆」
俺たちは言葉を失った。
「ご主人さまッ☆ 今は問題はございませんッ☆ しかし、近い将来アダマヒアと衝突するようなことになれば、一方的な殺戮になる可能性がございますッ☆」
そう言ってワイズリエルはひざまづいた。
深く頭を下げ、俺の指示を待った。
俺は画面を見つめ、しばらく考えてから訊いた。
「この村のキーパーソンは誰だ?」
するとワイズリエルは応えた。
「この男ですッ☆」
着流しの、やさしげな好い男が画面に映った。
「キヨマロ――と、呼ばれていますッ☆」
男は、ふらふらと歩きながらも酒をあおっていた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と13日目の創作活動■
東の村『穂村』を発見した。
……俺の恥ずかしい日記がどの程度読まれたのか、それが気になってしかたがない。




