11日目。武器と防具
俺とクーラは、ため息をついていた。
目の前には、聖バイン騎士団の剣がある。
その剣が相変わらず斬れないことに、いや、バージョンアップする毎にどんどん斬れなくなっていくことに、ため息をついていた。
「あれから製鉄所は砂鉄を使うようになった。農具の質は上がった。それなのに剣は、どんどん斬れなくなっていく」
俺たちは、大きくため息をついた。
と、そこにワイズリエルがやってきた。
「どうしたのですかッ☆」
俺たちは、剣を渡し事情を説明した。
するとワイズリエルは言った。
「この剣は、エストックによく似ていますねッ☆」
「エストック……十四世紀の剣ですか?」
「はいッ☆ エストックは刺突専用の剣、刃のない両手剣ですッ☆ この騎士団の剣は、それを短くして片手でも扱えるようにした――ように見えますッ☆」
「ああ、たしかに」
先端は鋭い。
俺は剣先を指で突きながら、ぼんやり訊ねた。
「じゃあ、十四世紀の剣に似ているってことは、進化の方向性としては間違ってないんだな?」
「間違っているかどうかは、なにを攻撃するかによりますッ☆」
そう言ってワイズリエルは微笑んだ。
するとクーラが言った。
「騎士団の攻撃対象は、モンスターと街の犯罪者たちです」
「なるほどッ☆ ということは、この形状は少し不可解ですねッ☆」
ワイズリエルは首をかしげ、やがて微笑んで言った。
「これから武器と防具の歴史をざっくりとお話しますッ☆ お話しながら、この武器の理由を探っていきましょうッ☆」
俺たちは頷いた。
「さてッ☆ 剣の歴史が素材変遷の歴史だということはすでに述べましたッ☆」
「ええっと、石・骨 → 銅 → 青銅 → 鉄 → 鋼 だっけ?」
「はいッ☆ 中世ヨーロッパは『鉄の剣』と『鋼の剣』の時代ですッ☆」
「で、現在のアダマヒアは『鉄の剣』から『鋼の剣』に移ったところだ」
ワイズリエルは頷いた。
「ではッ☆ 防具はというと――。これは厚手の服からスタートします。いわゆるクロース・アーマーですッ☆」
「なるほど」
「その後、レザー・アーマー……革の鎧が主流となり、王族や騎士など裕福な層はチェイン・メイルを身にまといますッ☆」
「聖バイン騎士団もチェイン・メイルだな」
「ええ」
「チェイン・メイル……金輪鎧は、鉄の輪を上着のようなかたちに編み込んだ鎧ですッ☆ この鎧はレザーアーマーよりも頑丈で、やがて中世ヨーロッパでは主流となっていきますッ☆」
「ということは、『鉄の剣』か『鋼の剣』で、『チェイン・メイル』を斬っていたのか」
「年代をみると、たしかにその通りなのですがッ☆」
と言って、ワイズリエルはウインクをした。
そして、こう続けた。
「『鉄の剣』や『鋼の剣』では、『チェイン・メイル』は斬れませんので、別の武器を使っていましたッ☆」
俺たちはつばを呑みこんだ。
「剣のような斬る武器が通用するのは、クロース・アーマーやレザー・アーマーですッ☆ それで関節や鎧のつなぎ目の部分を狙っていたのですッ☆ ところが、チェイン・メイルは鉄の輪を編み込んだ鎧ですから、つなぎ目がありませんッ☆」
「それで、別の武器なのか」
「はいッ☆ チェイン・メイル(金輪鎧)は、剣のような斬撃武器には強いのですが、実は、刺突や殴打に弱いのですッ☆」
「刺す武器と、殴る武器」
「殴る武器はハンマーのことですッ☆ そして刺す武器は――エストックや槍もそうですが――この場合は『矢』のことですッ☆ 『矢』は、チェイン・メイルに特に有効なのですッ☆」
「ああ、だから」
「はいッ☆ チェイン・メイルの騎士は、たいてい盾を装備していますッ☆」
それで矢を防ぐわけだ。
「というわけで、中世ヨーロッパでは、チェイン・メイル対策として、次第に鈍器や弓矢が主流になっていくのですッ☆ そして、それに対抗するために生み出されたのが、板金鎧……プレート・メイルですッ☆」
「ああ、あのバケツみたいな」
「金属板で体を包みこむ、あの、ロボットみたいな鎧ですねッ☆」
「あれなら矢にもハンマーにも耐えられそうだな」
「限度はありますがッ☆ ただ、チェイン・メイルよりは断然良かったのですッ☆」
「だったら、それにっ」
いずれ騎士団の装備も変わるのでしょうか――と、クーラが訊いた。
ワイズリエルはやわらかく頷いた。
「プレート・メイル(板金鎧)は確かに防御に優れてはいましたが、重く暑く、長所短所がハッキリとした鎧でしたッ☆ ですから、それを騎士団が採用するかは分かりませんが、史実では、中世の終わりまで現役の鎧でしたよッ☆」
「なら」
「はいッ☆ ただ、このプレート・メイル(板金鎧)にも苦手な武器がありましたッ☆ それが槍や、エストックのような刺突武器ですッ☆」
「突き刺すような武器には弱かったのか」
「槍やエストックは、矢よりも突き刺す力が強いのですね?」
「はいッ☆ エストックは全体重を乗せて突撃する刺突剣……簡易版ランスのような武器ですッ☆ 刃がないので斬れませんが、しかし、その剣先は鋭く、鋼のプレート・メイルですら貫けたのですッ☆」
「強いな」
「エストックは十六世紀までは主流な武器でしたが、しかし、銃の登場によってプレート・メイルが姿を消すと、それとともに戦場から姿を消しますッ☆ すなわち、剣の時代の終焉ですッ☆」
「銃は遠距離からでもプレート・メイルを貫通する。だったら脱いでしまえと」
「その通りですッ☆ 兵たちが鎧を脱ぎ軽装になってしまったのですッ☆ そして、剣には攻撃力が必要なくなってしまったのですッ☆」
「………………」
「つまり、銃が登場するまでは、エストックが最強の剣だったのですか?」
クーラが真剣な表情でひざを詰めた。
ワイズリエルは少し考えて言った。
「そうですね、そうとも言えますッ☆ 特に、この聖バイン騎士団の片手用エストックともいうべき剣は、どんな頑丈な鎧でも貫通できますし、どんな硬いモンスターにもトドメをさすことができますッ☆」
「だったら、それは喜ばしいことですね」
とクーラは言った。
しかし、ワイズリエルは首を振った。
「理論上は、たしかに最強ですッ☆ ただ、犯罪者や今のモンスターを相手にするには、攻撃力がありすぎますッ☆」
「ああ、そうか。鋼のプレート・メイルを着込んでないからな」
「はいッ☆ そういった相手には、オーバー・キル……殺傷力がありすぎるのですッ☆ モンスターや犯罪者には、貫通力を犠牲にしてでも斬れるほうが有用ですッ☆」
俺たちはため息をついた。
聞けば聞くほど、騎士団がこの武器を持つ理由が解らない。
「ご主人さまにクーラさまッ☆ 質問してもよろしいでしょうか?」
「ん?」
「騎士団は、この剣をどのように使っているのですかッ☆」
俺とクーラは顔見合わせた。
そして、騎士団の剣技をワイズリエルに見せた。
するとワイズリエルは大きく頷いた。
そして言った。
「騎士団が斬れない剣を使うのは、おそらく合理的な理由からではありませんッ☆ 騎士道のようなものが生まれつつあるのですッ☆」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と11日目の創作活動■
武器と防具の歴史を学んだ。
1.レザー・アーマーには剣が有効
剣に対策してチェイン・メイルが生まれた
2.チェイン・メイルには弓矢と鈍器が有効
それらに対策してプレート・メイルが生まれた
3.プレート・メイルには槍などの刺突武器が有効
……そして銃の登場が鎧と剣の時代を終わらせた、と。




