表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/128

10日目。新たなる川

 昨日、クーラは、

「騎士団の剣は斬れないのです」

 と言った。

 詳しく聞くと、それは製鉄所から購入するようになってからだという。

 その購入した剣が斬れないのだという。

 俺はしばらく考えたのち、


「騎士団の剣は斬れたほうが()いのか?」

 と訊いた。

 するとクーラは、当たり前です――と即答した。

 だから今日は、製鉄所が『斬れる剣』を生産できるよう、地形をいじることにした。



挿絵(By みてみん)



「じゃあ、さっそく始めよう」

 俺はそう言って、コントローラを手に取った。

 隣にはクーラが座っている。

 今日は、ふたりで地上界を眺めている。


「この前、インディアナ・ウーツを視てたんだけどさ」

「ええ」

「あいつ、川の砂を鉄鉱石に混ぜていたんだよ」

「川の砂を?」


「そう。で、それを視るまで忘れてたんだけどさ。そういえば前に、砂鉄を流したことがあったよなって」

「ああっ」

「あの川って砂鉄が採れるんだよ。で、それをウーツは使ってたわけ」

「だからウーツの刃物は、よく斬れたのですね?」

「そう。もちろん、それだけが理由じゃないけれど」

 理由のひとつではあったのだ。



「というわけで、製鉄所の連中が砂鉄を使うようになれば、多少は切れ味に影響するんじゃないかと、思うんだけど」

「では、どうやって使わせるか――ですね?」

「そう」

 俺とクーラは、大きく頷いた。

 そしてしばらく考えたのち、要点をまとめた。



「まず大前提として、クーラは彼らに自立して欲しいんだよね?」

「もちろんです」


「じゃあ、商人を通じて砂鉄の知識を与えるのは」

「イヤです」

「俺もだ」

「自分たちで気付いて欲しいのです」



「じゃあ、どうすれば()いか? 俺は今のままでは難しいと思う」

「というのは?」


「川の砂には鉄が含まれている。その鉄を使えば斬れる刃物ができる――こうやって言葉にすれば単純だけど、なかなか気付けるものじゃないし、ふと思いついたとしても、まず実行なんかしない。だから、それをやったウーツは天才なんだ」

「なるほどです」



「それで、いろいろ考えたんだけどさ。もう一本、川を創るのが手っ取り早いんじゃないかな」

「えっ?」


「こう、ゆるやかなカーブのある川を創ってね、そこに砂鉄を流すんだ。自然とカーブのところに砂鉄が溜まるようにするんだよ」

「ああっ」


「最初だけ砂金を混ぜても良いかもしれない。キラキラさせて発見させるんだ」

「とても良い考えだと思いますっ」

 クーラは興奮して言った。

 その唐突な声に俺は驚いた。

 するとクーラは頬を赤く染め、恥ずかしそうに視線をそらした。

 ちらりと俺を視て、


「失礼しました」

 と言った。

 クーラは首をかしげて笑った。

 その可憐な笑みに、思わず俺はドキっとしたが、しかし、これからが最悪だった。

 クーラの神経の細やかさに、俺は苦しめられることになったのだ。――





「もう、しっかりしてください!」

 コントローラを握る俺を、クーラが叱責する。

 俺は泣き笑いの顔で、地面を削る。


 アダマヒアの南南東から、森と山脈のあいだを通り、東の水源まで溝を掘っている。それと同時に雨を降らせている。雨が地面を削ったと思わせるためである。

 そうやって俺たちは新たな川を創っている――のだけれども。


「ちゃんとしてください!」

 クーラがうるさくって仕方がない。


「もっと左にカーブです……って違いますっ、もっと右、少し右に行くのですっ」

 などと指示を出す。

 ちなみにクーラのふるんとした乳が、俺の腕を圧迫している。

 すらっとしたスレンダーなクーラの感触は意外にもやわらかくて、しかもその乳――ワイズリエルがバスト72と断定したその乳――には、予想外の存在感があった。



「あの、もっと滑らかになりませんか? もっとこう、自然で美しいカーブになりませんか?」

 と、クーラは言う。

 俺の肩に、ほっぺたを当てて、そっとコントローラに手を添えている。

 ふわっと髪が薫り、しあわせな状態ではあるのだが、しかし、言うことがいちいちキツイ。クーラは繊細な神経で、職人的なこだわりをみせている。

 で。

 しばらく辛抱していたけれど、俺はついにキレた。




「あのっ、こだわるのは分かるけどさあ」

「なんですかっ」

 ものすごく不機嫌なクーラの声。


「結構大変なんだぞ」

「そんなこと分かってます」

「だったら」

「カミサマさんは神でしょう? これくらい、できて当然だと思います」

「いやっ」

 こんなときだけ神扱いとか、ズルイと思います。



「もう、ちゃんとしてください。地上界に暮らす人のために頑張ってください」

「はァ」

「今のすこしの苦労で、みんなが末永く、しあわせになるのですよ?」

 そう言って、クーラは俺の肩を、ちょこんと突いた。

 俺は、このド真ん中なド正論に言葉を詰まらせた。


「あなたは神なのですよ?」

「そっ、それは」

 分かっているけれど。


 数百キロの川を創るときに、ミリ単位の注文をしないで欲しい――とも思うのだ。


 俺は泣き笑いの顔をして、父性に満ちたため息をついた。

 すると、クーラがコントローラに手を添えて、細々と指示を始めた。

 で。

 俺は、やっぱりキレた。

 もう一度念を押すように、俺は再びキレたのだ。



「うるせえよっ」

「なっ!?」

 クーラの驚きを無視して、俺は川を伸ばした。

 どんどん地面を掘り、北へ北へと掘り進み、乱暴に雨を降らせて、山の水源へと進めた。それを視てクーラは悲鳴を上げた。

 俺の描く川は、彼女の感性からはとても考えられないほど、ひどくテキトーで、あまりにもいい加減だった。


「ちょっと、なにやってるんですかっ!?」

「なにって川を」

「やめなさい、やめてください」

「そんなこと言ったって、もう遅いよ」

「やめてっ」

 クーラは鋭く、俺からコントローラを奪った。

 つい、条件反射で取り返すと、



「あっ!?」

「うはっ」

 ぐいいぃって変な具合に、川が曲がった。


「なにやってるんですかっ」

「いやっ」

「最低ですっ! あなたは最低ですっ!!」

 クーラは俺の肩をつかんで、ガンガンゆらした。

 そのことで、川はさらに湾曲し、ついに水源につながった。



「カミサマさんっ!」

「あっ、川が」

「なにを言っているんですか!!」

 クーラが顔を真っ赤にして俺をつかむ。

 水源から注がれる水によって川が氾濫(はんらん)する。


「もう、いい加減にしてください!」

「いやごめん、謝るから。謝るから早く川をなんとかしなきゃ」

「なにを言っているんですかっ」

 クーラが声を荒げた。

 手をあげ、頬を引っぱたこうとした。

 俺は上体をそらし、その手をつかんだ。

 暴れる彼女を抱き寄せた。

 そして、とりあえず川の氾濫を止めようとしたのだけれど、



「最低ですっ!」

 とクーラが跳ねるように叫び、そのことでコントローラーが吹っ飛んだ。

 だから俺は、

 落ち着きなさい――と言って、クーラをきつく抱きしめた。

 その華奢な肩を後ろから抱いた。

 強く抱きしめると折れてしまいそうな、そんなクーラを抱きしめた。


 ――頭に血がのぼったクーラは、こうするほかない。


 よく分からんが、とにかくそう思った。

 そしてクーラは静まった。




「カミサマさん……」

「………………」

「ごめんなさい、私……」

 そう言ってクーラは、体をこちらに向けた。

 その薄く上品なくちびるを、ふるわせた。

 ねだるように顔をあげた。

 整いすぎて冷淡に見えるその顔が、ほんのり桜色に染まった。

 そして。

 数分にも数時間にも感じる時間が過ぎて――。


「あー、ご主人さまにクーラさまッ☆」

 と、ワイズリエルがやってきた。


 俺たちが真っ赤な顔をして飛び退くと、

「いえ、結構ですッ☆ そのまま最後までイッちゃってくださいッ☆」

 と言った。

 スケベな笑みを懸命に抑えながら、ワイズリエルはなにか探していた。



「ごめん、ワイズリエル」

「はァ、なんのことですか?」

「いや、クーラとこんなことになったのは、違うんだ、違うんだよワイズリエル」

 焦る俺を見て、ワイズリエルは首をかしげた。

 そして、イタズラな笑みで言った。


「いえ、それはむしろ喜ばしいことなのですがッ☆」

「が?」

 俺が眉をひそめると、ワイズリエルは画面を指さした。

「水が窪地(くぼち)に流れ込んだようですッ☆」

「ん?」

「秘密基地が流れてしまいましたッ☆」



挿絵(By みてみん)



「あ"ーッ!」

 俺は絶叫し、画面を指さした。

 しばらく、口をぽっかり開けたままでいたが、やがて、


「あ"っ!!」

 と詰まらせ、さらに、

「あ"――――ッ!!!!」

 と繰り返した。

 あごを上げて肩越しに、画面をもう一度見た。

 いわゆるシャフトのポーズで、俺は流れゆく基地の残骸を見たままでいた。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって1ヶ月と10日目の創作活動■


 新たな川を創った。

 秘密基地を失った。



 ……その後、人間は新たな川から砂鉄を発見した。しばらくすると、それを製鉄に使用するようになった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ