10日目。新たなる川
昨日、クーラは、
「騎士団の剣は斬れないのです」
と言った。
詳しく聞くと、それは製鉄所から購入するようになってからだという。
その購入した剣が斬れないのだという。
俺はしばらく考えたのち、
「騎士団の剣は斬れたほうが好いのか?」
と訊いた。
するとクーラは、当たり前です――と即答した。
だから今日は、製鉄所が『斬れる剣』を生産できるよう、地形をいじることにした。
「じゃあ、さっそく始めよう」
俺はそう言って、コントローラを手に取った。
隣にはクーラが座っている。
今日は、ふたりで地上界を眺めている。
「この前、インディアナ・ウーツを視てたんだけどさ」
「ええ」
「あいつ、川の砂を鉄鉱石に混ぜていたんだよ」
「川の砂を?」
「そう。で、それを視るまで忘れてたんだけどさ。そういえば前に、砂鉄を流したことがあったよなって」
「ああっ」
「あの川って砂鉄が採れるんだよ。で、それをウーツは使ってたわけ」
「だからウーツの刃物は、よく斬れたのですね?」
「そう。もちろん、それだけが理由じゃないけれど」
理由のひとつではあったのだ。
「というわけで、製鉄所の連中が砂鉄を使うようになれば、多少は切れ味に影響するんじゃないかと、思うんだけど」
「では、どうやって使わせるか――ですね?」
「そう」
俺とクーラは、大きく頷いた。
そしてしばらく考えたのち、要点をまとめた。
「まず大前提として、クーラは彼らに自立して欲しいんだよね?」
「もちろんです」
「じゃあ、商人を通じて砂鉄の知識を与えるのは」
「イヤです」
「俺もだ」
「自分たちで気付いて欲しいのです」
「じゃあ、どうすれば好いか? 俺は今のままでは難しいと思う」
「というのは?」
「川の砂には鉄が含まれている。その鉄を使えば斬れる刃物ができる――こうやって言葉にすれば単純だけど、なかなか気付けるものじゃないし、ふと思いついたとしても、まず実行なんかしない。だから、それをやったウーツは天才なんだ」
「なるほどです」
「それで、いろいろ考えたんだけどさ。もう一本、川を創るのが手っ取り早いんじゃないかな」
「えっ?」
「こう、ゆるやかなカーブのある川を創ってね、そこに砂鉄を流すんだ。自然とカーブのところに砂鉄が溜まるようにするんだよ」
「ああっ」
「最初だけ砂金を混ぜても良いかもしれない。キラキラさせて発見させるんだ」
「とても良い考えだと思いますっ」
クーラは興奮して言った。
その唐突な声に俺は驚いた。
するとクーラは頬を赤く染め、恥ずかしそうに視線をそらした。
ちらりと俺を視て、
「失礼しました」
と言った。
クーラは首をかしげて笑った。
その可憐な笑みに、思わず俺はドキっとしたが、しかし、これからが最悪だった。
クーラの神経の細やかさに、俺は苦しめられることになったのだ。――
「もう、しっかりしてください!」
コントローラを握る俺を、クーラが叱責する。
俺は泣き笑いの顔で、地面を削る。
アダマヒアの南南東から、森と山脈のあいだを通り、東の水源まで溝を掘っている。それと同時に雨を降らせている。雨が地面を削ったと思わせるためである。
そうやって俺たちは新たな川を創っている――のだけれども。
「ちゃんとしてください!」
クーラがうるさくって仕方がない。
「もっと左にカーブです……って違いますっ、もっと右、少し右に行くのですっ」
などと指示を出す。
ちなみにクーラのふるんとした乳が、俺の腕を圧迫している。
すらっとしたスレンダーなクーラの感触は意外にもやわらかくて、しかもその乳――ワイズリエルがバスト72と断定したその乳――には、予想外の存在感があった。
「あの、もっと滑らかになりませんか? もっとこう、自然で美しいカーブになりませんか?」
と、クーラは言う。
俺の肩に、ほっぺたを当てて、そっとコントローラに手を添えている。
ふわっと髪が薫り、しあわせな状態ではあるのだが、しかし、言うことがいちいちキツイ。クーラは繊細な神経で、職人的なこだわりをみせている。
で。
しばらく辛抱していたけれど、俺はついにキレた。
「あのっ、こだわるのは分かるけどさあ」
「なんですかっ」
ものすごく不機嫌なクーラの声。
「結構大変なんだぞ」
「そんなこと分かってます」
「だったら」
「カミサマさんは神でしょう? これくらい、できて当然だと思います」
「いやっ」
こんなときだけ神扱いとか、ズルイと思います。
「もう、ちゃんとしてください。地上界に暮らす人のために頑張ってください」
「はァ」
「今のすこしの苦労で、みんなが末永く、しあわせになるのですよ?」
そう言って、クーラは俺の肩を、ちょこんと突いた。
俺は、このド真ん中なド正論に言葉を詰まらせた。
「あなたは神なのですよ?」
「そっ、それは」
分かっているけれど。
数百キロの川を創るときに、ミリ単位の注文をしないで欲しい――とも思うのだ。
俺は泣き笑いの顔をして、父性に満ちたため息をついた。
すると、クーラがコントローラに手を添えて、細々と指示を始めた。
で。
俺は、やっぱりキレた。
もう一度念を押すように、俺は再びキレたのだ。
「うるせえよっ」
「なっ!?」
クーラの驚きを無視して、俺は川を伸ばした。
どんどん地面を掘り、北へ北へと掘り進み、乱暴に雨を降らせて、山の水源へと進めた。それを視てクーラは悲鳴を上げた。
俺の描く川は、彼女の感性からはとても考えられないほど、ひどくテキトーで、あまりにもいい加減だった。
「ちょっと、なにやってるんですかっ!?」
「なにって川を」
「やめなさい、やめてください」
「そんなこと言ったって、もう遅いよ」
「やめてっ」
クーラは鋭く、俺からコントローラを奪った。
つい、条件反射で取り返すと、
「あっ!?」
「うはっ」
ぐいいぃって変な具合に、川が曲がった。
「なにやってるんですかっ」
「いやっ」
「最低ですっ! あなたは最低ですっ!!」
クーラは俺の肩をつかんで、ガンガンゆらした。
そのことで、川はさらに湾曲し、ついに水源につながった。
「カミサマさんっ!」
「あっ、川が」
「なにを言っているんですか!!」
クーラが顔を真っ赤にして俺をつかむ。
水源から注がれる水によって川が氾濫する。
「もう、いい加減にしてください!」
「いやごめん、謝るから。謝るから早く川をなんとかしなきゃ」
「なにを言っているんですかっ」
クーラが声を荒げた。
手をあげ、頬を引っぱたこうとした。
俺は上体をそらし、その手をつかんだ。
暴れる彼女を抱き寄せた。
そして、とりあえず川の氾濫を止めようとしたのだけれど、
「最低ですっ!」
とクーラが跳ねるように叫び、そのことでコントローラーが吹っ飛んだ。
だから俺は、
落ち着きなさい――と言って、クーラをきつく抱きしめた。
その華奢な肩を後ろから抱いた。
強く抱きしめると折れてしまいそうな、そんなクーラを抱きしめた。
――頭に血がのぼったクーラは、こうするほかない。
よく分からんが、とにかくそう思った。
そしてクーラは静まった。
「カミサマさん……」
「………………」
「ごめんなさい、私……」
そう言ってクーラは、体をこちらに向けた。
その薄く上品なくちびるを、ふるわせた。
ねだるように顔をあげた。
整いすぎて冷淡に見えるその顔が、ほんのり桜色に染まった。
そして。
数分にも数時間にも感じる時間が過ぎて――。
「あー、ご主人さまにクーラさまッ☆」
と、ワイズリエルがやってきた。
俺たちが真っ赤な顔をして飛び退くと、
「いえ、結構ですッ☆ そのまま最後までイッちゃってくださいッ☆」
と言った。
スケベな笑みを懸命に抑えながら、ワイズリエルはなにか探していた。
「ごめん、ワイズリエル」
「はァ、なんのことですか?」
「いや、クーラとこんなことになったのは、違うんだ、違うんだよワイズリエル」
焦る俺を見て、ワイズリエルは首をかしげた。
そして、イタズラな笑みで言った。
「いえ、それはむしろ喜ばしいことなのですがッ☆」
「が?」
俺が眉をひそめると、ワイズリエルは画面を指さした。
「水が窪地に流れ込んだようですッ☆」
「ん?」
「秘密基地が流れてしまいましたッ☆」
「あ"ーッ!」
俺は絶叫し、画面を指さした。
しばらく、口をぽっかり開けたままでいたが、やがて、
「あ"っ!!」
と詰まらせ、さらに、
「あ"――――ッ!!!!」
と繰り返した。
あごを上げて肩越しに、画面をもう一度見た。
いわゆるシャフトのポーズで、俺は流れゆく基地の残骸を見たままでいた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と10日目の創作活動■
新たな川を創った。
秘密基地を失った。
……その後、人間は新たな川から砂鉄を発見した。しばらくすると、それを製鉄に使用するようになった。




