9日目。剣技
桜を見ながら散歩をしていると、クーラに声をかけられた。
「あの、付き合って欲しいのですが……」
そう言って、クーラは剣と盾を鳴らした。
俺が眉を上げると、彼女は開けた場所を指さした。
そこで剣の相手をしろと言う。
「俺、まったく経験ないよ?」
と言ったら、クーラは微笑んだ。
そして言った。
「大丈夫です。そこに立って技を受けていただくだけでかまいません」
「はァ」
「カミサマさんは『神の力』を持っています。だから余程のことがないかぎり死なないと、ワイズリエルが言っていました」
「いやっ」
でも、たぶん、きっと――痛いと思うのだけれども。
しかしそんな俺の不安をまったく無視して、クーラは準備を始めた。
俺は泣き笑いの顔で、虚空から剣を取り出した。
クーラの持つ片手剣――野球のバットくらいの長さの剣――と同じ物を創った。
右手に持ち、構えてみたのだが、しかし、どうにもしっくりこなかった。
だから俺は、剣道の竹刀のようなものに創りかえた。
剣道なら中学の選択科目でやったことがある。
どんな構えかくらいは分かるのだ。……。
「まあ、立ってればいいんだろ?」
俺は竹刀っぽい棒を、びゅっと振り降ろす。
正面に構え、そして視る。
すると。
クーラは柔軟体操を念入りにおこなっていた。
真面目だなあ――と、思わずにやけてしまった。
「お待たせしましたっ」
クーラは左手の盾を前に出した。
半身になって、右手の剣先を天に向けた。
クーラは美しい眉をキリっと絞る。
青い髪を今日はポニーテールに縛ってる。
その服装は、海軍の将校、あるいは歌劇団の男装のような純白。
それにチェイン・メイルを重ね、さらに十字架の紋様が入った修道服……エプロンをバサリと被ってる。
いわゆる聖バイン騎士団の装束である。
「行きますっ!」
そう言ってクーラは、すっと腰を落とした。
俺は慌てて身構えた。
なにがどう『行きます』なのか、まったく説明がない。
そこにクーラが突進してきた。
ずだんっ!
クーラは盾を構えたまま低く鋭く飛んできた。
全体重を盾にのせ、俺を吹き飛ばした。
そして、よろめく俺に、
「やあっ!」
剣を振りおろした。
「って、死ぬッ!!」
少なくともすげえ痛い。
俺は慌てて竹刀っぽい棒を振りあげた。
それでクーラの剣をはじいたのだ。
「危ないじゃないかッ!」
「やりますねっ」
「いやっ」
やりますね――じゃあないでしょう。
俺が口を尖らせると、クーラはやわらかく微笑んだ。
そして言った。
「今のは、聖バイン騎士団・伝統の剣技『チャージング』です」
「剣技というか、アメフトのタックルみたいだったぞ」
「ふふっ。聖バインは体格が好かったですからね。騎士団には、彼を慕って、自然と似たような体格の者が集まり、自然とこのような技が編み出されたのでしょう」
「まあ」
言われてみれば、騎士団はマッチョでホモっぽい連中ばかりだ。
さすがに女性はそれほどではなかったけれど、そのなかでも、このクーラは飛び抜けて華奢だったのだ。
「ほかにも、盾で横から殴る『バッシュ』、盾で頭部を強打する『スマイト』もあります」
「はァ。剣技なのに、盾」
「ええっ」
クーラは頷き、ドヤ! っとした笑みをした。
ダメだこの娘。
剣を使わないことに、まったく疑問を持ってない。
「その、聖バイン騎士団の技ってさ、いわゆる中世ヨーロッパの騎士たちの技に似ているの?」
なにげなく聞いたら、クーラは嬉しそうに答えた。
「まず、その質問にお答えする前に、お話したいことがあるのですが――。いわゆる中世ヨーロッパの剣技には、充分な資料が残ってません。ですが、古代ローマ帝国には剣技がありましたから、中世にも、剣技そのものはあったと推測されます」
「じゃあ、ローマ帝国の剣技がルーツなの?」
「そうとも言えません。なぜなら、北方からの民族……ヴァイキングやゲルマンにも剣技があったからです」
「ああ、それが混ざっちゃってる可能性があるのか」
「ええ」
「って、詳しいじゃん」
「ふふっ」
すでに、ワイズリエルに聞いていたらしい。
クーラは、その知識を俺に教えることができて、嬉しいようだった。
「それで、先ほどの質問の答えなのですが――。聖バイン騎士団の技は、中世ヨーロッパの騎士のそれとは、まったく別のものだと思われます。ただ、盾を前にした半身の構えは、中世後期のスタイルによく似ているそうですよ」
「なるほど。じゃあ、盾ばっかり使うのは、聖バインの特徴なんだ?」
つい、声に笑いが混じってしまった。
するとクーラは氷のように微笑んで、
「剣を使った技もありますよ」
と言った。
それと同時に剣を振りかぶり、
ぶんっ!
と勢いよく、まるでゴルフのスイングのように、俺のふくらはぎを目がけ、クーラは剣を打ち下ろした。
「痛っ!」
俺がひざまずくと、
「やあっ!」
クーラは剣を振り降ろした。
そして、俺の額ぎりぎりのところで、ぴたりと止めた。
「これは『セインツ&シナーズ』という技です。初撃でひざまずかせ、二撃目で首を垂れさせ、悔い改めさせる――聖バイン騎士団・伝統の剣技です」
「あっ、あの」
「『セインツ&シナーズ』……すなわち聖人と罪人。もっとも、神の教えでは、すべての人間は生まれたときから罪人である――とのことですが」
そう言ってクーラは、胸もとで十字を切った。
俺は激痛に堪えながら、それを見上げた。
クーラは慈悲深い笑みで、俺を見下ろした。
……。
俺は神なのに。
俺が、その神だというのに。まったく、もう。
「カミサマさん。アダマヒアは繁栄し王国を名乗るまでになりました。そのことはとても喜ばしいことですが、しかし、大きくなることによって、良からぬ行いをする者たちがあらわれたのです」
「はァ」
「騎士団は、その者らを捕らえる仕事も行っています」
「ああ、だから」
「ええ。『セインツ&シナーズ』は、対人用の剣技です。もともと騎士団は、モンスターから集落を守るために組織されたのですが、今では国の治安維持にも貢献しているのです」
クーラはそう言って、母性に満ちたため息をついた。
「しかし、今みたいに足を斬りつけてしまっては」
俺はガチのチート能力を持っているから平気だけれど。
人間の場合は、片足を失うことになる。
たとえ悔いたとしても、社会復帰は難しいだろう。
そう思って口を尖らせていたら、クーラは、
「心配いりませんっ」
と言った。
それと同時に、自分の足に剣を振りおろした。
くるりと剣を返し、今度は左の袖を刃でなでた。
そして言った。
「斬れません。騎士団の剣は斬れないのです」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と9日目の創作活動■
聖バイン騎士団の剣技を知った。
……結構、痛かったのである。あとでワイズリエルに愚痴をこぼしたら、「抱いてあげないからですよ」と、笑われた。




