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7日目。【創世録】インディアナ・ウーツ

 俺はソファーに深く腰掛け、アダマヒアを観た。

 川の北側にある工房、そこに住むウーツを観察したのである……――。



挿絵(By みてみん)



 インディアナ・ウーツは、本当に風変わりな老人だった。

 へんぴなところに、ぽつんと工房を建てたこともそうだが、なにからなにまで自分でやらないと気が済まないというのも変だった。


 彼は製鉄から鍛造(たんぞう)までの一切を、全部ひとりでやった。

 家事や生活のことも全部ひとりでやった。

 さすがに木炭は購入したが、伐採(ばっさい)権と技術があれば自分でやったに違いない。

 インディアナ・ウーツは、本当に風変わりで偏屈(へんくつ)な職人だった。



 この時代。人は寄り添わないと生きていけなかった。

 朝起きて、みなで食事し、みなで農作業をし、みなで集落を守り、夜の闇におびえ、みな集まって寝た。

 文明の未熟さと生産性の低さによって、みな寄り添うほかなかったのである。


 そんななか、ウーツが孤独に暮らしていけたのは、アダマヒアが裕福な国だったということと、それに彼の鍛冶(かじ)技術が突出していたことによる。

 彼の技術を愛する者たちが、彼の生活を支えていた。

 そのことにウーツは感謝をしていたが、しかし、どれだけ恩のある人からの願いでも、剣を作ることだけは一切しなかった。武器など作りたくなかったのである。



 さて。

 そんなウーツのところに、おかしな男が来た。

 聖バイン騎士団の総長だった。





 男は簡潔にあいさつをすませると、用件を述べた。


 ――騎士団のために剣を作って欲しい。

 ――国王からプレッシャーをかけられている。


 ウーツはそれを黙って聞いていたが、男の話が終わるとすぐに断った。

 そのすばやい返事に男は言葉を失った。

 しかし、一拍おいて。

 分かりました――と、男は穏やかに微笑み、あっさり帰った。

 断ったウーツがしばし呆然としたほど、見事な引き際だった。



 そして翌日。

 男はまた来た。

 昨日と同じように剣の製造を依頼し、やはり同様に断られた。

 そして一切文句を言わず、不快感を見せることなく帰った。

 男は立派な騎士というより、敬虔けいけんな修道士というよりも、優秀な営業マンだった。


 ウーツは、口をぽかんとあけたままであった。

 しかし(あき)れるのはこれからだった。

 男が、毎日来るようになったのである。



 剣を作ってはいただけないでしょうか――と微笑む男を見て、ウーツは、

 この男は狂っているのではないか? ――と思った。

 痴呆症ちほうしょうではないか? ――とも思った。

 断った仕返しに、おかしな男を送りつけられた――とまで思った。

 そう思って邪険にあつかった。

 それでも男は微笑むだけだった。

 これにはウーツも、うなった。


 変わり者、世捨て人と呼ばれるウーツでも、騎士団のことはさすがに知っている。

 彼らが国中から尊敬を集めていることを、ウーツは知っている。

 男は、その騎士だという。

 しかも総長だという。


 ちなみに。

 聖バイン教会、そして騎士団は完全な実力主義である。

 そこで総長を務めているということは、人望あつく、しかも剣技にすぐれているはずである。

 そういった目で見れば、なるほどこの男は、頼りがいがありそうだし、物腰はやわらかだけど、どことなく油断ないようにも思える。

 ウーツは、あらためて男をマジマジと視た。

 しかし、男はただ微笑むだけだった。


 何日か経つと、男は催促さいそくすらしなくなった。

 ただ、工房に来ては帰るだけ。

 男は通うだけになったのだ。――




 男は工房に来ると、かるく会釈をして隅のほうに腰掛けた。

 慣れたもので、常にウーツの邪魔にならないところに居たし、実際、ウーツは作業に没頭すると男の存在を忘れるほどであった。


 男はただ穏やかにウーツの仕事を見守った。

 ウーツが視線を気にすると、聖書を読んだ。

 ちょっとした掃除をするようになり、やがて家事までするようになった。

 それを(わずら)わしく思わないレベルで止めているのは、さすが総長だ――と、ウーツはよく分からない尊敬のしかたをした。

 実際。

 男は、この工房に完全に馴染(なじ)んでいた。



 さすがのウーツも、これには参ってしまった。

 しかし、だからといって剣を作るほど、ウーツは素直ではない。

 人間が気むずかしくできている。

 それに鍛冶かじの腕と、今までこうやって生きてきたのだという自信がこびり付いている。しかも男の微笑みが、ここにきてようやく不気味に思えてきた。

 作ってやるもんか――という気分になっていた。

 男を怒らせてみたい――というイタズラ心もあった。

 だからウーツは、男を追い出すべく知恵を(しぼ)ったのである。





「ワシは、鍛冶打ちを極めたと思っておるが――」

 と、ウーツは()を見ながら言った。

 男はその背中を見ながら聞いた。


「ワシは鍛冶打ちを極め、どんなものでも打てるという自負がある。しかし、そんなワシでも最高のものが作れずにいる。なぜか? それは最高の鉄鉱石を得られずにいるからだ」

 ウーツは()を見ながら言う。


「鍛冶をやる者なら、誰もが欲する最高の鉄鉱石。それは聖者のような厳しさで、悪魔のような妖しさを放つ」

「……」


「聖魔の鉱石――と、呼ばれておる」

「……」


「ワシは、隕石がそれなんじゃないかと、(にら)んでおる」

 ウーツは()を見たままでウソを重ね、そして終えた。

 偏屈ではあるが根が善人なので、男の顔を見ることができなかった。

 そこらへんウーツにも、かわいげがある。


「総長さんや」

 と、ウーツは念を押すように言った。

 男は、分かりました――と言って帰った。

 教会に戻り、騎士団に隕石の採取と、『聖魔の鉱石』の探索を命じたのである。




 騎士団への指示が一段落すると、男は再び工房に通うようになった。

 今まで通り、ウーツの邪魔にならないよう、ただ座っていた。

 今までと違うことは、たまに男のもとに騎士が来ることだ。

 騎士が来ると、男はそっと外に出た。

 隕石の採取か、あるいは『聖魔の鉱石』探索の指示をしているようだった。

 それが終わると騎士は帰り、男はまたウーツの仕事を見守った。


 ウーツは、己の作戦が完全に失敗したことを知った。

 自嘲気味に笑い、(あきら)め、しかし男に正直に話すこともなく、剣を作るわけでもなく、ただ作業に没頭した。

 そうしているうちに、デタラメを言ったことなど忘れてしまった。

 あまりにも(ひど)い仕打ちだったが、責任の一端は男にもあった。

 男はウーツに対して、催促も、探索の報告も一切しなかった。


 たまに。

 これはどうですか――と、鉄鉱石を手渡すだけだったのである。



 そしてその後もずっと、男は工房にいた。

 いつからか家事をすべてまかされ、ウーツとともに鍛冶仕事をするようにもなった。ウーツは男の出自を忘れ、弟子のように可愛がっていた。……。





 そうやって何年も過ぎて。

 男の髪に白いものが目立つようになった頃。

 ウーツは、突然、血を吐いた。


 ウーツは血に染まった己の手を見て、死をさとった。

 穏やかな目を男にむけた。

 そして言った。


「どうやらワシは死ぬようだ。ただ心残りは、最高の作品を打てなかったことだ」

 男がやさしく頷くと、ウーツは言った。


「聖魔の鉱石さえあれば――と、以前言ったことがある。あれはウソだ。そんな都合のい物など、どこにもないのだ」

「……」


「このようなことを、死を目前にして、今さら思い出すのもひどい話だが」

 許しておくれ――と、ウーツは言った。

 すると男は言った。

「分かっていましたよ」

 衝撃のため、しばし声もないウーツを笑顔で見て、男は続けた。



「あなたは、『聖魔の鉱石』などというものに、まったく頼っていなかった。様々な石や川の砂を混ぜ、燃やしかたを工夫し、自らの手で最高の作品を生み出そうとしていた。だから私はそれを見守っていたし、ひたむきなあなたの姿に心を打たれてもいたのです」



 そう言って男は微笑んだ。

 ウーツの口から名状しがたい叫びがもれた。

 床に頭をこすりつけ、今までの一切を()びた。

 男は微笑み、それを許し、打ちませんかと誘った。

 死ぬ前に一緒に作品を作ろう――と、ウーツを誘ったのである。


 ウーツは激しく頷いたが、しかし、剣だけは打ちたくなかった。

 そのことをウーツが申し訳なさそうに告げると、


「当たり前です」

 と、男は言った。

 ふたりで農具を作った。

 打ち終えると、ウーツは満ち足りた笑みで息を引き取った。



 男は工房をたたむと、農具を持ち帰った。

 王に献上けんじょうし、突き返されると、騎士団を辞した。

 男は農具を抱いて、野にくだった。

 それで痩せた土地を耕すことで、余生を過ごしたのである――……。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって1ヶ月と7日目の創作活動■


 インディアナ・ウーツの生涯を見届けた。



 ……製鉄所は、ウーツの死後まもなく武器の製造を開始した。ウーツが最期に打った農具は、何年経っても決して()びることがなかったという。




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