6日目。世襲君主制
今日は創世の進捗状況を確認することにした。
というのも、ワイズリエルとクーラが、うっとりとした目で俺を見るからだ。
美少女から好意的な目で見られるのは嬉しいけれど、しかし、それにまつわる諸々が不愉快で、そして不気味だった。
だから俺は、彼女たちが語るところの前世から目を背け、創世に集中したのである。――
「さて。まずはアダマヒアの現状を知りたいんだけど」
「はいッ☆ アダマヒアの集落ですが、ついに『王国』となりましたッ☆」
「王国?」
「王を立て、『アダマヒア王国』を自称するようになったのですッ☆」
「……よく分からんが、それは好ましいことなのか?」
「教会を完全に支配下においた――という意味では好ましいですッ☆ ちなみに、王位をアイスの家系が代々受け継いでいく『世襲君主制』となっていますッ☆」
「アイスとセーラの子孫が王族となったのか」
「バインは生涯独身でしたから、順当な着地点かと思われますッ☆」
「ああ」
「アダマヒアの王政ですが、今のところ問題ないと思いますッ☆ もし不穏な空気があれば、すぐに報告しますッ☆」
そう言って、ワイズリエルはバチッとウインクをキメた。
「それじゃ、次に鉄の生産についてなんだけど」
「それでしたら、私から」
そう言って、クーラが髪を耳にかけた。
切れ長の美しい目を伏せて、澄んだ声で言った。
「アダマヒアの製鉄所は、順調に鉄を生産しています。森林資源も当面、枯渇しそうにありません」
「問題ないんだな?」
「ええ。しかも、製鉄所の生産する鉄は『強靱鋼』になりました」
「ダマスカス鋼などのいわゆる伝説クラスを除いては、最高級の鋼ですッ☆」
ワイズリエルが補足した。
「素晴らしい」
俺は思わず感嘆の声をあげた。
するとクーラは、微かにドヤッ! とした笑みをした。
「じゃあ、商人のリストから武器を無くしても大丈夫かな?」
と、俺が言うと、
「あの、それが」
と、クーラが慌ててさえぎった。
「ん? なにか問題でも?」
「それが、その……」
「ご主人さまッ☆ 武器をリストから外すのは、しばらくお待ちくださいッ☆」
「ん?」
「アダマヒアは現在、武器の生産をしていないのですッ☆」
「えっ?」
「職人たちが萎えてしまい、武器を作らなくなったのですッ☆」
「……原因は分かるのか?」
「はいッ☆」
そう言って、ワイズリエルは画面を指さした。
「この、川の北側にある工房が原因ですッ☆ ここで作られる刃物の切れ味がすさまじく、製鉄所の職人たちが萎縮してしまいました。刀剣を作らなくなってしまったのですッ☆」
「はァ」
「工房の主は、インディアナ・ウーツと呼ばれる老人ですッ☆」
画面に映った男は、赤茶けて、見るからに面倒くさそうなジジイだった。
「このジジイが凄腕の職人なのか」
「はいッ☆ しかも相当の変わり者らしいですよッ☆」
「まあ、それは工房を建てた場所からも分かるよ」
それにあの、くしゃっとした顔からも。
「インディアナ・ウーツの『インディアナ』とは、どこか異国から来たような――という意味だそうですッ☆ もちろん、この地上界にインドは存在しませんし、あのウーツもアダマヒア出身ですッ☆ ですが、インドのような異国の存在は知られていますッ☆」
「俺が中世ヨーロッパの一般常識と価値観を与えたからな」
「はいッ☆ ですから、あの老人はインディアナ・ウーツと呼ばれているのですッ☆ 外国から伝わった辛子のことを『唐』辛子――と、名付けたのと同じような感覚ですねッ☆」
「まあ、たしかに異相……外人のような顔ではあるな」
「ただ、あの老人をインディアナと呼ぶ理由は、それだけではありませんッ☆」
そう言ってワイズリエルは、すうっと目を細めた。
俺たちは大きくつばを呑みこんだ。
「彼は凄腕の職人ではあるのですが、武器をまったく作らないのですッ☆」
「あー、だから変わり者」
「はいッ☆」
「なるほどね」
しかし、そういうコダワリは職人にありがちだ。
「でも、だったらなんで製鉄所の職人が萎えたんだ?」
「はいッ☆ ウーツは主に農具を作ってますッ☆ それらを教会に納めることによって、彼はほそぼそと暮らしていたのですッ☆ ところが収穫用のカマを納めたことから、彼を取り巻く環境が一変しますッ☆」
「よく切れたのか」
「騎士のチェイン・メイルが斬れたそうですッ☆」
「まさかっ」
クーラが驚きの声をあげた。
あげたあとで慌てて口をふさいだ。
「おそらく彼の刃物は、日本刀の切れ味を越えていますッ☆ それは修練のたまもの、彼の刀工技術によるものですが、しかしウーツは、その技術を刀剣造りに一切使おうとしないのですッ☆」
「でもっ」
「ええ。騎士団は、彼の刀剣を熱望しましたッ☆ 話はそれだけでは終わらず、王の耳にも届きました。アダマヒアの王は、彼に刀剣造りを命じましたッ☆」
「ふふっ。その様子じゃ断ったんだろ?」
「はいッ☆」
「しかし、それじゃあ王も治まらない」
「騎士団の総長に、彼を説得するよう命じたみたいですッ☆」
「で、そのウワサが広まった。だから製鉄所の職人たちが萎えたわけか」
「はいッ☆」
「あはは」
まったく困ったジジイである。
「ご主人さまッ☆ いかがいたしますかッ☆」
「うーん」
俺は、あいまいな笑みをしてソファーに沈み込んだ。
天井を見ながら、ぼんやり考えた。
武器を造らないウーツ。
威厳を示したい王。
誇り高き製鉄所の職人たち。
そして、王とウーツの板挟みになっている騎士団の総長。
アダマヒアが武器を生産しないのは困りものだが、しかし、彼らの気持ちもよく分かる。ぶっちゃけ、誰か折れてくれねえかな――とも思うのだけれども。
「まあ、いいや。しばらく様子を見よう。商人のリストから武器を無くすのはそれからにしようか」
俺は彼らの自助努力に期待した。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と6日目の創作活動■
アダマヒアが世襲君主制の『アダマヒア王国』になった。
……ジジイの動向が少し気になるが、しかし、順調に繁栄しているようでなによりである。




