5日目。風呂
昨日はあれから大変だった。
まず、クーラの涙が止まらなかった。
俺の胸で肩をふるわせ、ずっと泣いていた。
しばらくすると、そこにワイズリエルがやってきた。
すると今度は、ふたりして泣きはじめた。
よく分からんが、まるで感動の再会を果たしたような、久しぶりに田舎に帰って幼馴染みに偶然出逢ったような――そんな状態になったのだ。
その後、ようやく落ち着いたクーラとワイズリエルは、手をつないでソファーに行った。そこを占拠し、ひたすらおしゃべりをした。
なんとなく邪魔したら悪いような雰囲気だったので、俺とヨウジョラエルは散歩に出かけた。
食事に戻ったとき、ちらっと見たら、ワイズリエルが優越感に満ちた瞳で、ふふんと鼻をこすった。
クーラが母性に満ちたため息をついた。
どうやら俺のことを責めているらしい。
なんで、おまえは思い出さないんだ――と、言ってるように見えた。
そんな彼女たちの笑みに、俺の心は、屈辱よりも心配でいっぱいになった。
やばい。
ふたりとも頭がおかしくなってしまった。
俺はぎこちない笑みを返したが、しかし、どうすることもできず、対処法も思いつかず、結局は見守ることにした。
命に別状はなさそうだけど、ただ、気の毒だった。
彼女たちの可憐な微笑みが、美少女なだけに、余計に痛ましく見えたのだ。
で。
今朝、目が覚めると『全部、俺が悪い』という結論になっていた。
いや。いろいろと反論はあるのだが、とりあえず『悪い』の意味が分からない――そう言ったら笑殺された。
そして、
「ローマ風呂を創ってくれたら許してあげますッ☆」
「それで許します」
ということになった。
この問答無用かつ強引で理不尽な要求に、俺は怒りを覚えたが、しかし、心を静めてローマ風呂を創った。
目まぐるしく計算をした結果、それで決着をつけるが一番マシだと判断したからだ。
実際。
巨大なローマ風呂を目にしたふたりは、俺の過去がどうとかという妄想など一気に吹き飛んだ。
喜びの声を上げ、浴室を隅々まで見てまわったのだ。
俺は安堵のため息をついた。
ヨウジョラエルも、俺のマネをしてため息をついた。
するとワイズリエルが話しかけてきた。
「ご主人さまッ☆ 私がお願いしたのは、古代ローマの公衆浴場だったのですがッ☆」
「えっ? これじゃダメ?」
「ご主人さまの創られたこの浴場は、巨大風呂と、サウナ・冷水・泡の吹き出るお風呂と大変豪華なのですが、これはスパ業界でいうところのローマ・スタイル。古代ローマの公衆浴場ではございませんッ☆」
「はァ」
「古代ローマの公衆浴場とは、いわゆるフィットネス・クラブやスポーツ・クラブによく似た施設ですッ☆ ランニングやレスリングをする施設、高温・微温・冷温浴室、それに図書館や食堂までついた巨大福祉施設だったのですッ☆」
っと、ここまで聞いて、俺はワイズリエルの後頭部を思いっきり引っぱたいた。
まるでコントのような、気持ちの好い音がした。
ワイズリエルは嬉しそうな顔をして、ちょこんと舌を出した。
明らかにツッコミを待っていた――そんな笑みだった。
「あの、カミサマさん……」
今度はクーラがやってきた。
その、そわそわした顔を見て、俺は苦笑いをした。
言われる前に先に言った。
「分かってる。分かってるけど、後でちゃんと創り直すからっ!」
「はあ」
「気持ち悪いんでしょ? この、入口が微妙にズレた感じとか、入口のサイズが統一されてないとか、そもそも、なんで浴室からつながっているんだとか」
「まあ」
「分かってる。お風呂が浴場の中心からズレてるとか、そういうの全部、後で直すから、ほかの部屋もまとめて直すからさっ」
今日はとりあえずこれで勘弁してよ――と、俺は言った。
クーラは、しかたがないですねえ――と、ため息をついた。
くすりと笑って、
「でも、リビングからまる見えなのは早めになんとかしてくださいね」
と言った。
俺は、まるでガムを踏んだような――そんな顔をしてしまった。
そして。
この新しいお風呂を、さっそく楽しむことになった。
俺とワイズリエル、ヨウジョラエル、そしてクーラの四人は巨大風呂に浸かった。
「おにいちゃ~ん」
ヨウジョラエルが素っ裸で抱きついた。
それを見てワイズリエルが、すけべな笑みをした。
クーラがくすりと笑った。
俺は懸命に心を静めた。
美少女たちと混浴しているというだけでも刺激が強すぎるというのに、美幼女に抱きつかれては、もう風呂から立ち上がることのできない状態になってしまう。
ちなみに。
俺は今、ひざ丈のハーフパンツをはいている。
ワイズリエルは、バスローブのような丈の長い肌着を着ている。
さすがにおっぱいは見えないけれど、身体にぴたっと貼り付いて、逆に彼女のエロボディを強調していた。ワイズリエルはそれを分かってあえて着用しているようだった。というか、明らかに俺を挑発していた。
クーラは競泳用っぽい水着のうえに、バスタオルをぐるぐる巻きにしていた。
「ご主人さまッ☆ クーラさまがここまで肌の露出に平気となったのは、前世を思い出したからですッ☆」
「はァ」
「12・13世紀ごろの中世ヨーロッパの道徳観では、『未婚の女性は、自分の裸を見ることすら許されなかった』そうですッ☆ これは厳しい意見ではありますが、しかし教会に属していたクーラさまは、同様の価値観でいらしたのですッ☆」
「ええ」
クーラが髪を耳にかけた。
俺はその清楚な微笑みにドキッとした。
「ちなみにッ☆ 中世ヨーロッパでは、まず騎士が入浴の習慣を身につけましたッ☆ 桶を使った水浴びですが、髪を洗い、マッサージを受けながら、身体中を洗っていたそうですッ☆」
「ほう」
「中世ヨーロッパの絵画……特に騎士道物語をモチーフにした絵画では、よく、男女が一緒にお風呂に入っているシーンが描かれますッ☆ ですが、これは騎士の日常をスケッチしたものではございません。滅多に起こらない……いえ、まず起こらないシチュエーションだったのですッ☆」
「願望を描いたのか?」
「エッチの暗喩ですッ☆」
「えっ?」
「一緒にお風呂に入った → エッチした、ですッ☆」
「あー」
俺は思わず感嘆の声をあげた。
あげた後で、ちょっと気まずさを感じた。
なぜなら俺は今、美少女たちと一緒にお風呂に入っているからだ。
「ちなみにご主人さまッ☆ 私とクーラさまは前世の記憶を取り戻しましたが、しかし、すべてを思い出したわけではございませんッ☆ 今はまだ、パズルのピースがかけた状態ですッ☆」
「うーん」
「中途半端に思い出した状態なので、ちょっと気持ちが悪いのですッ☆」
「はァ」
「早くクーラさまとエッチしろ――と、ワイズリエルは言っていますッ☆」
「………………」
俺は泣き笑いの顔をした。
同意を求めるべくクーラを見たら、彼女は、すうっと身を引いた。
長いまつ毛を伏せ、頬をピンク色に染めて、そして目尻からぞっとするようなオンナの視線を俺に送った。
「ご主人さまッ☆ クーラさまは記憶を取り戻しましたッ☆ その記憶のなかには、ご主人さまとのエッチの思い出もあるのですッ☆」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と5日目の創作活動■
巨大浴場を創った。
……ワイズリエルには困ったものだ。精神科医を創ることを、真剣に検討している。




