4日目。隕石
明け方。
俺は、ひとり目を覚ました。
ヨウジョラエルとワイズリエルは熟睡していた。
クーラは居ない。深夜一時に起きて祈祷をするからだ。
俺は起き上がり、なにか酒でも飲むかと台所にむかった。
そっとリビングのドアを開ける。
ここにもクーラは居なかった。
きっと外で剣の稽古をしているのだろう。
ということは6時を過ぎているのか。
台所に入り、ワインを注ぐ。
時計を確認すると8時半だった。
「いやいや、ちょっと寝過ぎだろう」
俺は泣き笑いの顔でワインを飲む。
深夜の一人酒……のつもりだったのだが、これでは、ただ朝っぱらから飲んでるだけである。
まったく、いいご身分である。
「といっても、神だしなァ」
俺は自嘲気味に笑い、ソファーに腰掛けた。
テレビをつけ、アダマヒアを上空から眺めたのである。
「なかなか順調じゃないか……」
俺は満ち足りたため息をついた。
ワインを飲みながら、さりげなく森林を補充する。
人間に見つからないよう、こっそり成長させるのだ。
「神様稼業もこれでなかなか地味だよな」
ちまちまと画面を指さしては、木を生やす。
初めの頃は結構楽しかったけど、すぐに飽きてしまった。
ソファーに寝転がり、ワインを飲みながら、大ざっぱに植林しはじめたのである。
「まったく。クーラは細かいんだよなあ」
そう言って乱暴に木を伸ばす。
木こりに見られたけど、気にしなかった。
俺は、腰を抜かした木こりたちを見ながら、どんどん木を伸ばした。
大笑いで、彼らを囲むように次々と大樹を生やしたのである。
「たまには、こういうイタズラも好いだろ」
俺は雷を落とす。
といっても、さすがに人の居るところに落としたりはしない。
痩せた土地の端のほうを狙ってる。
なんだかんだで善人なのである。
というか、器が小さいのだと思う。
俺はきっと、道徳や常識の範疇でしか行動できないのだ。
「いや、そんなことはないッ!」
俺は突然、立ち上がった。
偉そうに胸を張り、画面を指さした。
そして、大きく息を吐いて言った。
「俺はなにものにも縛られない!」
そう言って隕石を落とした。
多少、クーラがいないことによる解放感も手伝っている。
「だってさあ……」
クーラは真面目で勤勉で、すこし天然っぽいところはあるけれど、いわゆる清く正しい優等生なのだ。
俺はそんな娘に、ぐうの音も出ないド正論を吐かれてる。
きゅうきゅうに締めつけられている。
だから彼女が居ないとき解放的な気分になることは、ごく自然なことなのだ。
のびのびとしてしまうのである。
ただ。正直に言えば、俺はそんな彼女の厳しさが嫌いではない。
たまにムカっとすることはあるけれど、俺は彼女とのやりとりを結構楽しんでいる。
それにクーラは何を考えているか分かりやすいから、一緒にいて楽なのだ。
「ああ」
っと、ここで俺は理解する。
ワイズリエルが妄言を吐く理由を、俺はようやく理解したのである。
「俺とクーラが妙にリラックスしているのを見て、ワイズリエルは危機感を抱いたんだ。あのような発言で俺たちを牽制しているのだ」
いや。
自分の前世がダッチワイフだ――と言うことや。
クーラの前世が俺の嫁だ――と言うことが牽制になるのかは、大いに疑問である。
クーラがゲームキャラだった――という言に至っては、理解の範疇を超えている。常人にはまったく理解できない言動だし、また、理解しなくても良い類の話である。
まあ、それは分かっているけれど、ただ、ワイズリエルにはワイズリエルなりの算段があって、あのような妄言を吐いているのだと思う。
それに、ここで重要なのはそのロジックではなく、俺とクーラのリラックスした気分と、ワイズリエルの妄言との因果関係なのである。たぶん。
「というか……」
そんな余計な心配をしなくても、俺はワイズリエルを愛しているのになあ。
「まったく……」
俺はもう一発、隕石を落とした。
アダマヒアから離れた森にである。
しかも、先日学んだことを反映して、成分はニッケルと鉄――それにダマスカス鋼に含まれると推測される元素を適当に見繕っている。
これでは破壊活動なのか製鉄の手助けなのか、よく分からない。
まあ。
俺が、どっちつかずで徹しきれない性分なのは、自分でよく知っている。
実際、俺は木々が燃えるさまを見て、すでに申し訳ない気持ちになっている。
しょんぼりして雨を降らし、消火活動をしはじめている。
「ごめんなあ……」
被害者はなかったけれど、ものすごい自己嫌悪に襲われた。
と、そこにクーラがやってきた。
クーラは画面を観て絶句した。
やがて冷然として言った。
「なんですかこれは」
そう言って、変わり果てたアダマヒアの森林を指さしたのである。
「カミサマさん、なんですかこれは」
「……すんません」
「………………」
「すぐ、もとに戻します」
俺は消火に勤しんだ。
森はあっという間に鎮火した。俺の酔いもさめた。
あっけにとられ、ぼんやりとそれを見まもっていたクーラは、さっと顔色を変えた。
俺が立ち上がって謝ろうとすると、ぐいっと前に出た。
クーラは青く美しい髪で、美少年のように整った面立ちで、薄く上品なくちびるをほのかに湿らせていて、そして涼やかな瞳を細め、俺を睨んでいた。
「最低です!」
のどのつまったような声でクーラは叫んだ。
俺の頬を、思いっきり引っぱたき、
「あなたは最低ですッ!」
と、念を押すように叫んだ。
が。
叫んだ後で、クーラは首をかしげた。
俺をしばらく見つめていたが、やがてクーラは確かめるように、もう一度ビンタした。
ビンタしたあとで、
「まさかっ、まさか、カミサマさん?」
と呟いてから、信じられない――といった顔をした。
そして、おそるおそる訊いてきた。
「あの、カミサマさんも思い出しましたか?」
「ん?」
俺が首をかしげると、クーラは胸もとで、ぎゅっと手を握った。
ゆっくりと俺を見た。
その頬が紅潮し、大きく見開いた瞳には緊張が表れていたが、しかし、クーラはひとり頷くと、まっすぐ俺を見つめた。
そして、
「カミサマさん、私は思い出しました」
と言った。
口に手をあて、クーラはその美しい瞳いっぱいに涙を浮かべた。
「思い出しました……」
俺を見つめるクーラは、涙でぐちゃぐちゃだったけど。
息を呑むほど華麗な笑顔だった。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と4日目の創作活動■
隕石を落とした。
……クーラまでおかしなことを言いはじめた。




