3日目。鉄の種類
今日はワイズリエルと二人で秘密基地に来た。
というのもクーラが、
「たまには、ゆっくり仲良くしてきてください」
と氷のような笑みで、俺たちを追い出したからだ。
こういう笑顔をしたときのクーラは、なにを言っても無駄である。
そのことを俺たちは散々経験して知っていたから、素直にしたがった。
ちなみに、クーラの言う『仲良くする』とは、エッチのことである。
ようするに俺たちは、エッチしてこい――と、追い出されたわけだ。
で、はじめのうちは、
「そんなこと言われましてもッ☆」
「はい分かりましたと、ヤれるもんでもないし」
「ムードだって、まるでないですよねッ☆」
と、エッチするつもりは、ちっともなかったのだけれども、結局、クーラに言われた通りのなりゆきになった。……。
すべてが終わり、俺は大の字になって天井を見上げていた。
ワイズリエルは、ちょこんと正座し髪を整えていた。
目が逢うと照れくさそうに笑い、目を逸らした。
そして沈黙に堪えかねたのか、鉄について語りだした。
俺は上体を起こし、熱心に耳を傾けた。
クーラに言われた通りになってしまった気恥ずかしさからの熱心だった。
「ご主人さまッ☆ 昨日お話しした製鉄の続きなのですがッ☆」
「ああ」
「今日は、鉄の種類について話したいと思いますッ☆」
俺が頷くと、ワイズリエルは大きく息を吐いた。
気持ちをリセットしたのだ。
「さてッ☆ 『鉄鉱石』が製鉄所で『鉄のかたまり』になるのは、すでに述べましたッ☆ では、その『鉄のかたまり』にはどのような種類があるのか? それは以下の通りですッ☆」
そう言ってワイズリエルは、まとめたものを差しだした。
■――・――・――・――・――
鉄の種類
■銑鉄:鉄鉱石から(炭素で)酸素を追いだしたもの。硬くもろい
融点:低
炭素の含有率 2%~
■鋼:銑鉄を粘りのある強靱な性質に変えたもの
融点:中(1400℃)
炭素の含有率 0.3%~2%
例:ダマスカス鋼、玉鋼etc.
■軟鉄:粘りがあり、やわらかい。『焼入れ』しても硬化しない
融点:高
炭素の含有率 ~0.3%
■――・――・――・――・――
「鉄鉱石を熱していくと、上から順に変化していきますッ☆ すなわち鉄鉱石が、炉で銑鉄になり、そして鋼になり、軟鉄になるのですッ☆ といっても、鉄鉱石から直接鋼にする『直接製鋼法』のような例外も多々ありますがッ☆」
「鋼の融点1400℃ってすげえな」
「はいッ☆ 鋼にするために高熱が必要だったのですッ☆」
「じゃあ、その鋼ってのが人気なんだ?」
「はいッ☆ 鋼のねばりと強度は大人気ですッ☆」
「へえ。じゃあ、この『焼入れ』っていうのは?」
「高温の鉄を急速に冷やすことを『焼入れ』といいますッ☆ さらにそれを再び熱することを『焼戻し』、このふたつを総称して『熱処理』といいますッ☆ 熱処理をすることによって、硬く粘りのある鉄(鋼)ができますよッ☆」
「うーん」
俺は、じっくりとまとめを見た。
ワイズリエルは、俺の疑問を察して補足してくれた。
「銑鉄は鋳物に使われます。たとえばコインですッ☆」
俺が頷くと、ワイズリエルは続けて言った。
「鋼は剣や農具ッ☆ 軟鉄は鎧……チェイン・メイルなどが主な用途ですねッ☆」
「1400℃以上にしていた理由はこれか」
「はいッ☆ ちなみに、0.25~0.50%の炭素を含有し、熱処理をほどこした鋼を『強靱鋼』といいますッ☆」
「え? 0.25~0.3%の範囲は、鋼じゃなくて軟鉄じゃないのか?」
「複数の資料に当たりましたが、そこら辺、あいまいですッ☆ 言葉の厳密性にこだわりは無いみたいでしたッ☆」
「なるほど」
俺は深く頷いた。
ワイズリエルは俺の頬をさすり、うっとりとした瞳をした。
「じゃあ、まとめるけれど」
「はいッ☆」
「剣や農具などは『鋼』、鎧は『軟鉄』を使用するんだな?」
「はいッ☆ いずれも高熱を必要としますッ☆」
「で、日本刀みたいな高品質の剣を作るには?」
「『鋼』に含まれる不純物――鉄と炭素以外――の成分と割合を変えますッ☆」
「その成分と割合が謎なんだよね?」
「はいッ☆ ダマスカス鋼、玉鋼ともに詳細は不明ですッ☆ ただ、日本刀が高品質なのは、材料よりも加工技術によるところが大きいかと思われますッ☆」
「加工技術か……」
俺が眉をひそめると、ワイズリエルはくすりと笑った。
そして言った。
「興味をお持ちでしたら後日詳しく述べますが――日本刀は『軟鉄』を『鋼』でコーティングした剣ですッ☆ 『軟鉄』と『鋼』を何度も何度も折り返し、鍛えていくのですッ☆」
「あっ、別の機会に聞くよ」
「ですよねえッ☆」
俺とワイズリエルは、くすりと笑った。
そして。
無言の刻をしばらく楽しんだ後――。
「ご主人さまッ☆」
ワイズリエルが、ねちゃっとした目で俺を見た。
それと同時に滑るように絡みつき、後ろから抱きついた。
そして、ぺとっと頬をくっつけ、囁くように言った。
「ご主人さまッ☆ クーラさまのことをなにか思い出しましたか?」
「……ん?」
「クーラさまは世界が滅亡するまでは、ご主人さまの奥さまだったのですッ☆」
「ああ、その話?」
俺の嫁がゲームキャラだったという――失礼な話か。
「ご主人さまッ☆ 早く思い出してください。後で、なんで早く言わなかったんだ――と、怒られるのはイヤでございますッ☆」
「そんなこと言ったって」
「エッチすれば思い出しますッ☆」
「はァ!?」
「エッチすれば、少なくともクーラさまは思い出しますッ☆」
「いやっ、そんなこと言ったって」
俺はワイズリエルのことを好きなんだよ――と、言ったら、
「ほほほ」
ほほほほほと、思いっきり笑われた。
「ご主人さまッ☆ なにを小さいことを言っているのですか? 世界が滅亡する前のご主人さまからは、とてもとても考えられないお言葉ですッ☆」
「そんなこと言うけどさァ!?」
「以前の俺とは違うのだ――と言うのなら、それでもかまいませんッ☆ でも、違ったとしてもですよ? 今は神ではございませんかッ☆」
「まあ」
神だけど。
神なのに、強気に出られることが最近多いのだけれども。
たとえば今とか。……。
「ご主人さまッ☆」
「………………」
「ご主人さまッ☆」
ワイズリエルは抱きついた。
そして耳をかむように、くちびるを寄せ、
「押し倒してしまいなされッ☆」
と、ぞっとするような低い声でそう言って、吐息を吹きかけた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって1ヶ月と3日目の創作活動■
鉄について詳しくなった。
(剣や農具などは『鋼』、鎧は『軟鉄』を使用する)
……ワイズリエルは「早くクーラを押し倒せ」と言うけれど、押し倒したら押し倒したで、ぼろくそに言われそうな気がする。




