29日目。【創世録紀行】ワイズリエルと歩く
今日は、ワイズリエルとともに下界に降りた。
ちょっとした慰安旅行の気分だった。――
俺とワイズリエルは、さっそくアダマヒアに行った。
そして、かつてアダムとイブが暮らしていた家を見た。
それは石を積み上げた壁に木の屋根という、粗末な農民家屋だった。
「この家屋は、アーサー王物語の海外ドラマを参考に創ったんだけど」
「はいッ☆」
「石壁の家って、ここぐらいだよな」
「ほかの家は、壁も屋根もすべて木造ですねッ☆」
「ふふっ。まあ、詳しくなった今なら分かるよ。ここって近くに山……石切場がないもんな」
「ちょっと遠いですよねッ☆ でも、おかげでアダムの家がどれなのか、よく分かりますッ☆」
「ああ」
「ちなみに中世ヨーロッパでは、木材は貴重な資源でした。南部ではほとんど採れないからですッ☆ ですからそういった事情もあって、中世ヨーロッパの家屋は石造りのイメージなのですッ☆」
「なるほどね……」
俺はアダムの家を眺め懐かしむ。
彼の死は、俺にとっては三週間ほど前なのだけど、この地に暮らす者にとっては、とおい昔になる。……。
見上げると、柱が天高く伸びていた。
そこにはアダムとイブの墓、そして神(俺)を祭ったモニュメントがある。
俺とワイズリエルは、その集落の中心――アダマヒアの記念碑へと向かった。
「アダムとイブの墓に並んで、アイスとセーラの墓もあるな」
「こちらにはご主人さまを崇める御柱がありますッ☆」
「ふふっ、ランドマークってだけだよ」
それにもしかしたら避雷針を兼ねているのかもしれない。
俺は、アダムに雷を落としまくったことを思い出した。
懐かしさとともに、妙なくすぐったさがこみ上げてくる。
「ふふっ」
俺はアダムとイブの墓に手を合わせた。
そして、集落の発展を約束した。
さらにアイスとセーラの墓に手を合わせて、孫娘のクーラさんは必ずしあわせにします――と、誓った。
そう誓って頭を下げると、心地良い風がふいた。
俺は爽やかな笑みで顔を上げ、
「教会に行こうか」
と、ワイズリエルに言った。
ワイズリエルは、やわらかく頷き、俺の腕にしがみついた。
ずっと微笑んでいたけれど、彼女はなにも話さなかった。
俺はワイズリエルの、そういった気遣いが嬉しかった。
しばらくひとりで思い出に浸っていたかったのだ。――
北の教会では、修道士たちがアイスバインをふるまっていた。
俺とワイズリエルは満ち足りた笑みでそれを味わった。
食べ終わって、修道士にレシピを訊いてみた。
すると、修道士は誇らしげな笑みで教えてくれた。
「まずスネ肉に、岩塩と砂糖、ナツメグ、メース、シナモン、セージ、それに黒コショウをすり込みます」
「ほう、高価なコショウまで」
「ええ。このコショウは聖バインの弟、アイスの真心だと言われています」
「なるほど」
「それから、その状態のスネ肉を一週間ねかした後、ローズマリー、タイム、ニンニク、クズ野菜などを煮立てたものに浸します」
「その溶液が、アイスの発明だったのですね」
「ええ。そして、この溶液に三日漬けおいたものを煮込むと、アイスバインの完成です」
「なるほど素晴らしい兄弟愛、素晴らしい味です」
「この料理が、聖バインの採掘を支えたのです」
そう言って修道士は深々と頭を下げた。
俺たちは彼に感謝し、奥へと進んだ。
そこには聖バインの棺と、聖バイン騎士団の象徴である剣があった。
俺は聖遺物に手を合わせ、ワイズリエルに訊いた。
「そういえば、クーラはあのとき、蒼い翼のようなものを噴きあげていたけど」
「彼女が死んだときのことですよねッ☆」
「そうそう。で、あれの意味って分かった?」
「分かりませんッ☆ おそらくあの翼は、クーラさまの霊体のかたちです。それが感情の昂ぶりによって、視覚化されたのではないかと思われますッ☆」
「危なくないかな?」
「……ご主人さまは余程のことがない限り、死にませんッ☆」
「いや、それも大事なんだけど――ほら、ワイズリエルやヨウジョラエルが心配だからね――俺が言いたかったのはそうじゃなくて、クーラの身に何か起こるかなって」
深刻に受け取られないようにと、ぼんやり訊ねたら、ワイズリエルは、
「ああそれは」
と、ぼんやり応えた。
そして、
「ご安心ください」
とだけ言った。
だから俺は、任せたよ――とだけ言って、あとは彼女に一任した。
それが信頼のかたちだと思ったからだ。……。
教会を出ると日が沈みかけていた。
さて。あとは秘密基地に泊まる予定だったのだけれども。
ふと思いついて、
「ちょっと寄りたい場所があるんだけど」
と、ワイズリエルを誘ってみた。
すると彼女は俺の腕に頬寄せ、しっとり頷いた。
で。
俺たちは、南の痩せた土地へと飛んだ。――
「ご主人さま、ここは……」
「プリンセサ・デモニオのいたところだよ」
「………………」
「彼女の墓……というわけではないけれど、ここに小高い丘を創りたいんだ。そして緑でいっぱいにしてあげたいんだ」
「ご主人さま……」
「好いかな?」
俺はあえてワイズリエルに判断を委ねた。
彼女は、そんな俺の気持ちを正確に読みとり、正直な気持ちを言った。
「よろしいかと思います」
俺はここに緑のオアシスを創った。
「なあ、ワイズリエル。モンスターに感情移入をしないというのは――難しいな」
「……ええ」
「苦労させたね」
照れくさかったので夕日を見ながら言った。
するとワイズリエルは、おだやかに笑った。
そして言った。
「ご主人さまッ☆ 私は自殺したとき、プリンセサ・デモニオの霊体を取り込みましたッ☆ 私はあのとき、彼女の霊体と混じりあって死んだのですッ☆」
「………………」
「その後、ご主人さまは私を蘇生させましたッ☆ 実はそのとき、私の霊体とともにプリンセサ・デモニオの霊体もこの肉体に入ったのですッ☆ ……ただ、彼女は蘇生したときに、記憶と自我を失いましたッ☆」
「………………」
「それでも、今もここで生きているのですッ☆」
そう言ってワイズリエルは、自身の胸にそっと手をあてた。
「ご主人さまッ☆ 勝手なことをして申し訳ございませんッ☆」
「………………」
俺は夕日を見ながら、頭をかいた。
そして彼女の肩を抱き寄せ、ぶっきらぼうに言った。
「そういう頭のよさなら歓迎する」
彼女の言ったことの真偽にかかわらず、その言葉で俺はずいぶん楽になった。
俺はワイズリエルのやさしさが嬉しかった。
「ご主人さま……」
ワイズリエルは、ぎゅっとしがみついた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって29日目の創作活動■
南の痩せた土地に緑のオアシスを創った。
……この日は秘密基地に一泊し、翌日、家に帰った。




