表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/128

29日目。【創世録紀行】ワイズリエルと歩く

 今日は、ワイズリエルとともに下界に降りた。

 ちょっとした慰安旅行の気分だった。――



 俺とワイズリエルは、さっそくアダマヒアに行った。

 そして、かつてアダムとイブが暮らしていた家を見た。

 それは石を積み上げた壁に木の屋根という、粗末な農民家屋だった。


「この家屋は、アーサー王物語の海外ドラマを参考に創ったんだけど」

「はいッ☆」

「石壁の家って、ここぐらいだよな」

「ほかの家は、壁も屋根もすべて木造ですねッ☆」

「ふふっ。まあ、詳しくなった今なら分かるよ。ここって近くに山……石切場がないもんな」

「ちょっと遠いですよねッ☆ でも、おかげでアダムの家がどれなのか、よく分かりますッ☆」

「ああ」


「ちなみに中世ヨーロッパでは、木材は貴重な資源でした。南部ではほとんど採れないからですッ☆ ですからそういった事情もあって、中世ヨーロッパの家屋は石造りのイメージなのですッ☆」

「なるほどね……」

 俺はアダムの家を眺め懐かしむ。

 彼の死は、俺にとっては三週間ほど前なのだけど、この地に暮らす者にとっては、とおい昔になる。……。




 見上げると、柱が天高く伸びていた。

 そこにはアダムとイブの墓、そして神(俺)を祭ったモニュメントがある。

 俺とワイズリエルは、その集落の中心――アダマヒアの記念碑へと向かった。


「アダムとイブの墓に並んで、アイスとセーラの墓もあるな」

「こちらにはご主人さまを崇める御柱がありますッ☆」

「ふふっ、ランドマークってだけだよ」

 それにもしかしたら避雷針を兼ねているのかもしれない。

 俺は、アダムに雷を落としまくったことを思い出した。

 懐かしさとともに、妙なくすぐったさがこみ上げてくる。


「ふふっ」

 俺はアダムとイブの墓に手を合わせた。

 そして、集落の発展を約束した。

 さらにアイスとセーラの墓に手を合わせて、孫娘のクーラさんは必ずしあわせにします――と、誓った。

 そう誓って頭を下げると、心地良い風がふいた。

 俺は爽やかな笑みで顔を上げ、


「教会に行こうか」

 と、ワイズリエルに言った。

 ワイズリエルは、やわらかく頷き、俺の腕にしがみついた。

 ずっと微笑んでいたけれど、彼女はなにも話さなかった。

 俺はワイズリエルの、そういった気遣いが嬉しかった。

 しばらくひとりで思い出にひたっていたかったのだ。――




 北の教会では、修道士たちがアイスバインをふるまっていた。

 俺とワイズリエルは満ち足りた笑みでそれを味わった。

 食べ終わって、修道士にレシピを訊いてみた。

 すると、修道士は誇らしげな笑みで教えてくれた。


「まずスネ肉に、岩塩と砂糖、ナツメグ、メース、シナモン、セージ、それに黒コショウをすり込みます」

「ほう、高価なコショウまで」

「ええ。このコショウは聖バインの弟、アイスの真心だと言われています」

「なるほど」


「それから、その状態のスネ肉を一週間ねかした後、ローズマリー、タイム、ニンニク、クズ野菜などを煮立てたものにひたします」

「その溶液が、アイスの発明だったのですね」

「ええ。そして、この溶液に三日漬けおいたものを煮込むと、アイスバインの完成です」

「なるほど素晴らしい兄弟愛、素晴らしい味です」

「この料理が、聖バインの採掘を支えたのです」

 そう言って修道士は深々と頭を下げた。

 俺たちは彼に感謝し、奥へと進んだ。

 そこには聖バインのひつぎと、聖バイン騎士団の象徴である剣があった。




 俺は聖遺物に手を合わせ、ワイズリエルに訊いた。

「そういえば、クーラはあのとき、あおい翼のようなものを噴きあげていたけど」

「彼女が死んだときのことですよねッ☆」

「そうそう。で、あれの意味って分かった?」


「分かりませんッ☆ おそらくあの翼は、クーラさまの霊体のかたちです。それが感情のたかぶりによって、視覚化されたのではないかと思われますッ☆」

「危なくないかな?」

「……ご主人さまは余程のことがない限り、死にませんッ☆」


「いや、それも大事なんだけど――ほら、ワイズリエルやヨウジョラエルが心配だからね――俺が言いたかったのはそうじゃなくて、クーラの身に何か起こるかなって」

 深刻に受け取られないようにと、ぼんやり訊ねたら、ワイズリエルは、

「ああそれは」

 と、ぼんやり応えた。

 そして、

「ご安心ください」

 とだけ言った。

 だから俺は、任せたよ――とだけ言って、あとは彼女に一任した。

 それが信頼のかたちだと思ったからだ。……。





 教会を出ると日が沈みかけていた。

 さて。あとは秘密基地に泊まる予定だったのだけれども。

 ふと思いついて、

「ちょっと寄りたい場所があるんだけど」

 と、ワイズリエルを誘ってみた。


 すると彼女は俺の腕に頬寄せ、しっとり頷いた。

 で。

 俺たちは、南の痩せた土地へと飛んだ。――


「ご主人さま、ここは……」

「プリンセサ・デモニオのいたところだよ」

「………………」

「彼女の墓……というわけではないけれど、ここに小高い丘を創りたいんだ。そして緑でいっぱいにしてあげたいんだ」

「ご主人さま……」

いかな?」

 俺はあえてワイズリエルに判断を委ねた。

 彼女は、そんな俺の気持ちを正確に読みとり、正直な気持ちを言った。



「よろしいかと思います」

 俺はここに緑のオアシスを創った。



「なあ、ワイズリエル。モンスターに感情移入をしないというのは――難しいな」

「……ええ」

「苦労させたね」

 照れくさかったので夕日を見ながら言った。

 するとワイズリエルは、おだやかに笑った。

 そして言った。


「ご主人さまッ☆ 私は自殺したとき、プリンセサ・デモニオの霊体を取り込みましたッ☆ 私はあのとき、彼女の霊体と混じりあって死んだのですッ☆」

「………………」


「その後、ご主人さまは私を蘇生させましたッ☆ 実はそのとき、私の霊体とともにプリンセサ・デモニオの霊体もこの肉体に入ったのですッ☆ ……ただ、彼女は蘇生したときに、記憶と自我を失いましたッ☆」

「………………」



「それでも、今もここで生きているのですッ☆」

 そう言ってワイズリエルは、自身の胸にそっと手をあてた。


「ご主人さまッ☆ 勝手なことをして申し訳ございませんッ☆」

「………………」

 俺は夕日を見ながら、頭をかいた。

 そして彼女の肩を抱き寄せ、ぶっきらぼうに言った。



「そういう頭のよさなら歓迎する」

 彼女の言ったことの真偽にかかわらず、その言葉で俺はずいぶん楽になった。

 俺はワイズリエルのやさしさが嬉しかった。

「ご主人さま……」

 ワイズリエルは、ぎゅっとしがみついた。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって29日目の創作活動■


 南の痩せた土地に緑のオアシスを創った。



 ……この日は秘密基地に一泊し、翌日、家に帰った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ