キイ・インシデント(下)
「あっ、カミサマさん」
クーラとヨウジョラエルは井戸にいた。
そこからコントローラを使って、モンスターに指示を出していたのだ。
「ああ、こっちでも操作できたんだ」
「あのっ、すみません勝手に」
「いいよ、いいよ、早めにやらなきゃいけないことだからね。助かったよ」
「すみません」
「クーラがあやまることないよ~」
そう言ってヨウジョラエルが、ぷっくらとほっぺたを膨らませた。
ちなみにワイズリエルも同じような顔をして追いかけて来たのだが、俺は話す機会を与えず井戸を覗きこんだ。
彼女のことは、とりあえず後まわし、ひとつずつ解決しようと思ったのだ。
「モンスターポッドの機能を停止させて、すこし南に移動させました。そして、残りのモンスター小隊を痩せた土地に待機させました」
「ああ、これクーラがやったの?」
「はい。あの、なにか変なところがありますか?」
「いや、ないよ。ただ、クーラらしいなって」
特に、このビシっと整列したあたりが。
おそらくズームしてミリ単位でそろえたんだろうな――って、この感じが。
「ふふっ」
思わず、ものすごい上からの目線で笑ってしまった。
で。
気がつくと俺は、クーラたち三人に、じとっとした目で見られていた。……。
「あはは、あっ、あの。よかったらリビング行かない? ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
俺は泣き笑いの顔で、彼女たちをエスコートした。
悪魔の姫にまつわる一部始終や、ワイズリエルのことを説明しながら、リビングに向かったのである。……――
「――……というわけなんだけど」
「なるほど、そういうことですか」
クーラは、ため息をついてソファーに座った。
俺は肩をすくめ、眉を上げた。
ヨウジョラエルが興味津々といった感じで、俺たちの顔を覗きこんだ。
そして、ワイズリエルは可愛らしく頬をふくらませていた。
「まあ、たしかにワイズリエルは、もともとセックス依存症っぽいところはあったんだよ」
「……えっ、ええ」
「それでも、『私の前世はダッチワイフでした』とか、しかも『俺が長年使っていたダッチワイフだったのです』とか言いだすのは、あまりにも酷いと思うんだ」
「そっ、それは……」
「どうしたら好いと思う? 俺が彼女のためにできることは、なんだと思う?」
「そうですね……」
俺とクーラは同時に大きく息をはいた。
ワイズリエルは口を尖らせ俺たちを見た。
クーラは慈愛に満ちた目で、ワイズリエルに微笑んだ。
そして、その切れ長の美しい瞳で、俺に流し目をおくった。
俺はクーラの表情を読みとり、うなずいた。
クーラの目は、『とりあえず全部聞いてやれ、まずは全部吐き出させてスッキリさせろ』と告げていた。俺はその通りにした。
で、以下はその妄言の記録である。……――
「なあ、ワイズリエル。確認するけれど、キミは世界が滅亡する前、ダッチワイフだったんだよね?」
「正しくは愛玩用サイボーグですッ☆」
「はァ」
「愛玩用サイボーグは、ご主人さまのお望みの姿にモーフすることができるのですッ☆ だからだと思うのですが、私の霊体……魂のようなものは、みなさまとは少し違っているのですッ☆」
「よく、理解できないが?」
「ご主人さまは以前、私の胸を大きくされましたッ☆ これは私の霊体が特異だから可能なのですッ☆ もし、ほかの人の肉体を変化させようとしても、おそらく霊体のかたちに影響されて、劇的には変えられないと思いますッ☆」
「うーん」
「ためしに、クーラさまのおっぱいを大きくしてみてくださいッ☆」
そう言ってワイズリエルは、ビシッと指さした。
俺が見ると、クーラはつばを呑みこんだ。
「どうですかッ☆」
「……あれ?」
「無理ですよねッ☆」
「うーん」
「バスト72のままですよねッ☆」
「くっ」
クーラは屈辱にふるえた。
「ご主人さまッ☆ これが世界の理ですッ☆ そして、このルールがあるから、人は死後、別の肉体に霊体が移ると――転生すると――新しい肉体に心を引っぱられ、前世の記憶を失うのですッ☆」
「……辻妻は合っている、ように思えるな」
「はいッ☆ そしてこの転生の理の外に位置するのが、私なのですッ☆」
「だから前世の記憶があるのか」
「はいッ☆」
ワイズリエルは誇らしげに、おっぱいを揺らした。
俺は、がっくりうなだれた。
なまじ頭がいいだけに、おかしなことを言いだすとタチが悪い。
「しかし、ワイズリエル。俺は死んでないのに記憶を失ったぞ?」
「ご主人さまッ☆ これは推論なのですが――。世界が滅亡したとき、おそらく強烈な電磁パルスのようなものが発生したのですッ☆ それで、まるでハードディスクのデータが破損したかのように、一部の記憶が消えたのだと思われますッ☆」
「うーん」
「ご主人さまだけではありませんッ☆ 私も滅亡付近の記憶を失っておりますッ☆」
「なるほどなあ……」
妄言にしては、よくできている。
「ですが、ご主人さまッ☆ その失った記憶を取り戻す方法がございますッ☆」
「はァ!?」
「今のところ、ふたつ発見していますッ☆」
「マジ!?」
みな、思わず前傾姿勢となった。
ワイズリエルは冷然と言った。
「ひとつ目の方法は、エッチをすることですッ☆」
「こらっ」
「ご主人さまとエッチをしたときッ☆ 私の頭脳には、とめどなく過去の記憶が流れ込みました。ええ、それは美しい大自然、光芒のなか、この世のものならぬ濃艶の秘図でしたッ☆」
「あのなあ……」
「そして、もうひとつの方法はッ☆ 多くの時間を過ごした者と、こうして対面をすることですッ☆」
「前世で縁のあった人と、逢えば思い出すのか?」
思わず声に笑いがまじる。
しかしワイズリエルは真剣に、こう切り出した。
「ご主人さまッ☆ クーラさまッ☆ 思い出しませんか?」
俺とクーラは唖然として顔見合わせた。
ワイズリエルは長いまつ毛を伏せ、ゆっくりと言った。
「クーラさまは世界が滅亡する前、ご主人さまの奥さまだったのですッ☆」
「はァ!?」
「こちらをご覧くださいッ☆」
そう言ってワイズリエルは、ヨウジョラエルの精密描写したイラストを出した。
「なんだこのゲームは」
「クーラさまの前世ですッ☆」
「あ"!?」
「この青髪のアイドルがクーラさまですッ☆」
「あ"あン!?」
「クーラさまは、このアイドル育成ゲームのキャラだったのですッ☆」
「そっ、それが俺の嫁だと言うのか」
「はいッ☆」
「アニメキャラが俺の嫁……」
「きゃはッ☆ ゲームのキャラですよッ☆」
衝撃のため、しばし声もない俺たちを笑顔で見て、ワイズリエルは続けた。
「きっと、エッチをすれば思い出しますよッ☆」
――……ワイズリエルは、にこやかに語り終えた。
それをクーラと俺は聞いた。
ヨウジョラエルは、いつのまにかお昼寝をしていた。
そこは静寂につつまれていた。
しばらくすると、クーラが母性に満ちたため息をついた。
そして言った。
「なるほど分かりました。これからは私も、カミサマさんの創世をお手伝いします」
「はいィッ?」
「ねえ、ワイズリエル。あなた、私を引き止めたかったのでしょう? 引き止めたくてそのような……わけの分からないことを言っているのでしょう?」
「そっ、それはッ☆」
「ふふっ、気を遣わなくても好いですよ。心配しなくても、ずっと居ます。あなたの分までしっかり働きますからね、何日か骨休めをしてください」
「えッ☆」
「カミサマさんとふたりで、ゆっくり旅行してはいかがですか?」
そう言ってクーラは微笑んだ。
それでこのことは終わりだった。しばらくの間ではあるのだけれども。――
――・――・――・――・――・――・――
■神となって知り得た事実■
肉体を変化させようとしても、霊体のかたちに影響されて劇的には変わらない。
ただし、ワイズリエルだけは例外である。
……ワイズリエルの妄言終了。というか、『ゲームキャラが嫁で、ダッチワイフの長期愛用者』――って、失敬な。




