キイ・インシデント(上)
「ご主人さまッ☆ 私は、世界が滅亡する前の記憶を持っていますッ☆」
と、ワイズリエルは言った。
「黙れ!」
俺は叩きつけるように言った。
ワイズリエルは、しばらく土下座したままでいたが、やがて言った。
「ご主人さまを騙すようなことをしたのは謝りますッ☆ ですが、ご主人さまが何のためらいもなく私を蘇生するには、このような方法しかなかったのですッ☆ ご主人さまが『蘇生なんてできるのか?』と、疑問を抱くことなく即座に蘇生させる――そのような状況を、およそ一ヶ月かけてセッティングしたのですッ☆」
「………………」
「ご主人さまの『創造』する力は、どんなものでも創れるわけではございませんッ☆ ご主人さまが『創れる』と思ったもの、あるいは『この世に存在する』と思ったものだけが創造できるのですッ☆」
「それはっ」
「今までおそばで見てきて、まず間違いないと思いますッ☆」
「………………」
「お赦しください、ご主人さまッ☆ すべては、このワイズリエルの記憶が真実なのかを確かめるためッ☆ 本当に世界が滅亡する前に経験したものなのか、それを確かめるためでしたッ☆」
「………………」
「騙すようなことをして、大変申し訳ございませんでしたッ☆」
ワイズリエルは床に額を叩きつけて謝った。
しかしその姿は、俺をさらに怒らせた。
「違うぞ、ワイズリエル。俺が怒っているのはそんなことでない」
「はいッ☆」
「俺は、おまえが保険をかけたことに怒っているのだ!」
「ご主人さま……」
「俺は、たしかにおまえの言う通り、まんまとハメられ、目の前であの悪魔の姫を殺された。おまえの自殺も止めることができなかった。だが、そのことはいい。おまえには先ほど言ったような深い考えがあったのだろう。そのことに対して俺は怒っていない」
「………………」
「俺が怒っているのはその後のことだ、ワイズリエル。おまえは、俺が蘇生させなかったときのことを考えて保険をかけた。ちょこちょこと今日なにかがあることを臭わせ、わざとらしくヒントをちりばめた。そうやって俺を挑発し、俺がもし『蘇生させなくてもいいや』と思った場合にでも、『生き返らせて一発ブン殴ってやろう』と思わせるような、そんな気分を作りあげた」
「………………」
「違うか!」
「その通りでございます」
「……寂しいことするなよ」
ワイズリエルは床に頭をこすりつけた。
「なあ、ワイズリエル。俺はおまえを創ってからの一ヶ月、とても楽しく過ごしていたんだよ。おまえを創って本当に好かったと思っていたし、大切に想っていた、愛してもいたんだ。そしてなにより、俺はおまえのことを信じていたんだよ」
「ご主人さま……」
「たしかに俺は、おまえを創るときに頭のよさを求めたよ。でも、そんな保険をかけることが『頭のよさ』だというのなら、それは俺が求めたものではないよ」
「ご主人さまッ☆ 今回のことはすべて、このワイズリエルの浅ましさによるものですッ☆ 賢いおこないではありませんでしたッ☆」
「ワイズリエル……」
俺は父性に満ちたため息をついた。
そして、嘆きの剣を拾い、ワイズリエルに差しだした。
「ワイズリエル。この剣の刀身には、物質を霧散させる毒のようなものが流れている。おそらく俺はこの剣で死ぬ」
「………………」
「なあ、ワイズリエル。もし今まで通り、俺を助けてくれるのならば、この剣を受け取れ。そして、この剣を持ち、俺のそばにいつも居ろ。知恵を授けろ」
「ご主人さまッ☆」
「この剣の重みを知ったうえで手に取れ、ワイズリエル」
「はいッ☆」
ワイズリエルは、うやうやしく嘆きの剣を受け取った。
この瞬間。
俺たちの関係が再定義された。
深く強く固く、俺たちは信頼の絆で結ばれたのだ。
「さてっ」
俺は思いっきり弛緩して、勢いよくソファーに座った。
眉を上げて大らかに言った。
「なあ、ワイズリエル。世界が滅亡する前の記憶を持っていると言ってたけれど」
すると、ワイズリエルは俺の足もとに土下座した。
俺は泣き笑いの顔で立ち上がらせ、隣に座らせた。
それでも恐縮しているので、かるくおっぱいをモミっとした。
ワイズリエルは、その手をぺちんと叩き、くすりと笑った。
そして言った。
「ご主人さまッ☆ 私は世界が滅亡したときに死に、そしてご主人さまに創られましたッ☆ さらに今日、私は自殺して、またご主人さまに創られましたッ☆ 私はこの三つの人生で起こったことを、すべておぼえてますッ☆」
「……俺に創られたあのとき、初めて生を受けたのではなかったのか」
「はいッ☆ あのときはご主人さまを見て、本当にビックリしましたッ☆」
「……? まるで俺のことを知っていたかのような口ぶりだな」
「きゃはッ☆ ご主人さまの記憶は大学時代で断絶し、それ以降のことは、世界滅亡の瞬間までないのですよねッ☆」
「ああ、その通りだ……って、まさか!?」
「はいッ☆」
「俺と面識があるのか!?」
「はいッ☆」
ワイズリエルは頬を染め、顔を背けた。
いかにも恥じらっているような、怯えているような仕草だった。
「って、マジでっ!?」
「もう、かれこれ十年以上のお付き合いになりますかねッ☆」
と、ワイズリエルはしおらしげに言った。
「そっ、そうなんだあ」
と、俺はとりあえず笑ってみたものの、まったく身に覚えがなかった。
というか、こんな可愛い子と親しいとかありえない。
ありえるわけがない。
俺はぎこちない笑みのまま固まった。
ワイズリエルは俺の顔を覗きこみ、媚びた笑みをした。
そして言った。
「ご主人さまッ☆ 私は世界が滅亡する前、ご主人さまの愛玩用サイボーグでしたッ☆」
「へっ!?」
「私は、ご主人さま愛用のラブドール……ダッチワイフだったのですッ☆」
「あ"!?」
「長年愛されていたのですッ☆」
と言ってワイズリエルは、バチッとウインクをキメた。
俺は。
俺はこのときほど、ワイズリエルを気の毒に思ったことはない。
「……ごめんね」
俺は彼女を抱きしめ、蘇生に失敗したことを心から詫びた。
そして、ワイズリエルがアホになってしまったことを、クーラに相談するべく部屋を出た。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって知り得た事実■
神(俺)が『創造』できるものは、『創れる』と思ったものか、『この世に存在する』と信じたものだけである。
……それと、ワイズリエルがなにやら妄言を吐いているが、できるだけやさしくしてあげようと思う。




