28日目。【創世録】プリンセサ・デモニオ
「おにいちゃん、おもしろいよ~?」
と、ヨウジョラエルが袖を引いたのが、この、陰鬱な事件の始まりだった。
ヨウジョラエルに連れられてリビングに行くと、そこには、ワイズリエルとクーラがいた。
ふたりは真剣な表情で画面を視ていた。
「ご主人さま、こちらをご覧くださいッ☆」
俺はソファーに腰掛け、大型テレビに映る下界を視た。
「これはっ」
「鶴翼の陣ですッ☆」
「ええっと、関ヶ原でたしか西軍がつかった」
「はいッ☆ そしてこれは、下界時間でおよそ二日前になるのですがッ☆」
「魚鱗の陣か」
「ええ……」
ワイズリエルはかるく頷いた。
隣にいるクーラとともに、じっと画面を視たままでいる。
「ん? えーと、なにか問題でもあるの?」
「……ご主人さまッ☆ この凸はモンスターの小隊、ピンクで塗られた凸が大将ですッ☆ ちなみに、魚鱗の陣のときは集落を目標としておりますが、現在の鶴翼の陣では、その先の教会を目標に変更しておりますッ☆」
「よく指揮したじゃないか」
「はいッ☆」
「クーラが指揮したのか? それとも」
「私たちではございませんッ☆」
「へっ?」
「モンスターが陣形を組んだのですッ☆」
ワイズリエルは冷然と画面を指さした。
俺は、今言われたことはよく理解できなかったが、とりあえず言われるままにカメラを移動した。ピンクで塗られた凸のところ、大将のところをズームしたのである。するとそこには――。
巨大な悪魔の紋章旗。
刺々しいイバラの盾、木の実のような兜、暗黒樹の軍団。
中心に位置する、禍々しくも荘厳な古木の神輿。
そしてそこには、豊満な女性。
いや、豊満な女性のかたちをしたモンスターが、そこに腰掛け肘をついて脚を組んでいた。
「あのモンスターは、『プリンセサ・デモニオ』と呼ばれていますッ☆」
「プリンセサ・デモニオ……」
「スペイン語で『悪魔の姫』という意味ですッ☆」
「ヘブライ語の次は、スペイン語かよ」
と、思わず苦笑いをしたら、
「地面に書いてあったのですッ☆」
と、ワイズリエルがたしなめるように言った。
「えっ?」
「モンスターが地面に『プリンセサ・デモニオ』と書いたのですッ☆ そして、その文字を騎士団が発見したのですッ☆ それで以後、あのモンスターのリーダー……神輿に乗ったアレのことを、人々は『プリンセサ・デモニオ』と呼ぶようになったのですッ☆」
「それはっ」
「明らかな知性ですッ☆」
「………………」
「モンスターが知性を獲得してしまいましたッ☆」
俺たちは絶句した。
「……ご主人さまッ☆ たしかに我々は、モンスターポッドに自動生成システムとランダム生成機能を与えましたッ☆ それは乱暴に言えば、知性と呼べるものかもしれません。しかし、ここで問題なのは、あの『プリンセサ・デモニオ』がモンスターポッド自身ではなく、その他大勢のモンスターのなかの一匹だということですッ☆」
「モンスターポッドが、知性を有したモンスターを生んでしまった……」
「はいッ☆ そしてそのことは、我々の管理できないところで、知性を持つモンスターが次々と生まれることを意味しますッ☆」
「………………」
「ご主人さま……」
「ただちにモンスターポッドを停止しろ。それからアレは、俺自身の手で……」
と俺は言って、さすがにくちびるを結んだが、その後は言わなくても伝わった。
クーラは事情を察して、ヨウジョラエルを連れて部屋から出た。
ワイズリエルが即座に、ひざまずいた。
そして俺の足もとに額をつけ、土下座して言った。
「ご主人さまッ☆ 念のため、強力な武器を創ることをオススメしますッ☆」
「……どんな武器がいい?」
「攻撃対象を元素レベルまで分解し、霧散させるような武器をッ☆」
「分かった」
そう言って、俺は虚空を指さした。
そこに細身の剣が露われた。
俺はそれを鞘ごとつかんで、腰に差した。
「赦せ、モンスターの姫君よ。ただ、おまえはこの神の過ちにより生を受け、この嘆きの剣により消滅するのだ……」
「エスパダ・デ・ラ・トリステサ……その嘆きはアレの身だけでなく、ご主人さまの心をも引き裂きます」
ワイズリエルは、額を床にこすりつけたまま言った。
そして俺は陰鬱な気分のまま、下界に降り立った。
悪魔の姫、プリンセサ・デモニオ。
彼女を殺すために、俺は降り立ったのだ。……――
真っ赤な満月の夜。
俺は、神輿に乗ったモンスターに逢った。
「………………」
雲が月にかかり世界が黒くなる。
そして雲が流れてまた世界がもとに戻っても、俺たちは動かなかった。
生ぬるい風が、重く次第に強くなる。
やがて風は嵐となり、森が怒濤のように鳴りどよめく。
無限にも感じられる刻が過ぎる。
そして。
俺は沈痛な面持ちで、ようやく訊いた。
「おまえが、プリンセサ・デモニオに間違いないな?」
モンスターは黙って俺を見つめていたが、しばらくすると、澄んだ、よく響く声で言った。
「 Soy, princesa. 」
「それはスペイン語か」
「 Soy, princesa demonio. 」
「今、プリンセサ・デモニオと言ったな」
「 Yo soy princesa demonio. 」
「……間違いないな」
俺は腰の剣に手をかけた。
するとプリンセサ・デモニオは、その大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた。
そして、俺の剣を指さして、
「 Espada de la tristeza. 」
と、ふるえる声で言った。
エスパダ・デ・ラ・トリステサ――すなわち嘆きの剣。
プリンセサ・デモニオは、俺がここに来た意味も、そして、これから自分がどうなるのかも正しく理解していた。
俺は歯を食いしばり、天を仰いだ。
……。
「神なんて、なるもんじゃねえな」
俺は自嘲気味に笑い、彼女を抱いた。
天界に連れ帰ったのである。
――……リビングに戻ると、そこには誰もいなかった。
俺はとりあえずプリンセサ・デモニオを落ち着かせようとした。
彼女の肩を抱き、ソファーに座らせようとしたのである。
すると後ろから、
「失礼します、ご主人さま」
と、ワイズリエルの低い声がした。
ぞっとして振り向くと、彼女は俺の腰から剣を抜いた。
そしてそれを、
ぐっ!
と、即座にプリンセサ・デモニオに刺し入れた。
「なっ!?」
あっという間に分解し、霧散するプリンセサ・デモニオ。
呆然とする俺の目の前で、彼女は消滅した。
さらに、
「申し訳ございません、ご主人さま」
と言って、ワイズリエルは剣を自身の胸に押し込んだ。
ワイズリエルはプリンセサ・デモニオを殺し、自らの命をも絶ったのだ。
「バカなッ!」
俺は叫んだ。
すばやく状況を理解し、目まぐるしく記憶をたぐった。
深く思考した。
そして、結論に達すると俺は激怒した。
「ワイズリエル、謀ったなァ!!!!」
俺は虚空を指さし、ワイズリエルを再び創った。
虚空に出現した美少女……ワイズリエルを睨みつけた。
ワイズリエルは、そのネコのようなつり目で俺を視た。
可愛らしく首をかしげ、しかし即座に平伏した。
「ご主人さま、お赦しくださいッ☆」
俺が無言でいると、ワイズリエルは続けた。
「私は、世界が滅亡する前の記憶を持っていますッ☆ 今、蘇生してそれを確信しましたッ☆」
俺は彼女を見下ろしたまま、呆然と立ちつくした。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって28日目の創作活動■
プリンセサ・デモニオを殺した。
……この件について俺は語る言葉をもたない。是非を判断するには多くの時間が必要だろう。




