25日目。衣装
「今日は中世ヨーロッパの衣装についてお話ししたいのですがッ☆」
と言って、ワイズリエルがやってきた。
タイトなミニスカに、胸を強調した白いブラウス、エロメガネ。
指示棒を持った女教師スタイルだ。
それを視たクーラは、美しい切れ長の瞳を大きく見開いて、
「ひっ、ひひ卑猥ですッ! そのような格好ォ!!」
と悲鳴を上げた。
するとワイズリエルはメガネを、くいっとあげて、
「いいえ、卑猥ではありませんッ☆ この姿が卑猥に見えるあなたの心こそが卑猥なのですッ☆」
と言った。
クーラは絶句した。
ワイズリエルは、母性に満ちたため息をつくと、
「安心くださいッ☆ 今日は、その卑猥な心を治してあげますッ☆」
と言った。このとき俺は、ようやく彼女の意図を知った。
ワイズリエルは服装の話から、クーラに性教育を施そうとしている。――
「さてッ☆ いわゆる『中世ヨーロッパ風ファンタジー世界』ですが、その衣装の時代考証は大抵においてメチャクチャですッ☆ たとえば、アーサー王物語は5世紀末が舞台ですが、衣装は13世紀のもので描かれることが多いです。まあ、アーサー王は、紀元前100年生まれのユリウス・カエサルとも戦いますし、時代考証など厳密にやりはじめたら収拾がつかなくなってしまうのですがッ☆」
ただしッ☆ ――と言って、ワイズリエルは指示棒を伸ばした。
「メチャクチャで良いという考えかたもありますッ☆ というのも、服飾を含む文化はすでに、ローマ帝国で完成していたからですッ☆」
「中世が始まる前、ローマ帝国の時代に文化が完成していたのか」
「はいッ☆ そもそも中世ヨーロッパとは、西暦500年頃に北方の蛮族がローマ帝国から領土を奪うことによって文化レベルが地に落ち、そこから西暦1500年頃のルネサンスで、文化レベルが再びローマ帝国の水準に戻るという時代ですッ☆ ただ、文化レベルが地に落ちたといっても、ローマ帝国の文化は抹消されていませんのでッ☆」
「地域によっては残っていたのか」
「はいッ☆ 文化レベルは、もともとメチャクチャだったのですッ☆」
ワイズリエルはバチッとウインク、挑発するように腰をひねった。
クーラは、淫らです――っと悲鳴を上げた。
「では、今お伝えしたことを前提にッ☆ 下着についてお話ししますッ☆」
ワイズリエルは、そう言ってイタズラな笑みをした。
「さてッ☆ フランス女性がパンツ……いわゆる『パンティ』をはくようになったのは、1533年にカテリーナ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチが披露してから――と、言われていますッ☆」
「カテリーナは、たしかフィレンツェの富豪メディチ家から嫁いで、フランス王妃になったんだっけ」
「はいッ☆ ですから中世ヨーロッパで、女性が現代的なシルエットのパンツをはきはじめたのは中世が終わる間際ですッ☆ が、ただこれも前述の通りメチャクチャで良いとも言えますッ☆」
「ローマ帝国の文化か」
俺がつぶやくと、ワイズリエルはニコッと笑った。
「今日は『そもそも』の話ばかりで恐縮なのですがッ☆ ……そもそも、古代ギリシアやローマの女性は、胸を支えたり隠すためにブラジャーのようなものを着用してましたッ☆ また、多くのローマ女性は、現代女性が着用しているパンティのようなものをはいてましたッ☆」
「はァ」
俺たちは、いっせいに声を漏らした。
ワイズリエルは、ぺろっとスカートをめくった。
ストッキング越しに見えた、むせ返るような下着が強烈にオトコを誘っていた。
それを視たクーラは、真っ青な顔をした。
スカートを自らめくるなど、彼女の道徳観・廉恥心からは、とても考えられない行動だった。
ワイズリエルは、そんなクーラを一応気遣って、ストッキングをはいていたのだけれども、ただ男として言わせてもらえば、余計にエロかった。……。
「というわけで下着の形状については、現代のものでさしつかえないと思いますッ☆ 次に素材についてですッ☆」
ワイズリエルは、その大きなつり目を細めて言った。
「十二世紀頃の中世ヨーロッパでは、リンネル・亜麻・ウールが衣服にもちいられ、ときには『絹』が使われましたッ☆ そして徐々に、毛や麻などの目の荒い織物から、やわらかい『綿』などの平織りに移行していったのですッ☆」
「絹と綿……シルクとコットンがあるのか」
「はいッ☆ しかも十一世紀の十字軍によって、アラビアから木綿や『サテン』などが輸入されるようになりましたッ☆ ですから、下着は現代のものでかまわないと思いますよッ☆」
ワイズリエルが言うと同時に、ヨウジョラエルがスケッチブックを差しだした。
それを視て俺は、さすがにそのデザインは現代的すぎるだろ――と思ったけれど。
とりあえず無言で、そこに描かれた下着群を創った。
「きゃはッ☆ ありがとうございます、ご主人さまッ☆」
「ありがと~おにいちゃん」
ワイズリエルとヨウジョラエルが、満面の笑みで下着に飛びついた。
そしてそれを手にして解説した。
「この、中学生の女の子がはいていそうな、純白無地のパンツ。若干、ハイレグ気味のこのパンツはコットン100%ですッ☆」
「これは~?」
「この女児によく似合うゆったりとした水玉のパンツ。これは、コットン97%、ポリウレタン3%ですッ☆ ポリウレタンを入れることによりフィット感と耐久性が増していますッ☆」
そう言ってワイズリエルはウインクをしたが、そんな女児向けパンツをオススメするようにウインクをされても、苦笑いするほかない。
「こちらの光沢のある淡いピンク、エッチなお姉さんが好きそうなボクサーショーツは、ポリエステル100%ッ☆ それをサテン織りしたものですが、もともとポリエステルは、高価なシルクの代用品でもあるのですッ☆」
「ということは」
「シルクで作れば、中世ヨーロッパにも違和感なくとけこみますねッ☆」
ワイズリエルがバチッとしたアイドル笑顔をキメた。
クーラは、その上品な薄いくちびるをふるわせただけで、しばらく声もなかったが、
「淫猥。――いっ、淫猥、淫奔です!」
と突然、のどのつまったような声で叫んだ。
すると、ワイズリエルはそれを待ち構えていたかのように、即座に言った。
「これらはすべてローマ帝国の文化。中世ヨーロッパが失っていたテクノロジーの結晶ですッ☆ なにが淫猥なのですかッ☆」
「なっ!? なにをっ!?」
「そもそも、あなたたち教会こそ、ローマ帝国の教えを伝えるものではありませんかッ☆」
「そっ、それはっ」
「その、クーラさまが着ている修道服は、もともとは『古代後期の一般的なローマ人の服』ですッ☆ ええ。初期の教会には、特定の修道服が定められていなかったのですッ☆」
「くっ」
「もちろん、クーラさまがた聖バイン教会は、史実ともローマ帝国とも直接のつながりはございませんッ☆ ですが、その精神性において、ローマ帝国がルーツと言っても間違いはないかと思われますッ☆」
俺が考えなしに、アダムとイブに『中世ヨーロッパの価値観と一般常識』を与えたからな。
「その修道服はッ☆ 『トゥニカ』というローマ人の肌着と、その上に着る『ククレ』というコートからなりますッ☆ ちなみにローマ人女性はそのトゥニカの下に、パンティとブラジャーを着用していましたッ☆」
そう言ってワイズリエルは、びしっとクーラを指差した。
クーラは絶句した。
「ですから、クーラさまッ☆ もし、ここで見せた下着……ローマ帝国の文化を復興したものを、淫猥などと言うのならッ☆」
「………………」
「あなたさまの今着ているその修道服も淫猥ですッ☆ クーラさまは淫らな姿でずっと暮らしてきたのですッ☆」
「そんなっ」
クーラの顔を、嫌悪と憎悪、拒絶と寛容、堕落と廉恥、何が何だかわからない感情が交錯した。そして、叩きつけるように彼女は叫んだ。
「私は淫乱ですッ!」
いや。それは違うと思ったけれど、クーラはとても理知的な判断ができる状態ではなかった。ワイズリエルの強引で無茶苦茶な論法が、クーラをねじ伏せたのだ。
「クーラさま、勘違いしてはいけませんッ☆ あなたさまや修道服が淫猥なのではありませんッ☆ 下着が、修道服のように清らかなのですッ☆ ですから下着を楽しみましょう? さあ一緒に、下着を試着してみましょうッ☆」
「………………」
喪心状態のクーラを連れて、ワイズリエルは衣装部屋に向かった。
その去り際に、彼女はちょこんと舌を出して、
「ご主人さまッ☆ 全身鏡を創っていただけると嬉しいですッ☆」
と言った。
ちょっぴりイジワルで、とても嬉しそうな笑みだった。
――・――・――・――・――・――
■神となって25日目の創作活動■
下着を大量に創った。
それを収納する巨大なウォーク・イン・クローゼットを創った。
そこに全身鏡を設置した。
……下着をいちいち創るのは面倒だったので、パーツを創って、それの組み合わせをランダム生成するシステムを創った。ちなみに、クーラは全身鏡のまえで三時間あまり立っていたらしい。ときおり、「ふふっ」と嬉しそうに、思い出しては笑っていた。




