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23日目。アイドル

 朝食をとりながら、俺たちは昨日の復習をした。

「クーラちゃんを源義経みなもとのよしつねにするって言うけどさ」

「アイドルにしてしまうのですッ☆」

「そうそれ。聖人とアイドルの違いがよく分からない」

 俺が肩をすぼめると、ヨウジョラエルが可愛らしくマネをした。

 するとワイズリエルは、ゆっくりと話しはじめた。



「まず、現代日本の常識と価値観をもっているご主人さまには、死者を土葬するキリスト教文化がよく理解できないと思われますッ☆ 死者を火葬してしまう日本人には特に、『聖人』という概念は分かりにくいのですッ☆」

「まあ、その通りだよ」


「そこでですッ☆ 『聖』と『邪』――といった感じで、まるで正反対なのですが、以後、日本人に分かりやすい聖人像に置き換えて説明したいと思いますッ☆」

「……了解」



「さてッ☆ 日本人に分かりやすい『聖人』的な人物像――それはおそらく、日本三大怨霊と呼ばれる『菅原道真』や『平将門』、そして三大怨霊ではありませんが、出雲大社の『大国主おおくにぬし』ですッ☆ 彼らは天皇家と敵対しましたが、現代まで神として祭られており、いわゆる『聖人』的な扱いを受けていますッ☆」

「えーっと、菅原道真は学問の神様だっけ?」


「はいッ☆ それに、東京のビジネス街では二十一世紀でも平将門にお祈りに行きますし、出雲大社は言うまでもありませんッ☆ 現代でも日本人は、祈ることによって彼らからパワーを授かろうとしていますッ☆ ええ。ようするに日本人は――無自覚あるいは無意識下で――彼らが死後もなんらかのパワーを出し続けていると考えているのですッ☆」

「言われてみればそうだな」



「その感覚が、いわゆる『聖人』に対する感覚に近しいと、私は考えますッ☆ そして、クーラさまがそうなっては困る――と、ご主人さまはお考えなのですッ☆」

「その通りだ」

「それで源義経みなもとのよしつね……すなわちアイドルにしてしまおうと私は考えたのですがッ☆」

 と言ってワイズリエルは、くいっとメガネをあげる仕草をした。

 もちろんメガネはかけてないが、しかし、まるで女教師のような表情だった。





「まずッ☆ 菅原道真をはじめとする怨霊(神)と、源義経は、巨大権力者に睨まれ追放されたという点で非常によく似ていますッ☆ ところが、源義経は現在でも大人気ではあるのですが、菅原道真のように『XXの神様』といった感じには祭られていませんッ☆ ええ。少なくとも毎年数百万人がお参りに来るような――そんな神にはなっていないのですッ☆」

「ああ」


「彼は、神というよりもアイドルでしたッ☆ いえ、ここでいうアイドルとは、キリスト教が『偶像』と表現するもののことではありませんッ☆ ちなみにキリスト教は偶像崇拝を禁止していますから、クーラさまを偶像化しても目的は達成されますッ☆」

 少し話がそれました――と言って、ワイズリエルはニコっと笑った。



「ではッ☆ 菅原道真らと源義経の大きな違いはなにか? なぜ、源義経は神……すなわち聖人と見なされなかったのか? それは、死があいまいだったからですッ☆」

 俺たちは、つばを呑みこんだ。



「源義経は、1189年に奥州で自害、享年31歳――と言われていますが、大人気ゆえに昔から『北に逃げ延びた』という伝説があるのですッ☆ 北海道には義経神社がありますし、大陸に渡ってジンギスカンになったという伝説もありますッ☆ ほかにも諸説あるのですがその真偽は重要ではありません。ここで重要になってくるのは、ただひとつ、『それをキッパリ否定するだけの証拠が、当時の幕府にはなかった』ことなのですッ☆」

「……つまり、生きている可能性を否定できなかった」


「源義経の首は、美酒にひたし43日間かけて鎌倉に送られました。東北から鎌倉までの道のりは五月とはいえ暑いですし、もちろん冷蔵庫なんかありませんッ☆ そうやって43日間揺られてきた首で、首実検(本人確認)したのですッ☆」

「ああ……」

「人相など分かりませんよッ☆」

「それでは義経生存説を否定できない」


「はいッ☆ だから、義経は『聖人』にもなれなかったのですッ☆」

 そう言ってワイズリエルは、バチッとウインクをキメた。




「結論すると、神として祭られる――中世ヨーロッパ風に表現すると『聖人になる』――そのことを防ぐためには、クーラちゃんの死をあいまいにすれば良い」

「その通りですッ☆」

「で、どうする?」

「集落を捨て、どこか遠くに旅立ったのだ――という伝説を残しましょうッ☆」

「具体的には?」

「旅立つ姿を目撃させるのですッ☆」

「よし分かった」

 と言って俺は、クーラを見た。

 するとクーラは、くっとあごを引いた。

 そして、ゆっくりと言った。



「あの……。みなさまのお話ししたこと、そして、やりたいことは分かりました。アダマヒアの民が軽々しく命を投げ出すことを未然に防ぐ――その意図は理解しました。でも」

 そう言ってクーラは、俺を真っ直ぐに見た。

 そして言った。

「神のために自己を犠牲にすることは、悪いことなのでしょうか? そのことが私には、どうしても理解できないのです」



 いやいや、だから俺(神)が嫌だって言ってンだろ――そう思って口を尖らせていたら、ワイズリエルがやさしく言った。


「その昔。アダマヒアの祖……アダムは、イブの死を悲しんで、命を絶とうとしました。それを見て私は、ご主人さまに彼を殺すよう進言しました。ですがご主人さまは『生きよ』と、アダムに三人の孤児を送りました。バイン、アイス、セーラの三人です」

「………………」


「アダムはご主人さまの意思を汲み、三人を育てました。そして、集落を繁栄させることを神……すなわちご主人さまに誓ったのです」

「そっ、それは」


「アダマヒアのルーツですッ☆ このようなルーツをもつアダマヒアでは、『神のために自己を犠牲にする』ことなど、絶対にあってはならないことなのですッ☆」

 と言って、ワイズリエルはニコッと笑った。

 クーラがなにか言おうとすると、

「アダムの遺志に反しますッ☆」

 と、するどく言った。

「もちろん神の意志にも」

 そう言ってワイズリエルは、イタズラな笑みを俺にむけた。

 クーラは、しばらく口をぽかんとあけたままだった。――





 その日の午後。

 俺はクーラを連れて下界に降りた。

 ローブで顔を隠し、しかし、ちらりと見せつつ、集落で買い物などをした。

 その後、村人の視線を感じつつも、俺たちは船に乗った。

 岸から離れると、俺は突風をおこし、ローブを吹き飛ばした。

 西へと進む船で、俺はクーラを抱きしめた。

 それをアダマヒアの民は、呆然と岸から視ていた。


「協力してくれてありがとう」

「ええ……」

 俺はクーラの肩を抱き、岸を眺めた。

 クーラは俺の胸に、甘えるように頬を寄せ、岸を見た。

 青く美しい髪が風になびく。

 ここちよくそれがかおる。



「あの……。私は今まで誤解してました。そのことには謝ります。ですが」

「へっ?」

 また、なにやら面倒くさいことを言いそうだ。

 そう思ったから俺は、ぐっと肩をつかんだ。

 そうやって真っ正面からクーラを視た。

 そして、ありがとうと言って、なにもかも勢いでごまかそうとしたところで、

 ふと。

 気付いた。

「……あれ?」

「はっ」

「クーラちゃん?」

「はいっ……」


 クーラは胸もとで、ぎゅっと手を握っていた。

 その頬が紅潮し、大きく見開いた瞳には緊張があらわれていた。

 しばらくしてクーラはひとり頷くと、まっすぐ俺を見つめなおした。

 そして訊いた。


「あの……。もしかして、どこかで会ったことあります?」


 俺はつばを呑みこみ、首を振った。

「いやないよ、クーラちゃん。……でも」

「でも。こうやって見つめあうのは、初めてではないような気がします」

「……実は、俺もそう思う」

「………………」

 俺たちは見つめあったまま、しばし呆然と立ちつくした。

 しかし。

 やがてクーラは、母性に満ちたため息をつくと、笑いながら言った。



「気のせいです。だって私、こうやって男性とお話するの初めてなのですよ」

 あまり感情が顔に出ない彼女にしては珍しい、自然な笑みだった。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって23日目の創作活動■


 クーラの聖人化を防いだ。



 ……ワイズリエルに、クーラのことを冗談交じりに訊ねたら、「エッチしたら思い出すんじゃないですか」と、スケベな笑みで返された。するとクーラは真っ赤になって、しばらくすると「それは困りましたね」と、沈痛な面持ちで考えはじめた。冗談がいっさい通じないタイプらしい。




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