22日目。聖人
昨晩は、ヨウジョラエルと一緒に寝た。
クーラのことはワイズリエルにまかせた。
似たような年頃で、しかも女同士だから話しやすいだろう――との判断からだったのだが、実はヨウジョラエルが心配だったのだ。
ヨウジョラエルは、昨日起きたことをよく理解していなかった。
ただ、よくは理解していなかったけれど、なんとなく自分のせいでなにか悪いことが起こったような――そんな雰囲気は敏感に感じとっていた。
だから俺は、「大丈夫だよ、キミのせいじゃないんだよ」と、やさしく抱きしめた。ただ何も言わず、ずっと彼女のそばに居たのである。
実際問題。
よく理解していないのは、彼女だけではなかった。
神である俺や、人類の英知の結晶――20XX年のインターネット――にアクセスできるワイズリエルですら、事態をまるで理解できていない。
ちなみに、一番理解できていないのは、当事者のクーラである。……。
「おはようございますご主人さまッ☆」
「ああ、ワイズリエル。おはよう」
「おはようございます」
「ああ、クーラちゃん。おはよう」
俺がかるく手をあげると、クーラはその切れ長の美しい瞳を、すうっと細めて、ぎこちなく微笑んだ。
その世間ズレしていない笑顔と清楚な雰囲気に、俺は思わずドキっとした。
「ご主人さまッ☆ クーラさまには、とりあえず死んでいることを理解してもらいました。それと、ここで暮らすための必要最小限の知識をお伝えしておりますッ☆」
「なるほど」
「あの。……しばらくお世話になります」
クーラは、ぐいっと頭を下げた。
俺はやわらかく微笑んで、
「ゆっくり。ゆっくりでいい。ゆっくり理解していこう」
と言った。
自分たちに言い聞かせるように、言ったのだ。
「さて。昨日はバタバタしてたから、とりあえずの処置を施したんだけど」
俺はそう言って、テレビに世界を映した。
「モンスターの棲息範囲をピンクのエリアに限定した。もちろん、これはコントローラで変更・操作できる」
「さすがです、ご主人さまッ☆」
「この操作は、以後、ヨウジョラエルとワイズリエルにまかせる」
「おにいちゃん?」
「よろしく頼む」
強く言うと、ヨウジョラエルは屈託のない笑みをした。
「それで、集落なんだけど……。あの謎の光で、モンスターが綺麗サッパリなくなっちゃったんだよ。で、とりあえずクーラちゃんの遺体だけ持ち帰ったんだけど、どうするかは後で相談しようか」
「……えっ、ええ」
クーラは懸命に動揺を隠して頷いた。
無理もない。
自分の遺体をどうするか――など聞かれても、動揺するしかないだろう。
「それで今日の本題なんだけど」
と言ったら、ワイズリエルが、するどく画面を指さした。
「それでご主人さまッ☆ なんですか、この『秘密基地』というのは?」
思わず眉をゆがめると、全員に笑われた。
「この秘密基地っていうのは、まあ、別荘みたいなもんだよ。豚肉を塩漬けするためにさ、山奥に小屋を創ったんだよ」
「ふうんッ☆」
「ふ~ん?」
ワイズリエルとヨウジョラエルに、思いっきりスケベな笑みで見られた。
俺は頭をかきながら話をもとに戻した。
「で。今日の本題なんだけど、ええっと、『クーラちゃんの聖人化を防ぎたい』。このことについてワイズリエル、知恵を貸して欲しい」
「分かりました、ご主人さまッ☆」
「現在、アダムの集落には、ふたりの聖人が祭られている。ひとりはアダム、もうひとりはバインだ。俺は昨日のことから、クーラちゃんが聖人に認定されるのではと思ってる」
「なんで、おねえちゃんがセージンになっちゃダメなの~?」
「それはクーラちゃんの最期……本人を目の前にして最期というのも変だけど、とにかくその最期が問題なのだ。もし、クーラちゃんが聖人となった場合、その最期に憧れて、なにかにつけ自殺する者が現れるだろう。少なくとも、自己犠牲をよしとする気分が生まれてしまうのだ」
「それは望ましくないのですねッ☆」
「そうだ。殉教――信仰する宗教のために自らの命をささげること――のような行為を俺は好まない。少なくとも『神(俺)のため』という理由で自殺なんかしてほしくない」
「くっ」
クーラが顔色を変えた。
俺は気付かないフリをした。
この問題は、後でゆっくりと話し合っていくべきだと思ったからだ。
今は、ほかに優先すべきことがあると思ったのだ。
「ワイズリエル。聖人化を防ぐ策をさずけてくれないか?」
「分かりましたッ☆」
ワイズリエルは、すうっと目を細めた。
そしてゆっくりと話しはじめた。
「まず、アダマヒアにある宗教は、キリスト教をベースとした、ご主人さまを敬うオリジナル宗教ですッ☆ なぜならそれは、ご主人さまがアダムとイブに『中世ヨーロッパの価値観と一般常識』を授けたからですッ☆」
「その通りだ」
「では、キリスト教における『聖人認定』はどのようにして、おこなわれるのかッ☆ それは、まずはじめに聖人としてふさわしい人柄・生涯だったのかが判断されます。そして対象者が、死後、ふたつの奇跡を起こせば合格ですッ☆ 聖人として認定されるのですッ☆」
「対象者が死んだ後で、ふたつの奇跡を起こす?」
「はいッ☆ なにか不可思議な現象が起こり、その原因が対象者だと思われれば、それが奇跡と判定されますッ☆」
「思ったもん勝ちだな」
「はいッ☆」
「まいったな」
俺とワイズリエルは、同時にため息をついた。
「ご主人さまッ☆ そもそも『聖人』とは、生存中に『神の教え』を完璧に実行した人物のことですッ☆ そして、聖人を認める行為は3~4世紀が起源とされますが、現在のアダマヒアの『聖人認定』は、その時代の気分に非常に近しいですッ☆」
「ようするに、クーラちゃんはどうなんだ?」
「このままでは確実に、聖人認定されますッ☆」
「集落には、『クーラちゃんを聖人認定したい』という気分が充満しているわけだな?」
「その通りですッ☆」
「なるほど分かった。で、その対処法は?」
俺は結論を急いだ。
みんながワイズリエルに注目した。
するとワイズリエルは、
「クーラさまを、源義経にしてしまいましょうッ☆」
と言った。俺たちはいっせいに眉をひそめた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって22日目の創作活動■
モンスターを再配置した。
秘密基地を創った。
……豚肉の塩漬けを作るために、地上に秘密基地を創った。『早送り』をすれば、いつでも手軽に熟成肉を味わうことができる。




