21日目。【創世録】クーラ
早朝。俺のもとへ駆けつけたワイズリエルは、
「ご主人さまッ☆ 集落がパニックですッ☆」
と報告した。俺は訊いた。
「死傷者はあるのか?」
「今のところありませんッ☆」
「モンスターに殺傷能力はあるのか?」
「ありませんッ☆」
俺は起き上がり、大きく息を吐いた。
身支度を整えながら、ワイズリエルの話を聞いた。
「昨晩、私とヨウジョラエルは『早送り』をしながらモンスターを育てていたのですッ☆」
「ああ、夜遅くまで……というか、徹夜で遊んでただろ」
「はいッ☆」
まさにゲーム感覚でモンスターを育てていたわけだ。
「それで『早送り』をしたまま寝てしまったのですッ☆ そして目が覚めたら」
と、ちょうどその時、リビングに到着した。
そこではヨウジョラエルが、コントローラーを握って泣いていた。
ワイズリエルはそれを見て、母性に満ちたため息をついた。
そして、画面を指して言った。
「モンスターがものすごく増殖していましたッ☆」
「川より南は、集落を除いてほぼモンスターの支配下ですッ☆ 集落の人々は、騎士団が橋の北に避難させましたッ☆」
「全員、避難したのだな?」
「はいッ☆ ですが」
ですがァ? ――と、思わず声を荒げると、ヨウジョラエルが大声で泣き出した。
俺は彼女を抱き、頭をやさしく撫でた。
ワイズリエルは背中を撫でながら、声のトーンを抑えて言った。
「アイスの孫娘クーラ。彼女は村人を避難させると、橋を破壊しましたッ☆」
「なにも問題ないではないか」
「クーラは橋の南ですッ☆ 退路を断ち、集落に飛びこんだのですッ☆」
「モンスターを消去しろ」
「できませんッ☆」
「ああン?」
「コントローラーが壊れてしまったのですッ☆」
「なるほどそういうことか……」
俺はヨウジョラエルの頭を撫でながら、ため息をついた。
そして、心を落ち着けながらも素早く状況を整理した。
「もう一度訊くが、モンスターに殺傷能力はないのだな?」
「ありませんッ☆」
「よし分かった」
俺は画面を指差し、大きく息を吐いた。
まずはクーラを観ようと、彼女にズームしたのである。……――
照り輝く太陽のもと。
クーラは剣を抜いて、小走りにかけていた。
その姿を視て、俺は精巧なフィギュアを連想した。
成長したクーラは、水晶からできたような鋭い、透明な感じの娘だった。
美しすぎて整いすぎた彼女の美貌は、端整という言葉ではとても表現しきれなかった。それくらいクーラは美しく、そしてひたむきな顔をしていた。
彼女は剣を自在にあやつり、爽やかな汗を飛ばし進んでいた。
モンスターを次々と斬り倒し、盾で押しかえしては進んでいた。
目指す先は集落の中心。
クーラは、そこにあるアダムの墓を目指していた。
クーラは凛とした美少女で、剣技に優れていた。
背はやや高いが華奢で、剣と盾で武装したその姿は痛々しいのだけれども、しかし容赦なく強かった。
クーラは、男根型モンスターを次々と斬り飛ばしていった。
彼女の快進撃はとまらなかった。
――このまま放っておいても好いんじゃないか。
そう思えるくらい、安心して観ることができた。
というより、斬られる男根群を視て、俺は股間がきゅっとなった。
手で抑えて内股になるほどであった。……。
クーラはアダムの墓に着くと、墓を背にして剣を掲げた。
そして、
この聖地は絶対に穢してはならないのだ――と、彼女は高らかに宣言した。
なるほどそれは分かったが――。
現実問題として、モンスターは集落を埋めつくしていた。
雑草・穀物・農作物等をすべて食い尽くし、もそもそと緩慢な動きで、食べ物をさらに求めうごめいていた。
もちろん、アダムの墓にも向かってきた。
それをクーラはことごとく斬っていた。
クーラは健闘したが、やがて盾をはね飛ばされた。
ハッとしたクーラの左手に、触手が伸びた。
あらゆる方向から粘液がクーラに向かって飛ばされた。
しかし彼女の左手には、触手が巻きついている。
彼女は懸命に振りほどこうとしたけれど、結局、そのままぶっかけられた。
そして、粘液のかかったところの衣服は溶けた。
まっ白な肌が露わになったのだ。
「こらっ」
思わずワイズリエルを引っぱたくと、まるでコントのようなとても気持ちのいい音がした。
ワイズリエルは、恨めしそうな、だけど嬉しそうな笑みをした。
そして、これはイヤらしいですね――と、興奮して言った。
それから照れくさそうに、つけ加えた。
「ちなみに私は、女の子もイケるくちですッ☆」
思わず息を漏らすように失笑してしまった。
ただ、集落の状況はそれほど呑気なのものではなかった。
左手を縛られたクーラ。
彼女は露わになったその胸を、右手で隠し、立ちつくしていた。
そこにもう一本、触手が伸びた。
それをクーラが斬り落とすと、また別の触手が右足にからみついた。
彼女は仁王立ちのまま、捕らえられてしまった。
これはもうダメだな――と、そう思って俺は画面を指さした。
カメラをモンスターポッドの位置まで移動させ、それを視ながら直接指示を出そうとした。
つまり、すべてのモンスターを削除しようとしたのである。
が、しかし。
そのときクーラが、剣を振りおろした。
からみつく触手を斬り落とした。
右足にからみつく触手をも斬った。
そして、彼女はアダムの墓に突進した。
モンスターが墓前の供え物に這い寄っていた。
クーラはそれを阻止しようとした。
途中。
追いすがる触手をクーラは斬った。
それでもしつこくからまれると、クーラは自身の腕ごと触手を斬った。
足をも斬った。
どぼどぼと血を流し、クーラは墓前に到達した。
そして。モンスターを吹き飛ばすと、彼女は叫び、剣をかかげた。
どんっ!
と、衝撃波が彼女からはしる。
クーラは血の涙を流しつつも、絶唱した。
すさまじく清らかな彼女の声は、モンスターを萎縮させた。
彼女からほとばしる輝きに、モンスターは飛び散り、霧散した。
そして、あたりはまっ白な光につつまれた。
そのなかを、クーラの澄んだ声が響きわたった。
まるで美少年の歌う賛美歌のようだった。
やがて、まっ白な世界がもとに戻ると――。
クーラは聖女そのものといった敬虔な眼差しで、しかし仁王立ちで墓前に立っていた。そして彼女の背中からは、翼のような蒼いオーラが、ほとばしっていた。
――……俺は、唖然として彼女を見たまま、ソファーに沈み込んでしまった。
「ご主人さま?」
「違う。俺じゃない」
「あの翼のことですか?」
「そうだ」
「あの翼は、神の奇跡ではないと?」
「なにもかもだ。俺はなにもやってない」
「……なるほどッ☆」
「あれがなにか分かるか?」
「分かりませんッ☆」
「俺も分からん」
俺たちは画面を視たまま、同時にため息をついた。
やがて、ワイズリエルが画面を指さして言った。
「ご主人さまッ☆ あそこに落ちているものをご覧くださいッ☆」
「ん?」
「左手です。クーラの左手が落ちていますッ☆」
「それがどうした」
「……あそこもご覧ください。あれは彼女の右足ですッ☆」
「?」
「ところがあのクーラは五体満足ですッ☆ 左手も右足もありますッ☆」
「はァ!?」
画面を食い入るように視ると、それと同時に、
どさり――っと、クーラの胸からなにかが落ちた。
それはクーラの足もとに崩れ、そこから転がり落ちた。
仰向けになったそれは、クーラの死体だった。
「な!?」
今、目の前で起こったことを、俺はしばらく理解できなかった。
「ご主人さまッ☆ クーラはすでに死んでいます。しかし、墓を穢されたくないという強い意思をもって、霊体となっても、なお、あの場にとどまっているのですッ☆」
「………………」
「そっ、それにご主人さまッ☆ ……あの顔に、見覚えはありませんか?」
ぞっとするような声でワイズリエルが言った。
俺はクーラを視て首を振り、そしてもう一度、クーラを視た。
蒼白いオーラを噴きだすクーラは、冷然と笑っていた。
その笑みはまるで、氷の花だった。
氷のような誇りと、花のような妖艶さと――こんな麗しい女は初めて見たと、俺はうっとりし、しかし、ぞっと身の毛がよだった。
クーラの霊体は、覚悟と信念に満ちた瞳をしていた。
「ご主人さまッ☆ 霊体となった彼女の顔に、見覚えはありませんか?」
「ない」
「……そうですか。ですが、彼女をお救いくださいッ☆」
「ああ。そのつもりだけど」
と、飛びたつ準備をしながらも、俺が首をひねると、
「お救いください」
と、ワイズリエルは、低い、しかしよく響く声で言った。――
俺は集落に降り立ち、アダムの墓に向かった。
アダムの墓には、クーラが立ちつくしていた。
クーラは俺に気付くと、さっと顔色を変えた。
「もうよい」
手をあげると、クーラは俺に剣を向けた。
「護らなくとも、もうよいではないか」
抑えつけるように言うと、クーラは長いまつ毛を伏せた。
そしてゆっくりと言った。
「見知らぬ者よ……。あなたのような旅人には、この墓地の神聖さが分からないのです。ここは私たちアダマヒアの民の、ルーツにして心の拠り処。絶対に穢してはいけない場所なのです」
「………………」
たしなめるような目で俺が視ると、
「絶対に穢してはいけないのです!」
と、クーラは念を押すようにもう一度言った。
だから俺は言った。
「……おまえは死してなお、この場にとどまり、ここを護るというのか」
「なっ!?」
「……アイスの孫娘クーラよ、おまえは死んでいるのだ」
「なっ!? なにをふざけたことをっ」
「もうよい。それ以上、ここを護る必要はない」
「なっ、なにをっ!?」
「必要ないのだ」
叩きつけるように言うと、クーラは背筋を伸ばした。
表情を微細に揺れ動かしながら、冷淡な瞳で、じっと俺を見た。
そして言った。
「私はこの地を護ります。神のために護り続けるのです」
「必要ない」
「そんなことはありません」
「必要ないのだ」
「くっ、何度言っても無駄です」
「この言葉が神の言葉だとしても、おまえは従わないのか?」
そう言って俺は天を指さした。
雲は渦巻き、天候は目まぐるしく変化した。
その様子をクーラは息を止めて視ていたが、やがて、
「それでも」
と言った。
さまざまな想いを含んだ『それでも』だった。
「それでも、私は護り続けます」
それが私の信仰なのです――と、クーラはやりきれない清らかさで言った。
だから俺は、
「それが信仰だというのなら、そんなものは捨ててしまえ」
と言った。
捨ててしまえ――と言って、クーラをきつく抱きしめた。
強く抱きしめると折れてしまいそうな、そんなクーラを抱きしめたのだ。
そしてそのまま飛びたち、俺は彼女を連れ帰ったのである。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって21日目の創作活動■
クーラの生涯を見届けた――のか?
……真面目で頑固なクーラ。そんな彼女がこの後、俺たちの家で暴れたのは言うまでもない。そしてこれからの一週間、俺たちはクーラに振りまわされることになる。




