15日目。ファンタジーの宗教
――……俺は集落の『早送り』を止めると、うーんと唸ったまま、茫然としてソファーに沈み込んでしまった。
「どうしたのですか、ご主人さまッ☆」
「ああ、ワイズリエル」
「ワイズリエルの策は、良い結果を生みませんでしたか?」
「いや。今、バイン三兄妹が死んだ時点で『早送り』を止めたんだけどさ。俺たちが見据えているのはもっと先、この時点ではまだまだ結果など出ないよ。それにね、俺は現時点ではOKと思ってるんだ」
「途中経過としては充分合格なのですねッ☆」
「ああそうだ。バインは採掘に成功し集落に戻った。あの後、三人は家族愛を深め、しあわせに暮らしたのだ。俺はそのことに満足しているし、また、彼らのことをとても器の大きな人間だと尊敬もしたんだよ」
「では?」
「懸念材料がある。いや、できたのだ」
「ご主人さま、それは」
「教会ができたのだ」
「バインが採掘した塩鉱山から集落までは距離がある。だからその間に、簡易宿泊施設のようなものが自然とできた。そこまでは問題なかったのだが、バインの死後、彼の功績をたたえそれが教会となった」
「聖バイン教会ですねッ☆」
「彼はアダムについで二番目の聖人らしい。ちなみにアダムの集落は、アダマヒア -adamahia- と名付けられている」
「そこはヘブライ語由来なんですねッ☆」
めんどくさいから英語にしてくンねえかな――と言ったら、くすりと笑われた。
「それでなにが問題なのですか?」
「……俺は教会、いや、宗教にあまり好いイメージを持っていない」
「お察ししますッ☆」
「いつか暴走するんじゃないかと心配している。問題行動を起こす前に、なにか手を打っておきたいのだ」
「分かりましたッ☆」
そう言ってワイズリエルは目まぐるしく計算をした。
そして、言葉を選び選びといった感じで、ゆっくり質問をした。
「ご主人さまが創造する世界は、剣と魔法のファンタジー世界ですよね?」
「そうだ」
「そこにキリスト教あるいは別の宗教を、忠実に再現するわけでは?」
「ない」
俺が断言すると、ワイズリエルは満ち足りた笑みをした。
そして軽やかに言った。
「でしたら、参考となる資料がございますッ☆」
俺は安堵のため息をつき、彼女の話に耳を傾けた。
「剣と魔法のファンタジー世界。すなわち、ご主人さまの好きな映画や小説などの世界は、『エンターテインメント作品の世界』と言い換えることができますッ☆」
「たしかに」
「そしてッ☆ エンターテインメント作品とその作品世界が目指しているところは、以下の山田風太郎の言葉から見出せるのですッ☆」
■――・――・――・――・――
忍術小説というのは、実に便利なものでしてね、うまいことを思いついたものだ、とじぶんで感心しています。
決闘小説でも、エロチックな小説でも、SFでも、スパイ小説でも、或いはごらんのごとく豪快無双?のユーモア小説でも何でも書けます。組織の中の孤独、人間疎外、なんてしかつめらしい顔をしたものだって書けるかもしれません。
とにかく、いくらめちゃくちゃを書いても、ばかでないかぎり怒る人がいないのだから助かります。もっとも、そのめちゃくちゃが、なかなか出てこないので、実は気息奄奄としているのですが。
《山田風太郎 『逆艪試合』初出掲載時に付された「あとがき」一部抜粋》
《引用:くノ一死ににゆく 編者解題 日下三蔵》
■――・――・――・――・――
「この、『とにかく、いくらめちゃくちゃを書いても、ばかでないかぎり怒る人がいない』世界の構築が、誤解を恐れず乱暴に言えば、エンターテインメント作品の目指すべき到達点であり、ご主人さまが創造する世界のお手本ですッ☆」
「なるほど」
「そしてッ☆ そういった世界にある宗教は、実在の宗教とは似て非なるもの。教義や信念よりも、エンターテインメントを優先します。宗教的対立や暴発もエンターテインメントとしてのみ発生しますッ☆」
「教会をそこに誘導すればよいのか」
「はいッ☆」
「じゃあ、エンターテインメント作品を観て、教会から毒を抜く方法を学ぶか」
「明日からデトックスですッ☆」
「めんどくさいのはイヤだよ?」
「だったら、『アーサー王物語』が教材に最適ですッ☆」
なにやら小難しい話になりそうだ――と、思わず泣き笑いの顔をしてしまった。
するとワイズリエルは、
「では、エッチしながらお話します?」
と、イタズラな笑みをした。
俺に抱きつき、何度も噛みつくようにキスをしてから、可愛らしくウインクをキメた。
そして言った。
「ご安心くださいッ☆」
「ほんと、ゆるーい感じで頼むよ?」
ちょっと不安感をおぼえた俺は、釘をさした。
ワイズリエルは誇らしげに胸をはり、ぷるんとおっぱいを揺らした。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって15日目の創作活動■
集落の北に教会(聖バイン教会)ができた。
集落がアダマヒア -adamahia- と名付けられた。
……将来に禍根を残さないため、教会に干渉することにした。一週間かけて慎重に対策していくつもりだ。




