中世ヨーロッパ総括:フランスの絶対王制
「フランスにおける絶対王制とは――ッ☆ ブルボン朝の、身分制議会『三部会』が召集されなかった期間(1615年~1789年)が、その典型例とされますッ☆」
と、ワイズリエルは言った。
それからこうつけ加えた。
「ちなみにこの絶対王制時代は中世ではありませんッ☆ ヨーロッパは近世にあたりますッ☆」
俺が頷くと、彼女は画面にリストを映しだした。
それから言った。
「フランスの絶対王制時代のうち、有名な王族は以下の通りですッ☆」
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ブルボン朝の主要人物
●ルイ14世 太陽王(在位:1643年~1715年)
王権神授説を掲げ、絶対王制を確立。ヴェルサイユ宮殿を建設する
多数の愛妾に囲まれ贅沢な宮廷生活を送った
●ルイ16世 フランス人の王(在位:1774年~1792年)
フランス最後の絶対君主にして、フランス最初の立憲君主
革命広場(現コンコルド広場)にてギロチンで斬首刑
●マリー・アントワネット ルイ16世の妻
神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア女大公マリア・テレジアの娘
ヴェルサイユ宮殿の離宮『プチ・トリアノン』を与えられた。ギロチンで斬首刑
■――・――・――・――・――
「太陽王ルイ14世は、王権神授説によって、教会の力を超越した王ですッ☆」
「ようするに彼は、これからは『神から、教会を経由して、王冠を授かる』のではないのだと宣言。フランス国王が『神から、直接、王冠を授かる』ことの正当性を主張した。そのことによって、教会の権力を無力化したわけだ」
「その通りですッ☆ このことによって国王は、世俗貴族だけでなく聖界貴族も抑えつけましたッ☆ そして、ようやく三身分……聖職者、貴族、平民のトップに君臨したのですッ☆」
「ああ、以前抱いていた王様のイメージにようやくなったって感じだ」
「ご主人さまッ☆ RPGなど多くのファンタジー作品の王のモデルは、おそらくこの太陽王ルイ14世ですッ☆ というのも、絶対的な権力を持ち、美しい宮殿で贅沢な暮らしをして、しかもたくさんの『愛妾』をもっているからですッ☆」
「愛妾?」
「正妻以外の奥様ッ☆ いわゆる第二夫人です。ただし、フランスはキリスト教圏ですので『一夫一婦制』、彼女たちは正式な妻ではありませんッ☆ 」
「だから愛妾か」
「公然の秘密、隠すつもりはなかったみたいですけどねッ☆ というのも、ルイ14世は絶対王制の王ですから、愛妾をもつことが、教会よりも上の存在であることのアピールになるわけですッ☆」
「教会の決めたルールを平然と破ることが、なによりのアピールだったわけだ」
「さすがです、ご主人さまッ☆」
と言って、ワイズリエルはウインクをした。
それからこう言った。
「ルイ14世は在位期間が長く、さまざまな功績を残しましたッ☆ 『ヴェルサイユ宮殿』の建設はそのうちのひとつで、この宮殿は政治犯を収容した『バスティーユ牢獄』と並び、フランス絶対王制を代表する建築物となっていますッ☆」
「ヴェルサイユ宮殿は、1682年にルイ14世が建てた宮殿(建設当初は離宮)で、パリの南西22キロに位置しますッ☆ 敷地面積はおよそ1000ヘクタール、だいたい中央区と同じ大きさですッ☆ ちなみに山手線内側の面積は、6300ヘクタール、これは1840年以降のパリ城壁の内側とほぼ同じ面積ですッ☆」
「大きいな。で、パリから南西22キロの位置っていうと?」
「21世紀の日本ですと、皇居から神奈川県の生麦――川崎と横浜のちょうど中間くらい――が22キロですねッ☆」
「なるほどそれくらいの距離なのね」
そんなところに国王は住んでいたわけだ。
「この宮殿は、王の住居として有名ですが、もちろんそれだけではありませんッ☆ 数千人の貴族や高級官僚がここに集まって政治をおこないましたし、ここで働く従者の数はおよそ2万人と言われてますッ☆」
「なにしろ中央区の大きさだからな」
ちなみに中央区の定住人口は13万人。
2万人が住みこみで働いていても、おかしくはない。
「宮殿の建設には2万5千人が従事しました。そして噴水庭園の建設には3万6千人が従事しましたッ☆ この見事なバロック建築は、絶対王制の象徴であると同時に、王家の浪費の象徴のようにとらえられていますッ☆ が、王国の財政が破綻寸前だったのは、この宮殿建築だけが原因ではありません。戦争によってですッ☆」
「ああ、300年くらい戦争してたからな」
「トドメをさされたのは、1778年のアメリカ独立戦争参戦(~1783年)とイギリスの産業革命ですねッ☆ ただ、フランス革命の後の時代から見た場合、このヴェルサイユ宮殿は、財政ひっ迫の分かりやすいアイコンではありましたッ☆」
「21世紀の感覚で見ても、すごいからなあ」
特に、水のないところに強引に水を引っぱって噴水をつくるとか。
おまえは神か――って感じである。
まあ、神になった俺が、そういうツッコミを入れるのもどうかと思うのだけれども。
「ほかにも分かりやすいアイコンとして、マリー・アントワネットがよく槍玉にあげられますッ☆」
「なにしろ、神聖ローマ皇帝とオーストリア女大公の娘、そしてフランス国王の妻だからな」
王族のなかの王族である。
「彼女には不名誉な記録が多くありますッ☆」
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない――とか」
「はいッ☆ ですが、近年は資料の精査がおこなわれ、この発言も、ねつ造であることが周知されるようになりましたッ☆」
「あっ、ああ、そっ、そうだよね、あはははは」
そうか、ねつ造だったのか。
「では、なぜここまで分かりやすいアイコンが必要とされたのかッ☆ それは、フランス革命が『分かりにくい』革命だったからですッ☆」
「分かりにくいからこそ、分かりやすいアイコンが必要だったのか」
「その通りですッ☆ 1789年のフランス革命は『平民が貴族と聖職者を倒した』という単純なものではありませんッ☆ たとえば革命のきっかけとなったのは貴族の反乱ですし、ルイ16世のギロチン処刑によって一応の決着はつくものの、その後がグダグダですッ☆」
「恐怖政治をしいたんだっけ?」
「さすがです、ご主人さまッ☆ ルイ16世が死んだ後、フランスは大混乱に陥ります。そしてこの混乱は、ナポレオンが独裁政権をとるまで続くのですッ☆ ちなみにナポレオンが失脚すると、今度はなんと、ブルボン家が王政復古を果たしますッ☆ そして王がブルジョワびいきの政治を行うのですッ☆」
「当初は王を倒すための革命だったはずだが、なにがなんだか分からないな」
ただの利権争いに見えてしまうのは、さすがに品性がいやしいか。
「ちなみにルイ16世を処刑した後、ローマにも攻め入ってますッ☆」
「ターゲットはローマ教皇か?」
「はいッ☆ 1797年、フランス軍は教皇領を占領し教皇に退位を迫りますッ☆ しかし教皇はそれを拒否、結局、事実上の捕虜としてフランス各地をたらいまわしにされます。そして死んでしまいますッ☆」
「そこら辺もグダグダな印象を受けてしまうな」
「ローマ教皇を軍事力でねじ伏せ捕虜にするのは、すごいことなんですけどねッ☆」
すごいというか、メチャクチャである。
「さて、まとめますとッ☆ 王政復古の後の王『ルイ・フィリップ』が、1848年の二月革命で倒れることによって、ついに王政の時代は終わりますッ☆ このグダグダな幕引きによって、フランスはいわゆる『剣と魔法のファンタジー世界』からは、かけ離れた近代的な国家となるのですッ☆ ですがこのフランス革命にも素晴らしい成果物がありますッ☆」
「それは?」
「自由・平等・友愛――近代市民主義の諸原理ですッ☆ この21世紀まで深く浸透している理念は、逆に言うと、それ以前の世界では『常識ではなかった』ものなのですッ☆」
「自由・平等・友愛という――倫理的なスローガン」
それが王政時代には、常識として浸透していなかった。
そしてこのスローガンのもとに人々は結束し、革命をおこすエネルギーが生まれたのだ。
「このことをふまえると、『剣と魔法のファンタジー世界』が、よりイメージしやすくなるかもしれませんねッ☆」
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■神となって知り得た事実■
フランス王政の終焉までを学んだ。
……『剣と魔法のファンタジー世界』創造の参考になるのは、フランス革命以前、太陽王ルイ14世の治世までだろう。ただ、フランス革命で噴出した各層からの不満とその対処法からは学ぶところが多い。