中世ヨーロッパ総括:フランスの歴史
「それではフランスの歴史をはじめますッ☆」
と言って、ワイズリエルがやってきた。
タイトなミニスカにブラウス、エロメガネ。
指示棒を持った女教師スタイル。
その姿を見て俺は、ああ、いつもこうやって教えてもらったよな――と、懐かしい気持ちになった。
「まず、初めに中世と近世のフランスを大ざっぱに説明しますッ☆ ちなみに、中世・近世に明確な区切りはありません。ですから今回は、世俗王権の統治形態にスポットを当て、フランク王国の成立からフランス革命までをひとまとめにしますッ☆」
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フランスの中世近世史
●中世前期 500年~1000年
ゲルマン人の一派であるフランク人がやってきて定住
クローヴィスがフランク人の諸族を統一。フランク王国が成立
●中世盛期 1000年~1300年
十字軍により西欧が拡大、世俗王権と教皇権が争う時代
フィリップ2世を皮切りに、優秀な王が王の権力を強めてゆく
●中世後期 1300年~1500年
百年戦争の争乱を経て、絶対王制にむかいはじめる時代
1348年、黒死病の流行。1493年、コロンブス新大陸発見
●近世 1500年~1789年
ブルボン朝による絶対王制の完成。騎兵用短銃と三銃士の時代
1682年、ヴェルサイユ宮殿。1789年、フランス革命
備考:1827年、イギリスで蒸気自動車の定期バス運行
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「では、さっそく中世前期についてですが――ッ☆ そもそもフランスのある場所、西ヨーロッパは、ローマ人にガリアと呼ばれていましたッ☆ このガリアにはケルト人が住んでいたようですが、詳細はよく分かりません。というのも、ローマの将軍カエサルが征服したのは、紀元前50年代、資料が古すぎるからですッ☆」
「いわゆる『ガリア戦記』だな」
「さすがです、ご主人さまッ☆ この遠征によって、西ヨーロッパにはローマ風の都市などが作られました。が、ローマ帝国の崩壊によって無秩序な状態になりますッ☆」
「いわゆる無政府状態、マッドマックスや北斗の拳の世界だな」
「はいッ☆ そこにゲルマン人の一派、フランク人がやってきますッ☆ そしてクローヴィスが、フランク人の諸族を統一するのですッ☆」
「それがフランク王国か」
「さすがです、ご主人さまッ☆ クローヴィスが初代国王となったのは481年ッ☆ 508年には、首都をパリとしましたッ☆」
「なるほど、それがフランスのもとになったのか」
「その通りですッ☆ このフランク王国は、ローマ帝国の没落によって、西ヨーロッパで最大の国力をもつこととなりますッ☆ が、フランク王国は王が退位すると、領土を息子たちに分割して与える習慣がありましたッ☆ そのせいもあって、分割&対立&再統一を繰り返していきますッ☆」
「弱体化していくのか」
「はいッ☆ ただ、もともとが強すぎるので、それほど弱くはなりませんでしたッ☆ ちなみに、最終的には三分割で決着します。それが現在のフランス、ドイツ、イタリアの原型となりますッ☆」
「分割してその国力か。たしかにデカイな」
「この中世前期のフランスは、兄弟が平等に領地を譲り受けたせいもあって、国王の権威と権力がとても弱いのが特徴ですッ☆」
「諸侯のなかに兄弟がいるし、同じくらいの国力・領地をもらえばそうなるよな」
「一般的に、お兄ちゃんはおっとりしていて弟や妹に尊敬されませんし、弟は負けず嫌いで上昇志向が強いですからねッ☆」
「ははは、たしかに。で、そういった兄弟たちによる統治が500年間続いたのが中世前期なわけだ」
「そうですねッ☆ ローマ帝国崩壊による無政府状態から、フランク人による統治を経て、フランク王国は子孫に領土を分割譲与しながら、この地を治めていくのですッ☆」
「ん? じゃあ、キリスト教は?」
「キリスト教もこのときからですねッ☆ 初代国王クローヴィスが王妃の影響でキリスト教に改宗、ガリア (フランス)での布教活動に貢献していますッ☆ ちなみに、世俗王権はフランク人、聖界貴族(キリスト教)はローマ人、被支配階級はケルト人、それがルーツだという考えかたもできますッ☆」
「すげえ昔の話だけどな」
「日本人のルーツは縄文人と弥生人――みたいな話、深刻な話ではないですッ☆」
「なるほどな。ようするにこの頃の国王は、教会と諸侯(兄弟)に圧迫され絶対的な権力をふるえなかった」
「イメージとしては、この頃の国王は『生徒会長』、諸侯は生徒ですッ☆ つまり、国王は肩書きと多少の権力はありますが、本質的には諸侯と対等なのですッ☆」
「生徒会長も生徒だもんな」
「はいッ☆ そしてキリスト教の司教は校長先生だといえますッ☆ まあ、その背後に巨大な権威、ローマ教皇がいるのですがッ☆」
「あはは、なんだか気の毒になってきた」
と、まるで他人事のように言うと、ワイズリエルはイタズラな笑みをした。
そして、バチッとウインクをしてからこう言った。
「この時代はまだ穏やかですッ☆ 国王が聖界貴族に苦しめられるのは中世盛期ですッ☆」
「中世盛期に話を進めます――ッ☆ さて、クローヴィス以降、王権はどんどん弱くなり、パリ周辺にしか影響を与えることができなくなりましたッ☆ こうなるともう、国王といえど、ほかの領主となんら変わりがありませんッ☆」
「まあ、そこまで弱いヤツに、従うヤツもいないだろうな」
「その通りですッ☆ しかし、フィリップ2世(1165年~1223年)を皮切りに、優秀な王が次々と王の権力を強めていきます。そして領土を回復してゆくのですッ☆」
「レーン制、上訴制、バイイ制などを利用して領主を抑えこんだんだよな」
「さすがです、ご主人さまッ☆」
※著者注:【第4幕 魔槍の騎士と鉄血の王妃】で考察してます。
「このことによって国王はようやく、王侯貴族のトップになりましたッ☆ イメージとしては都道府県知事のなかから一人、たとえば東京都知事が総理大臣になったような感じでしょうかッ☆」
「なるほど。で、内閣に相当する機関、国王直属の高級官僚による国王家政会議――クリアレギス――が、創設されたのもこの頃だっけ?」
「さすがです、ご主人さまッ☆ ちなみにこの頃から上層都市民の取り上げも行われています。これは、21世紀のイメージでいうところの巨大企業、三菱・トヨタ・東芝といったナショナルクライアント、その創始者だと考えると後々理解が楽になりますッ☆」
「なるほどね。ブルジョワって、たしか国王の権力を高めるために取り上げたんだよね」
俺が呟くようにそう言うと、ワイズリエルは満面の笑みをした。
「国王は諸侯を従え権力を高めましたッ☆ ですが、それで最高最大の権力者になったかと言えばそうではありませんでしたッ☆」
「キリスト教会か?」
「その通りですッ☆ いわゆる中世ヨーロッパは、二元論による統治の世界。王は世俗貴族のトップですが、それと同等あるいはそれ以上の権力者として、聖界貴族のトップ『ローマ教皇』が存在しましたッ☆ そしてこの時代のローマ教皇は、とてもパワフルでしたッ☆」
「政治に口出しするのか?」
「もちろんッ☆ というより、積極的に国王の権力を奪い取ろうとしましたッ☆」
「そこまで?」
「お隣のイギリス、ジョン王などは一度破門されていますッ☆ このキリスト教 (カトリック)の浸透した西ヨーロッパ社会で教会に破門されるというのは、21世紀の感覚ではとても理解できないほど強烈ですッ☆」
「教会が、結婚と葬儀、王の戴冠と騎士の叙任までやってるんだっけ?」
「はいッ☆ ちなみに教会のトップ、この時代のローマ教皇は、21世紀日本の感覚でいうと、天皇陛下が最高裁判所長官を兼ね、しかも積極的に政治に口出しをする――というイメージですねッ☆」
「そっ、それはっ」
と、俺は言って、さすがに唇をむすんだが、あと言おうとした言葉は言わなくとも伝わった。中世盛期の国王にとってローマ教皇は、さぞ、けむたい存在だったろう。
「というわけで中世盛期のフランスをまとめますとッ☆ 国王は王侯貴族のトップに君臨し、ローマ教皇以下キリスト教会と熾烈な権力争いを繰り広げていたッ☆ それと同時に十字軍も行われ、西ヨーロッパは拡大したッ☆」
「それって、聖界貴族と戦うために、世俗貴族たちが結束した。教会と権力争いをするために、諸侯が国王を持ち上げた――とも言えるかな?」
「その側面はあると思いますッ☆ 教会に破門されるのは国王だけではありません、世俗貴族も国王同様に頭を抑えつけられていましたからねッ☆」
「なるほど、そういう時代背景だったのだな」
俺はゆっくりと考えをまとめながら、ソファーに沈み込んだ。
しばらくするとワイズリエルが言った。
「では、中世後期についてですが――ッ☆ これは近世とまとめて一気にやってしまいます。というのも中世と近世の区切りは明確なものがなく、また絶対王制の確立までを大きな流れとして一気にとらえたほうが、理解しやすいからですッ☆」
「なるほど了解した」
「ありがとうございますッ☆ で、中世後期ですが、これは戦争に明け暮れた時代だと乱暴に言ってもいいかもしれませんッ☆」
ワイズリエルはそう言ってテレビに年表をだした。
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中世後期(1300年~1500年)と近世(1500年~1789年)のフランス
1337年~1453年 百年戦争
1455年~1485年 薔薇戦争
1494年~1559年 イタリア戦争
1562年~1598年 ユグノー戦争
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「ずっと戦争やってるじゃねえか」
「はいッ☆」
「というより、戦争してない年のほうが少ないだろ」
思わず声に笑いが混じってしまった。
するとワイズリエルが補足説明をしはじめた。
「基本的にこの時代の戦争は、一部の例外を除きダラダラとしたものですが、それでも長すぎますねッ☆ ちなみに百年戦争は、カトリック教会における聖人『ジャンヌ・ダルク(1412年~1431年)』が有名ですねッ☆」
「『オルレアンの乙女』だな」
「さすがです、ご主人さまッ☆ それで薔薇戦争とイタリア戦争は複雑なので割愛しますがッ☆」
「うん、ややこしいのはいいよ」
「ありがとうございますッ☆ ユグノー戦争は、これはフランス国内のカトリックとプロテスタントが40年近くにわたり戦った内戦ですッ☆」
「キリスト教徒同士が戦ったのか?」
「その通りですッ☆ ですが、宗教の話は複雑になりますのでこれ以上は触れませんッ☆ ここでは、フランス国王が絶対王制に向かうバックボーンとして、そのような宗教的対立、内戦があったことだけを知っておいてくださいッ☆」
「了解っ」
「ちなみに、この戦争に明け暮れた時代に、西ヨーロッパは大きな転換期を迎えますッ☆ 1348年、黒死病の流行。1493年、コロンブスによる新大陸の発見。そして、1542年の騎兵用短銃の発明ですッ☆」
「ああ、大航海時代と、銃の台頭、騎士の時代の終焉か」
「そうですねッ☆ この頃から戦闘の主力は徐々に剣と槍から銃に移り変わります。そのことによって貴族、すなわち騎士の優位性が損なわれていくのですッ☆」
「被支配階層出身の雑兵でも、貴族出身の騎士とほぼ同等の戦働きができるからな」
「その通りですッ☆ そして、この頃から時代区分は中世後期から近世へと変わりますッ☆ ちなみに、『三銃士』は1610年~1643年が舞台ですが、タイトルが『三騎士』ではなく『三銃士』となっていることに注目ですッ☆ 作中では剣によるバトルばかりが目立ちますが、もともとこの『銃士』とは、マスケット銃を装備した乗馬歩兵のことですッ☆」
「ああ、そういう時代背景なのか」
俺はぼんやり呟いた。
するとワイズリエルはバチッとウインクをした。
それから中世終期と近世の要点をまとめた。
「というわけでッ☆ この時代は大転換期、戦争の主力が剣から銃になることによって、貴族と農民がほぼ同等の戦闘力で戦うようになりましたッ☆ 黒死病の流行によって従来の医療が疑問視され、新大陸の発見により、さまざまな常識がくつがえりましたッ☆ そして神に救いを求めようとしても、カトリックとプロテスタントが内戦を繰り広げていましたッ☆」
「カオスだな」
「しかも、中世盛期ですこし触れたブルジョワジーですが、彼らはさらに巨大な富を築き、王侯貴族にプレッシャーをかけるようになっていましたッ☆ ちなみにブルジョワジーは被支配階層の出身です、それが世俗貴族と聖界貴族に圧力をかけるようになったのですッ☆」
「下克上の時代だな」
「その通りですねッ☆ 国王の権力は弱まりませんでしたが、しかし、新興勢力の発言力が強まった時代だったのですッ☆」
「で、そういった状況下で、ずっと戦争をしていたわけか」
「その通りですッ☆ 中世終期以降、フランスはずっと戦争をしてきましたッ☆ その間、相変わらずローマ教皇は政治に圧力をかけてきます、実力をつけた被支配階層のギルドがやはり政治に口を出してきます、そして優位性を失った世俗貴族は騎士道を生み出し現実逃避しました、あるいは被支配階層に当たり散らしましたッ☆ もちろん例外はありましたが、しかし、みなが好き勝手なことをバラバラに主張していた時代ではありましたッ☆」
「なにしろキリスト教がふたつに別れて内戦しているくらいだからな」
神に救いを求めようとも、その神の子らがケンカしている。
中世終期・近世のフランスはそういう時代だったのである。
「この戦禍は、ユグノー戦争が終わる1598年まで続きましたッ☆ そういった大きな流れのなか、1615年、フランスは絶対王制となるのですッ☆」
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■神となって知り得た事実■
フランスの歴史を知った。
……もちろんこれはフランスの王位継承者の立場を分かりやすくするために、情報を取捨選択したものである。
※ 華美な脚色や誇張、ウソのないよう資料は精査しましたが、ゆるーい感じでお読みいただけると嬉しいです。




