主要人物
「都市の名前に注目しなさいよ」
と、マリは言った。
俺たちは、川上と川下の新しい都市を見た。
「ハーフェンとダムデュラックか」
「まず、ハーフェンなのだけど、これはドイツ語で『港』という意味よ。だからアダマヒア王国の港町の名称としては、問題ないと言えるわね」
「アイン、ツヴァイ、ドライ……言われてみればアダマヒアの連中は、ドイツ語っぽい名前が多い」
「そう。それで問題となるのは、川下の都市『ダムデュラック』よ」
マリはゲスな笑みでそう言った。
即座にワイズリエルが解説を加えた。
「ダムデュラックは『ダーム・デュ・ラック ( Dame du Lac )』のこと。アーサー王伝説の登場人物『湖の貴婦人』のことですねッ☆」
「王国は、きっとこの名前を許さないわよ」
「なんで?」
「水上都市に『湖の貴婦人』という名前をつけるのは、いっけん問題なさそうに思われますが、しかし今回のケースは別ですッ☆ ここでいう『湖』は、明らかに『黒き沼』のことッ☆ そして『貴婦人』とは、国を捨てた『魔法使い』のことを差していますッ☆」
「あはは、その通り。ちなみに、沼・湖・沢・池に明確な区分はないわ。だから黒き沼のことを湖と言ってもいいし、沢や池と表現してもおかしくはない。タイミングからみて、命名者の意図は明らか、ダムデュラックは『黒き沼の魔法使い』を差してるわ」
「じゃあ、魔法使いを連想させる名前を、新たな都市につけたってこと?」
「そう。で、このことによって戦争は回避される。あはは、地上界にも賢い子がいるわ」
「ザヴィレッジの若き領主フランツ。彼が『ダムデュラック』の命名者ですッ☆」
「ん? それは分かったが、なんでそれで戦争が回避されるんだ?」
俺は首をかしげた。
するとマリがニヤニヤしながら言った。
「ザヴィレッジという巨大都市の領主が、アダマヒアと異なる言語体系の名前を新都市につけた。それだけでも反抗的なのに、それが魔法使いにラブコールを送るような名前だった。これは考えようによっては、ザヴィレッジが魔法使いと手を組んで、アダマヒア王国に敵対したように受け取られてしまう」
「あー、そっか」
「しかも、ザヴィレッジは豊かな都市。地の利もあるし、魔法使いと共同戦線を張ればアダマヒアと良い勝負ができる。できてしまうのよ」
「ああン? じゃあ、やっぱり戦争になるじゃんか」
俺は思わず声を荒げた。
するとマリが、ぴしゃりと言った。
「ならないわ。もし本気で戦争をする気なら、逆にさとられないようにするはずよ。だからこれは牽制よ。魔法使いが黒き沼に入るまでの時間稼ぎ、アダマヒア王国をザヴィレッジに釘付けにするための政治的なポーズなのよ」
「うーん」
なんだか小難しい話になってきた。
「難しくないわよ。王国も騎士団もね、本心では、魔法使いを攻撃したくないの。攻撃を中止する口実を欲していたのよ。そう思っているところに、ザヴィレッジの領主が口実を提供した。そう。これはそれだけの話。ちなみに、城門の女騎士も同じよ」
「え?」
「だって、あの女騎士が強力な魔法使いだとしてもよ? その気になれば城門なんか簡単に突破できるじゃないのよ。それなのにダラダラと足止めされている。これはもう、騎士団があの女騎士を口実に追撃の手をゆるめたとしか考えられないわ」
「それって?」
「みな、魔法使いに同情的なのですッ☆」
ワイズリエルが真剣な顔をして言った。
マリとクーラが大きく頷いた。
「ご主人さまッ☆ この魔法使いにまつわる問題はとても難しいのです。特に、いつ自分が魔法使いになるか分からない地上界の人間にとっては、ひどく身近で致命的で、かつ繊細な問題なのですッ☆」
「ああ」
「現実問題として――ッ☆ アダマヒアの民は、激しく魔法使いを迫害する一方で、またそれと同じくらい、激しい同情を魔法使いに寄せていますッ☆ アダマヒアの民は、法と秩序、理性と道徳、感情のはざまで揺れ動いているのですッ☆」
「うーん」
俺は唸ったままソファーに沈み込んだ。
それからしばらくの後、努めて朗らかに言った。
「俺たちにできることは?」
するとマリが即座に答えた。
「現状確認ね」
俺たちは大きく頷いた。
「まずは主要な人物を把握しましょう。現在のアダマヒア王族は以下の通りよ」
■――・――・――・――・――
アダマヒア王国の王位継承権をもつ者
▼現在の王位継承者
鉄血王妃 アナスタチカ 夫:微笑王 フュンフ2世
▼直系
第1王女 アンジェリーチカ 魔法使い(失踪)
婚約者:テンショウ 魔法使い(失踪)
第2王女 イモーチカ 幼女
婚約者:未定
▼傍系
第1公子 エルフ ???
第3公子 ドライツェン 嫌・魔法使い派
第4公子 フィルツェン ???
第5公子 フュンフツェン ???
第6公子 ゼクス 親・魔法使い派(男装の麗人)
第7公子 ズィーベン 親・魔法使い派
▼死亡
第2公子 ツヴェルフ
第8公子 アハト
■――・――・――・――・――
「このうち第1王女とその婚約者が黒き沼に行ってしまったわ」
「もしかして、あの金髪と黒髪か」
「その通りですッ☆ ちなみにデモニオンヒルを包囲していた騎士団の司令官は、第7公子のズィーベンですねッ☆」
「親・魔法使い派とあるが?」
「彼と第6公子のゼクスは、魔法使いに同情的と言えますッ☆ 彼らは、おおっぴらな援助こそしていませんが、魔法使いに対して差別感情や嫌悪感を持っていないのですッ☆」
「ちなみに言うまでもないけれど、ザヴィレッジの領主フランツも親・魔法使い派ね」
「なるほど。で、第3公子が嫌・魔法使い派なのか」
「一説によると、デモニオンヒルに黒死病を持ち込んだのは、このドライツェンだと言われていますッ☆ その真意はともかくとして、彼は魔法使いに対しての嫌悪感をあらわにしています。公言しているのですッ☆」
「はあ」
「そして王族以外のキーパーソンは以下の通りね」
■――・――・――・――・――
アダマヒア世界の主要人物
フランツ・フォン・ザヴィレッジ 親・魔法使い派
ザヴィレッジの領主、ハーフェンとダムデュラックを建設
グウィネヴィア 魔法使い
魔槍の魔法使い、レオリック家の一人娘で騎乗戦闘のエキスパート
レオリック子爵 親・魔法使い派
(ヘンリー・ザ・ヴァイカウント・レオリック)
王直属の高級官僚、王国第一の豪商でもある
リチャード 親・魔法使い派
レオリック家の従者、実は騎乗戦闘のエキスパート
パルティア 魔法使い
魔力を吸い取る魔法使い、女盗賊、騎乗・弓の名手
教会関係者
アダマヒア王国聖バイン教会:司教・騎士団総長
ザヴィレッジ:教区司祭・教区総長
デモニオンヒル:教区司祭・教区総長
黒き沼に消えた魔法使い
アンジェリーチカ第1王女、テンショウ、フランポワン、緒菜穂、メチャシコ、マコ、ガングロほかデモニオンヒルに住むほぼすべての魔法使い
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「次は都市を中心として考えてみるわね」
■――・――・――・――・――
アダマヒア王国領の都市とそこに住むキーパーソン
▼アダマヒア王国
王位継承者:鉄血王妃 アナスタチカ
微笑王 フュンフ2世
第2王女 イモーチカ
第1公子 エルフ
第3公子 ドライツェン
第4公子 フィルツェン
第5公子 フュンフツェン
レオリック子爵&リチャード
▼リオアンチョ
領主未定
第7公子 ズィーベン
▼ハーフェン
領主未定
▼ザヴィレッジ
領主:フランツ・フォン・ザヴィレッジ
パルティア
▼穂村
領主なし、事実上の領主は長老
▼城塞都市デモニオンヒル
領主不在
第6公子 ゼクス
グウィネヴィア
▼水上都市ダムデュラック
領主未定
▼黒き沼の遺跡ノクトゥルノ
アンジェリーチカ第1王女、テンショウ、フランポワン、緒菜穂、メチャシコ、マコ、ガングロほかデモニオンヒルに住むほぼすべての魔法使い
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「とりあえず現状の理解はこんなところね。王国としては、失踪した魔法使いよりも、まずは次世代の王位継承者、そして新都市の領主を決めたいはずよ」
「ええっと、王位継承者は第2王女のイモーチカとその婚約者。それで領主のいない都市は、リオアンチョ、ハーフェン、デモニオンヒル、ダムデュラックの4つ……って結構あるのな」
「あらギリギリじゃない。王侯貴族が不足しているわ。これはもしかしたら楽できるかもしれないわね」
「は?」
「アダマヒア王国は人材不足よ。これ以上、都市の建設をしても領主となる人物がいない、統治できないの。だから今後はきっと開拓や領土拡大には消極的になるはずよ」
マリはゲス顔でそう言った。
俺は呆れながらも、創世する手間が省けたことに、安堵したのだった。――
――・――・――・――・――・――・――
■神となって知り得た事実■
アダマヒア王国は人材不足である。
……後で思い出したかのように、「だったら下層から抜擢するんじゃない」と言うと、マリは「それもそうね」とまるで他人事のように言った。もし抜擢したとしても大勢に影響はないようだ。




