ネクスト・エイジ
仕事をブン投げたはいいけど、どうにもヒマだった。
というわけで、俺はしばらく地上界を旅していたのだった。――
土がにおう。草がにおう。樹がにおう。――そして、雲までがにおう。
しかし、人間のにおいはない。
地上界もこのあたりまで入ると、人外境だった。
地上界に下りて一ヶ月は経ったと思う。
俺とミカン、そしてヨウジョラエルは、アダマヒアの西部、黒き沼の霧のなかにいた。このエリアは、神の力を無効化する霧が立ちこめている。天空界からなかの様子が分からない。だから調査にやって来たのだが……と、それは言い訳で、実は神の力を無効化するエリアじゃないとモンスターが弱すぎて、まったく冒険した気になれなかったからだ。
「つっても、カミサマ。たしかに神の力は無効化するかもしンねえけど、魔法の機械は使えるぞ?」
「ああ、そうみたいだね」
「霧が発生してから、すげえ時間経ってるからな。成分とか変わってるかもな」
「たしか一〇〇年くらい経ってるんだっけ?」
「そんなかあ。でも、この霧って無くなんないのな」
「しつこいよな」
「まったくだよな」
などとミカンと超ゆるい感じで話していたら、ヨウジョラエルが袖を引いた。
「おにいちゃんお」
指さした先を見ると、そこには幌馬車が数台。
それを中心とした賑やかな集団がいた。
しかも、こちらに向かってきた。
俺とミカンは目と目を逢わすと頷いた。
それからカマレオネスの皮をばさりとかぶった。
透明となり接触をさけたのである。
「攻撃的な集団には見えないけれど、念のため隠れよう」
「了解。ヨウジョラエルは、あたしが抱きかかえてやンよ」
「ありがと。こんな僻地に来るなんて変だけど、まあ、調べるのは天空界に戻ってからでいいか」
「そうだな。つーか、こんなとこにいるのは、あたしたちのほうがよっぽど不自然だろ」
「それもそうだった」
俺は大らかに笑った。
なにしろ超ラフな格好の俺と、ミニスカ着物の美女ミカン。
そしてガチの幼女ヨウジョラエル。
まるでドラッグストアに買い物に来た親子のようだ。
そんな3人が、こんなモンスターが跋扈する危険地帯をぷらぷらするのはありえない。しかも、俺たちはまったく武装していない。いや、ほんとに近所のコンビニに出かけるようなラフな格好なのだった。
「しかし、あっちも軽装だよな」
「ああ。先頭に女騎士がいるけど、チェイン・メイルは着ていない。あの娘以外もみんな普段着のようだ」
「騎士っつーか、貴族みたいな感じだな。すげえ偉そうな服を着てる」
「たしかに。貴族が帯剣してるって感じか」
「あっちの黒髪は日本刀だな」
「ああ。あの黒髪ボブと金髪ポニーテールがリーダーのようだな」
「なあ、カミサマ。あんた、黒髪のほうがタイプだろ?」
「へっ!?」
「だって黒髪はスレンダーで胸がない。女にしては背が高い。顔は髪で隠れてよく見えねえけど、きっと可愛い系じゃない、美人系だ」
「金髪の娘も美人系だしスレンダーで背も高いぞ」
「でも、乳がでかい」
「はあ」
「カミサマは、おっぱい小さいほうが好きだろ」
ミカンはドヤ顔で断定した。それから誇らしげに胸を張った。
すると、ばいんと、その生意気な胸が揺れた。
俺は困り顔で頭をかいた。
断定されても困る。
まあ、たしかにクーラとマリは微乳だし、俺が彼女たちを好きなのは事実だけれど、でも、ワイズリエルとミカンのおっぱいはデカイのだ。
ただ、デカイといってもたぶんCカップくらい。
美少女アニメの集団だと、真ん中くらい、普通な乳である。
それでも充分大きいとは思うのだけれども。……。
で。
すこし話がそれたけど。
それはさておき、話をもとに戻すと、俺たちは集団を眺めながら霧を出た。
「あっちは霧に入るようだぞ」
「いよいよあやしいな」
「ああ、モンスターを倒しに行くようには見えねえな」
「なんというか、引っ越しするみたいだ」
「そうそう。非戦闘員がいる。というより、非戦闘員ばかりにみえるな」
「たしかに。若いのもいるけれど、オバチャンや子供が多い」
「それに女ばかりだ」
「ほんとだ」
俺とミカンは同時に首をひねった。
するとヨウジョラエルが俺たちをマネて首をかしげた。
「まあ、いいか。とにかく帰ろうぜ」
「そうだな」
「そうだお」
俺とミカン、ヨウジョラエルは、ゆるーい感じで決定すると。
テキトーな感じにジャンプして天空界に戻ったのだった。――
天空界に戻ると、そこは大騒動となった。
「ご主人さまッ☆ ご主人さまッ☆ ご主人さまッ☆」
「カミサマさん! なにをやっていたんですか!!」
ワイズリエルとクーラが家から飛びだしてきた。
それから俺の手を引っぱり、リビングに連れ込んだ。
俺を無理やりソファーに座らせた。
そして、ぴとっと横に座ると、ふたりは一斉に言った。
「イレギュラーですッ☆」「大変なんです!」
「うん」
俺はそう言って両手をあげた。
ワイズリエルを指さして、それから飲み物を人数分出した。
そして言った。
「まず、ワイズリエルから。それを聞きながら落ち着こうか」
ワイズリエルは大きく頷いた。
クーラはその切れ長の瞳を細め、それから頷いた。
ミカンはヨウジョラエルを連れてお風呂に向かった。
俺が頷くと、ワイズリエルは言った。
「ご主人さまが先ほど見た集団は、デモニオンヒルの魔法使いですッ☆」
「ああ。だから女ばかりだったんだ」
「先頭の黒髪ボブは男ですよッ☆ で、それはともかくテレビをご覧くださいッ☆」
「城塞都市デモニオンヒルは、魔法使いの隔離施設ッ☆ 巨大な収容所なのですが、そこの魔法使いがほぼ全員、出ていってしまいましたッ☆」
「はあ? それが俺たちの見た集団なのか?」
「はいッ☆ ご主人さまが旅立たれた後、デモニオンヒルの領主は魔法使いとなりましたッ☆ それで、その領主が第一王女――彼女も魔法使いです――と数人の仲間とともに国を捨てたのです。そして、黒き沼に向かったのですがッ☆」
「ほかの魔法使いたちもついてきた」
「その通りですッ☆」
「って、今、さらっと言ったけれど『国を捨てた』って!?」
「爵位や勲章などすべて返上し、アダマヒア王国と決別したのですッ☆ ちなみに第一王女も一緒ですッ☆」
「うーん。よく分からんが、とにかく非常事態だな。王国は何をやってるんだ」
「王国は騎士団を派遣し城塞都市を包囲していましたッ☆ というより、城塞都市で黒死病が発生し、その緊急信号を受けて包囲しに向かったのですッ☆ そして黒死病の危機が去ったそのとき、領主たちが国を捨てたのですッ☆」
「対応に不満を持ったのか」
ぼそりと言うと、ワイズリエルとクーラは寂しげに頷いた。
俺は、ふと沸いた疑問をぶつけた。
「それじゃ、包囲のなかをあの集団は逃げてきたのか?」
「彼女たちは魔法使いですッ☆ 軽装ではありますが戦闘力は高いのですッ☆」
「それもそうか。しかし」
「はいッ☆ 騎士団は追撃しようとしました。しかし、食料がつきかけていましたし、また疲弊もしていたのですッ☆」
「それでも」
あのガチの体育会系。アメフト選手のようなアダマヒアの騎士団が、そんなへたれた断念のしかたをするとは思えない。そう思って口を尖らせていると、クーラが言った。
「定石としては、まずデモニオンヒルを占領することが最優先でした。それから追撃をしても十分追いつけるのです。それに、城を出たばかりの魔法使いたちに攻撃を加えるのは悪手です。緊張していて士気が高いからです」
「それじゃ今、城にいるんだ?」
というより、一晩城に泊まったとしても追撃が間に合う頃だろう。
デモニオンヒルから黒い霧までは、幌馬車で2泊3日くらいの距離だからだ。
「カミサマさん、グウィネヴィアをおぼえていますか?」
「ああ、魔槍の騎士。レオリック家の一人娘だよね」
「ええ。彼女は魔法使いとしてデモニオンヒルに収監されていたのですが、領主たちが去るとき、ひとり残ったのです」
「えっ? いわゆるシンガリってやつ!? それとも降伏?」
「いえ。彼女はひとり、馬に乗り魔槍を構え、城門に立ちふさがりました。城塞都市に騎士団が入るのを阻止したのです」
「はあ!?」
そんな、武蔵坊弁慶や三国志の張飛やじゃあるまいし。
というより、そんなことをあの娘にさせるなよ。
そんな仕事を押しつけるなよ。
領主はいったい何を考えているんだ。
俺はものすごく不愉快になった。
「いえ、ご主人さまッ☆ グウィネヴィアが勝手にやったのです、領主やほかの魔法使いに何の相談もなく、ひとりでやったことなのですッ☆」
「えっ?」
「グウィネヴィアは大富豪の家に生まれ、才能にも恵まれた、いわゆる天才、しかも一人娘ですッ☆ 何をするにしても説明不足なところがあります。彼女には『言わなくても分かるでしょ?』といった甘えがあるのですッ☆ ですから、領主たちはグウィネヴィアが騎士と敵対したことを知りません。騎士団の入城を防いだことを知らないのですッ☆」
「それじゃあ」
「彼女は、たったひとり、なんの支援もなくデモニオンヒルの城門を守りきりましたッ☆ そして見事、魔法使いへの追撃を阻止したのですッ☆」
「……で、グウィネヴィアはどうなった」
俺はそう言って、ソファーに深く沈み込んだ。
すると、クーラが母性に満ちたため息をついた。
それから、じとっとした目で俺を責めるように言った。
「無事ですよ。ですが、カミサマさん。私たちになにか言うことはありませんか?」
「はい?」
「騎士たちが一斉に矢を放ちました。それでも一本もグウィネヴィアにあたらなかったのです」
「ははは、それは凄いな」
「ええ。まるで『神の奇跡』を見るようでした」
そう言って、クーラは青く美しい髪を耳にかけた。
それから切れ長の瞳をすっと細めた。
永遠に感じられる時間がすぎた。
マゾにはたまらないご褒美な時間だった。
で。
俺は頭をかきながら白状した。
「彼女が収監されたとき、モンスターからデモニオンヒルを守ったそのときに、俺は彼女に『祝福』を与えた。グウィネヴィアが幸せになるよう、ほんの少しの手助けをしてあげたいと思ったんだよ」
「そんなことがあったのですね」
クーラとワイズリエルが、呆れたって感じの声を漏らした。
俺は、まるでイタズラを見つかった子供のような顔をして、しかし、堂々と言った。
「心の美しい者、人を疑わない者がしあわせをつかむ世界――そんな世界を目標に、俺は今までずっと創世をしてきた。彼女に『祝福』を与えたことを、俺はあやまちだとは思ってない」
俺が開き直ってそう言うと、ふたりは母性に満ちたため息をついた。
「で、グウィネヴィアは結局どうなった?」
「どうにもなりませんッ☆ 騎士団を城門に釘付けにしたままですッ☆」
「んー? でも、話によると2日くらい経ってるんだろう?」
「そこは大らかな膠着状態ですねッ☆ 両者とも、ちゃんと食事も睡眠も取ってますッ☆」
「グウィネヴィアは元・騎士です。そこら辺のコンセンサスはとれているようです」
「ああ、まさに中世ヨーロッパな大らかな戦闘状態というわけか」
「アダマヒアは自殺を禁じてますッ☆ 戦うにしてもルールを作っておかないと、陰惨な皆殺し、殺戮の場になってしまうのですッ☆」
「なるほど」
俺は深く頷いた。
と、そのとき。
マリが、だぼだぼのシャツ一枚、だらしない格好でやってきた。
そして言った。
「ああ、おかえりなさい。ちょうど、あなたでブッコ抜いてきたところよ」
いきなりマリは下品なことを言った。
俺は苦笑いをしつつ、ソファーを勧めた。
するとマリは根性の悪い笑みをした。
それから棒読みな感じでこう言った。
「あー、自らの肉体を慰めてきたわあ。初めのうちは、あなたが地上界で遊んでいるのを視ながら慰めていたのだけれど、最近は衣類の臭いをかぎながら、イマジネーションしながら慰めているのよ。ええ、だってなかなか帰ってこないのだもの。ずっと放置プレイされていたのだもの。もう普通の慰めかたでは無理なのよ。無理になってしまったのよ。ああ、しかも近頃は昼夜関係なく体が夜泣きを」
「こらっ」
俺がツッコミを入れると、マリは嬉しそうな顔をした。
そしてテレビを観ながら俺のひざに腰掛けた。
卓上にあったコントローラを掴んだ。
それから彼女は地上界を早送りしながらこう言った。
「まあ、イレギュラーな事態だけど大丈夫。魔法使いは無視していいわ。新しい都市の名前を見なさい、これで魔法使いとの戦争は回避されるわよ」
――・――・――・――・――・――・――
■神となって知り得た事実■
魔法使いたちが黒き沼に移ってしまった。
……まったくフリーダムな連中である。




