城
ソファーで、ぼんやりしていたらクーラがやってきた。
クーラは、すっと俺の横に座り、アダマヒアをテレビに映した。
その切れ長の美しい目を細め、流し目を送ってきた。
俺が思わず身構えると、彼女は母性に満ちたため息をついた。
そして言った。
「あの、そんなに私って恐いですか?」
「えっ、いや、その」
俺がぎこちない笑みをすると、クーラは、くすりと笑った。
青く美しい髪を耳にかけて、それから言った。
「もう、しっかりしてください。カミサマさんは、神なのですからね」
「はあ」
「地下迷宮の創造がストップしてますよ」
「ああ、そうだ。やらないと」
「もう」
「いや、ごめんごめん。それでどうしようか」
というより、どこまで進んだんだっけ。
「地下迷宮の入口を城塞都市の城門のようにしました。それで今日からは内部を造りこんでいくのです。と、その前にカミサマさん。私は、この内部構造を『お城』を参考に創造すれば良いんじゃないかって思うんです」
「城を参考に?」
「はい。というのも、そもそも『お城』の目的は、防衛なのです。長期間籠城するために『お城』は作られているのです」
「ああ、だったら地下迷宮で時間稼ぎをしたい俺たちにとっては」
良い教材だ。
「じゃあ、クーラ。なにか参考になる城はあるのか?」
「ええ、ちょうどよいお城があるのですよ」
そう言ってクーラは、カメラを操作した。アダマヒア上空からザヴィレッジへ、そしてザヴィレッジの領主城へとズームしていった。
「このザヴィレッジの領主城を例に学んでいきましょう」
「ああ……って、今、ザヴィレッジってこんなになってるのか」
「ふふっ。私たちが降りた後、地上界は200年くらい経ってますからね」
「そんなになるのか」
あの、ゆるーい感じに創った村が、こんなに立派に発展してる。
俺はテレビを観ながら満ち足りたため息をついた。
「それで、カミサマさん。このザヴィレッジは、典型的な中世ヨーロッパの城壁都市のかたちをしているのですが、ひとつだけ注意することがあります」
「それは?」
「この城壁都市は、北からの攻撃に弱いです。が、それは政治的な理由によって、ワザと北面を弱くしているからです」
「ああ、たしかに北の城壁からは領主城がすぐだね。しかも、北の城壁は森が間近にある」
「その通りです。これは、北にあるアダマヒア王国に対して、『決して歯向かいませんよ』という政治的なアピールなのです。さらにいうと、もし何者かに占領されたとしても、アダマヒア王国がすぐに奪い返せるよう設計されているのです。このザヴィレッジは、そういう配慮もあってこのような形状となっているのです」
「なるほどなあ」
「ただ。そのこと以外は中世ヨーロッパのお城と変わりませんので、はじめに攻城ルートをざっくりと、次に城壁や門などの構成要素を順を追って説明しますね」
「うん」
「このザヴィレッジ領主城に攻め入るには、城壁を破壊し乗り越えるか、または南にある正門から突入します。が、いずれにせよ最終的な目標は天守塔……ベルクフリートです」
「そこに領主は籠城するんだな?」
「その通りです。ですから南の正門から突入した場合は、橋を渡り、第2の門を通過し、東からぐるっと庭園を通って天守塔を目指すこととなります」
「ああ、なんとなくイメージできた」
俺がそう言って微笑むと、クーラは嬉しそうに目を細めた。
それから構成要素の説明をはじめた。
「まず領主城を囲む城壁ですが、これは城壁都市のなかにあるということもあり、通常は5メートル程度の高さです。ですが、ザヴィレッジの場合は外側城壁とつながっていますので、外側城壁と同じ高さになっています」
「じゃあ、典型的な領主城に比べて高いんだ」
「その通りです。ザヴィレッジの外側城壁は10メートル。これはフランスの城塞都市カルカソンヌや、アダマヒアのデモニオンヒルの15メートルと比べて低いのですが、中世ヨーロッパのなかでは標準よりやや高めだと言えます」
「なるほど。10メートルはビルの3階、15メートルは5階くらいの高さだね」
ちなみに10メートルの高さから落下すると、時速50キロで地面に衝突する。
時速50キロの車に撥ねられたのと同等のダメージを受けることになる。
「城壁の厚さは、中世ヨーロッパに関して言えば1~5メートルとバラバラです。これは城壁都市がもともと古代ローマの要塞をベースに作られているからです」
「500年から1000年ほど昔の遺跡を使っているからか」
「はい。そこに増築、改築を繰り返して中世ヨーロッパの城はできているのです」
「なるほど、石壁なら何年経っても朽ちることはない。もちろん整備は必要だけど」
「ええ。そこは木造建築との大きな違いですね。ちなみに城壁の厚さは、攻城兵器の破壊力に比例すると言われています。ですから、築城された時代によって厚みが違うのです」
「なるほどね。それでザヴィレッジの城壁の厚さはどれくらいなんだ?」
「およそ3.5メートル。これは、ローマのアウレリアヌス城壁と同じ厚さですね」
「アウレリアヌス城壁って、たしかコンクリートでできてたような」
「さすがですカミサマさん。アウレリアヌス城壁は確かにコンクリートをレンガでおおってますね。一方、ザヴィレッジは石壁のようですね」
そう言ってクーラは城壁にズームした。
ザヴィレッジの高さ10メートル、厚さ3.5メートルの石壁が映し出された。
「次に門と橋、掘ですが、これは以前カルカソンヌの項で説明したので簡単に説明します。この正門のなかに橋・掘、そして第2の門というスタイルは、領主城の造りとしてはオーソドックス、よく見られるかたちです」
「正門を突破したら細い橋を通るしかない。そこを一騎ずつ渡っているうちに、門塔と第2の門からの一斉射撃を受ける」
「その通りです。そしてザヴィレッジの場合は第2の門の手前に跳ね橋があるのですが、これは通常は領主城のなかには作りません。都市の外、しかも城壁の外側、正門の外に作るのです」
「ん? ということは、この領主城は城壁を突破されることを想定して作ったのか?」
「あるいは村人の反乱を想定して、ですね」
「うーん」
と、俺は唸りながら、深くソファーに沈み込んだ。
たしかにザヴィレッジにはギルドがあって、ガラの悪い連中が多い。
それは俺がそういう村になるよう仕向けたからだが、しかし、だからといって反乱や暴動を警戒した領主城にするというのも寂しい話じゃないか。
「ええ。だから、カミサマさん。この領主城は城壁のなかに堀と跳ね橋を造っているのです。村民から見えないように」
「ああ、それで」
俺は呆れたのか感心したのかよく分からないため息をついた。
するとクーラは穏やかな笑みをした。
華奢な肩をそっと俺に寄せた。
そして言った。
「第2の門を突破すると、いよいよ領主城に入ります。眼前に現れるのは領主邸、そして領主宮ですが、ただ、籠城の際にこれらの建物は使われません」
「ええっと、住居なんだっけ?」
「はい。ちなみにこの『領主邸』と『領主宮』は造語です。一般には、居館……パレス、またはパラスと呼ばれます」
「パレスって、ああ、宮殿のことか」
「その通りです。居館は領主が暮らす場所、そして諸侯を招集し会議をする場所です。それだけでなく来賓の宿泊施設だったりと、様々な機能を持っています」
「それがザヴィレッジでは、ふたつに別れてるのか」
「ええ。でも、それはこのザヴィレッジに限ったことではないのです。プライベートな宮殿と、公的な邸宅を別々に建てるケースは珍しくありませんでした」
「それで領主の住むところを『領主宮』、会議が行われるところを『領主邸』と呼ぶのか」
「この地上界、アダマヒア世界ではですが」
そう言ってクーラは、穏やかに微笑んだ。
俺は彼女を、ぐっと抱き寄せた。
クーラは俺の手を握り、くすりと笑い、それから説明を続けた。
「この後、天守塔に向かう道は、領主邸・領主宮の内部や外側の狭い道を通るか、あるいは庭園を進むしかありません。ただ、邸宅を進むのは非常に危険なので、選択肢からは除外します」
「バリーケードを作るのも待ち伏せも容易だからな」
「その通りです。ですので、庭園を説明しますね」
「うん」
「中世ヨーロッパの領主城の東側には、庭園がよく造られました。一般的には、花や薬草を育てていましたが、それだけでなく食糧なども栽培してました」
「実利も兼ねているんだな」
「その通りです。しかも庭園は、侵入経路を狭くするという役割も果たしています」
「なるほど。たとえ花がヒザの高さだったとしても邪魔になる。武装した兵は、ひとりずつしか通れないし、もう少し高い植物を植えれば馬も通れない」
「はい。見晴らしがいいのにも関わらず、通行を制限されてしまうのです」
「そこを弓で狙うのか」
「その通りです。ザヴィレッジの領主城にも、庭園を狙い撃つように側塔が設置されています」
「なるほどなあ」
などと言いながら、俺はクーラの腰まわりをさわっていた。
クーラは、俺の手をぎゅっと握り懸命に声のふるえを抑えていた。
心ここにあらずといった感じで、しきりに説明をしようとした。
が。
しばらくすると、クーラは頬を桜色に染めて、くやしそうな顔をして、俺の胸もとをぎゅっとつかんで、そして言った。
「門塔と天守塔については、明日にしましょう」
クーラは俺の胸に、ほっぺたを当て、やがて上目遣いで俺を見るのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■神になって知り得た事実■
領主城について詳しくなった。
……あらゆるところが、ひとりずつしか通れないようにできている。タワーディフェンス系のゲームをイメージすると分かりやすい。あんな感じで、ひとりひとり撃退するのだろう。