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11日目。【創世録】グウィネヴィア

 ソファーでぼんやりしていたのだけれども、誰も来なかった。

 というわけで、今日はひとりでアダマヒアの様子を観ることにした……――。





 グウィネヴィアは、レオリック家に生まれた。

 レオリック家は交易商であり、また、王国で五指に入る大富豪でもあった。

 レオリック家は、アダマヒアと穂村との交易で財を成した上層都市民……いわゆるブルジョワ (ブルジョワジーの単数形)だった。


 グウィネヴィアが生まれた頃には、レオリック家は王国内に大邸宅を構えていた。

 だからグウィネヴィアは、この大邸宅で育った。


 何をやっても人並み以上にできる娘だった。


 美しさも人並み以上、いや、ネコのような愛くるしい瞳と整った面立ちは、後に傾城の美女となるだろうことを予感させた。

 10代になると、その予感は確信へと変わった。


 グウィネヴィアは、同年代のどの女の子よりも美しかった。

 すらりとして身長もほどよく高かった。

 運動神経もよく、勉強もよくできた。

 歌が上手かった。神の教えもよく理解した。

 馬もよく乗りこなした。騎士の規範、法の精神もよく理解した。

 そしてなにより、グウィネヴィアは理解が早かった。

 何をやらせても、あっという間に人並み以上にできるのようになったのだ。


 このことに彼女の父は驚き、喜び、そして大きな期待を寄せた。

 もちろんグウィネヴィア本人も、この特質に気づいている。

 それに気づきながら育っていった。


 十代半ばとなると、どことなく他人を見下したような雰囲気となった。

 彼女は、決して他人を見下してはいなかったが、しかし、自分が普通にできることを何でみんなはできないんだろう――とは、いつも思っていた。

 それが自然と態度に出ていたのかもしれないし、あるいは整った顔が冷たい印象を与えていたのかもしれない。

 そのことが、グウィネヴィアを悩ませた。

 感情をストレートに表現できない娘になった。

 そして疑い深い性格になっていった。――



 ある日のことだった。

 グウィネヴィアが教会から家に帰ると、庭の片隅で若い男が懸命に棒切れを振っていた。

 明敏なグウィネヴィアは、それが騎士の剣技だとすぐに分かった。

 グウィネヴィアは、気まぐれで男に訊いてみた。

 やはり騎士の修行だった。


 男は、騎士になりたいのだと言った。

 今はレオリック家で下働きをしているが、教会で生活できるだけのお金が貯まったら、聖バイン教会の門を叩くのだと、彼は瞳を輝かせて言った。

 だからそれまでに空いた時間を見つけ、剣の修行をしているのだという。

 この男は、聖エイジとは、まるで違った。


 グウィネヴィアは、聖エイジの――無一文同然で飛び込んだという――逸話を知っていたから、男の慎重さと生真面目さに失笑した。

 これは、とても聖人になれる器ではないなと思った。

 すこし刺激を与えてやろうと思った。

 十代半ばの娘が、である。


「ちょっとお、私にも棒を渡しなさいよ」


 そう言ってグウィネヴィアは、棒を手に取った。

 男に棒を向けた。棒を交えた。

 見よう見まねで騎士の剣術をやってみた。

 あっという間だった。

 グウィネヴィアは、男に勝ってしまった。

 負けた男は呆然自失した。

 勝ったグウィネヴィアも驚き言葉を失った。



 翌日。

 グウィネヴィアは、庭で男をつかまえた。

 グウィネヴィアはスケイル・メイルを着こんでいた。

 頭部を完全に覆ったバケツのようなフルヘルムをかぶっていた。

 そして、聖バイン騎士団が練習で使っている盾と剣を持っていた。


「お父さんに頼んで、借りて来たのよ。これであなたも思いっきり私を打てるでしょ?」


 男は、しばらく口をぽかんとあけたままだった。

 やがて男は慌てて剣と盾を手に取った。

 どういう気まぐれだか分からんがこれはチャンスだ――と、男は思った。

 顔と態度に表れた。

 グウィネヴィアは、それが手に取るように分かった。

 失笑した。

 そして剣と剣をあわせた。

 あっという間だった。

 グウィネヴィアは、また、男に勝ってしまった。

 負けた男は呆然自失した。

 勝ったグウィネヴィアも驚き言葉を失った。


「…………」

 しばらくするとグウィネヴィアの心に、母性のようなものが芽生えた。

 彼を鍛えてあげなくちゃ――と、思った。

 しかし、その使命感はすぐに霧散した。

 グウィネヴィアは、剣技を工夫するのが楽しくなってしまった。

 そのうち馬に乗って剣や槍を扱うようになった。それはひどく難しかった。

 しかし、だからこそグウィネヴィアは没頭した。

 そして彼女の情熱は、男を置き去りにした。

 ちなみに、この男はリチャードといった。――



 それからしばらくの後。

 グウィネヴィアは、父に訊かれた。


「騎士の修行は楽しいか?」

 グウィネヴィアは頷いた。

 父は続けて訊いた。


「騎士になりたいか?」

 グウィネヴィアは喜びに目を見開いて、そして頷いた。

 すると父はギラリとした目で笑い、ゆっくりと頷いた。

 この笑顔は、壮年男性特有の童心に返った笑みである。

 しかし、グウィネヴィアにはそれが分からなかった。

 野心に満ちた下品な笑みだと思った。


 またお父さんは、権力や金儲けのためになにか企んでいるのね――と、思った。

 そのことに私を利用するのね、私が騎士になることはお父さんが出世するために必要なのね――と、グウィネヴィアは思った。

 断定した。

 そして自嘲気味に笑いつつ、しかし、ちゃっかり騎士になった。


 グウィネヴィアは父を軽蔑しつつ、父の力添えで騎士になった。

 ちなみにリチャードは、相変わらずレオリック家で下働きをやっている。――




 聖バイン教会に入ってからも、グウィネヴィアは優秀だった。

 彼女は、王国から集められたたくさんの秀才のなかでも、突出していた。

 あっという間に神の教えを理解した。実践した。

 そして騎士の剣技もあっという間に習得した。

 女性のなかでは一番強かった。男性でも彼女に勝てる者はごくわずかだった。

 しかし、彼女が注目されたのはそのことではなかった。


 グウィネヴィアは、騎乗戦闘を発明しつつあった。

 これは馬に乗って槍で戦うという、21世紀の人間からしてみれば見慣れた戦闘スタイルだったが、しかし、アダマヒア王国では誰一人として実践したことのないスタイルでもあった。

 聖バインの騎士は、馬で移動するが、馬から降りて戦っていた。

 なかには馬上で弓を射る者もいたが、戦闘が長引くとやはり馬から降りて戦った。


 それだけ騎乗戦闘は難しいものだった。

 子供の頃から馬に乗りなれていないと、まず無理だった。

 しかし、グウィネヴィアにはその経験があり、また、騎乗戦闘への興味と関心があった。

 グウィネヴィアは騎士になる前から、騎乗戦闘をリチャードと模索していた。

 ただ。

 リチャードからしてみれば、この馬に乗って槍を振りまわすという曲芸じみた行為が、騎士になるために役に立つとは到底思えず、彼女に無理やりつき合わされているという気分が最後までぬぐいきれなかった。……。



 それからしばらくすると、グウィネヴィアは風の便りで父のことを聞いた。

 父は、法服貴族になることを断ったという。

 法服貴族とは、王直属の高級官僚のことである。

 この立身出世の最終到達点ともいうべきポストを、父は断った。

 グウィネヴィアは、はじめ耳を疑った。


「法服貴族となり、ヴァイカウントの称号を得るためには、聖界とのつながりがあってはならない。だから、娘を聖バイン教会から家に戻しなさい」


 これが法服貴族となる条件だった。

 それを父は断ったのだ。

 グウィネヴィアに騎士を続けさせてやりたい――と、父は言ったらしい。

 というより。

 父は、こうなることを分かっていて、グウィネヴィアを騎士にしたのだった。



「まさか、お父さん……」

 グウィネヴィアは、このときすべてを理解した。


「お父さんが私を騎士にしたのは、野心でもなんでもなく、ただ、愛情からのことだった」

 しかも滅私の愛。

 いや、それどころではない。

 父は自らの夢を諦め、犠牲にして、そしてそれを一切口にせず、娘を騎士にしたのだ。

 グウィネヴィアを、とてつもない感動が襲った。

 そして父に疑いの目を向け、断定し、侮蔑(ぶべつ)したことを後悔した。

 自身の(あさ)ましい心を恥じた。

 あのときの下劣(げれつ)(いや)しい根性を、グウィネヴィアは恥じた。

 ()(あらた)めた。



 そしてこの日から、グウィネヴィアには高潔な精神が宿った。

 父の愛情が、神のどんな教えよりも彼女の心をふるわせたのだった。



 その後、グウィネヴィアはどんどん出世した。

 騎士としてはもちろん、修道士としても彼女は高く評価された。

 そして、デモニオンヒルの教会に2年間勤めることを言い渡された。

 この赴任は、騎士団総長、あるいは司教になるための出世街道と言われていた。


 だからというわけではないが、グウィネヴィアは快諾した。

 すぐに出立した。

 このとき、デモニオンヒルは建設から12年が経っていた。――




 1年が過ぎた。

 デモニオンヒルでの生活は、聖バイン教会での生活とそれほど変わりはなかった。

 教会は新しく住み心地がよかった。

 デモニオンヒルに収容されている魔法使いたちは、みなおとなしかった。

 というより、穏やかな笑みをしていた。

 そして文化的で豊かな生活を送っていた。

 収容されているとは言うけれど、その実情は、生活エリアを限定される代わりに手厚い生活保護を受けているという――そんな暮らしぶりだった。


 実際、魔法使いたちは今の生活に満足していた。

 魔法を封じるネクタイを締められてはいたけれど、しかし、彼女たちは魔法を病気だと思っていたから、そのことに不満を持つ者はいなかった。

 だから、グウィネヴィアは暴動などに遭遇することもなく、ただ粛々と教会での任期を過ごしていた。

 魔法使いに対しては、悪感情を抱かなかったが、しかし、友好関係も作らなかった。そのことはデモニオンヒルに勤める騎士に求められた態度だったし、そもそもグウィネヴィアは、誰に対してもそのように接していた。

 が。

 そんな日常のなか。

 突然そして唐突に、グウィネヴィアは変調をきたした。


 朝の祈祷の後だった。

 彼女は魔力に目覚めた。

 グウィネヴィアは突然、魔法使いになったのだ。



「これは!?」

 手から伸びる植物を見て、グウィネヴィアは呆然とした。

 しかしすぐに気を取り戻し、観察し、理解した。

 そして、デモニオンヒル教区司祭に報告した。


「グウィネヴィアよ……」

 司祭は、苦悶に満ちた表情で、くちびるをふるわせた。

 何度も神に祈りをささげた。

 数分にも数時間にも感じるときがすぎた。

 司祭は天を仰ぎ(ゆる)しを請うた、そしてようやく言った。



「グウィネヴィアよ。そのことは秘しなさい」

「えっ?」


「魔力に目覚めたことは、誰にも言ってはなりません。そのことを秘して、今まで通り、いや、今まで以上に働くのです。そしてここでの任期を終えて、騎士団総長となるのです」

「それはしかし」


「グウィネヴィアよ。おまえの騎乗戦闘は、必ずやアダマヒア王国を照らす光となる。おまえが総長となり、騎乗戦闘を完成させることによって、騎士団はモンスター棲息エリアに深く食い込めるようになる。広く開拓することができるのです」

「でも、司祭さま?」


「秘しなさい。神の与えた試練です。おまえが今、魔法使いだと告白し教会から退けば、アダマヒアの発展は100年は遅れます」

 そう言って、司祭はひざまづいた。

 目をつぶり、天を仰ぎ、祈祷をはじめた。


「………………」

 グウィネヴィアが退室すると、司祭は己の目をつぶした。

 良心の呵責からくる自傷行為だった。

 翌日。グウィネヴィアは、司祭の失明を知った。

 魔法使いであることは黙すしかなかった。――




 数ヶ月が過ぎた。

 グウィネヴィアは、魔法使いであることを秘し、騎士であり続けた。

 そのことを司祭は喜び、また、グウィネヴィアの心痛に同情を寄せた。

 この城塞都市での任期も残りわずかだった。


 そんな城塞都市に、モンスターが乱入した。

 グリフォという、ワシとライオンが合体したようなモンスターだった。

 それが城壁を飛び越えて、デモニオンヒルの中央広場に頭から滑り込んだのだ。

 落下してきたと、いっていい。


「なんだこの化け物はッ!?」

 デモニオンヒルは大騒動となった。

 グリフォも驚き暴れまわった。

 魔法使いたちは逃げ惑い、騎士たちは防衛に当たった。

 しかし。


 ――グリフォは、魔法でしか倒せないモンスターだった。


 このことを知った修道士たちは、絶句した。

 たちまち騎士に伝えられた。

 デモニオンヒルには、たくさんの魔法使いがいた。

 なかには戦闘向きの魔法を持つ者もいたが、しかし、ネクタイで魔力を封じられていた。

 そのネクタイを外せるものが、このデモニオンヒルにはいなかった。

 騎士長と司祭は話し合った。

 そこにグウィネヴィアが入っていった。

 彼女は、自分が魔法でグリフォを倒します――と、進言した。

 しかし、司祭と騎士長は、別のことを言った。



「グウィネヴィアよ。ザヴィレッジに応援を求めに行くのだ。おまえなら、騎乗したままモンスターと戦闘できる。モンスターの群れに遭遇しても、すばやく突破できる」

「ええっ!?」

 グウィネヴィアは、目を見開いて十代の頃のような声をあげた。

 慌てて口を押さえると、司祭と騎士長は厳かに頷いた。

 そして言った。


「グウィネヴィアよ、これは神の与えた試練だ。今こそ、おまえの信仰が試されるのだ」

「バっ、バカなっ」

 と、グウィネヴィアは言って、さすがに唇をむすんだ。

 司祭と騎士長は、たしなめるような目で、ゆっくり首を振った。

 そして馬が用意され、突破の準備が整えられた。


 グウィネヴィアは騎乗し、教会から遠くザヴィレッジ門を見すえた。

 その途中には、中央広場があった。

 グリフォはそこで暴れていた。

 逃げ惑う魔法使いをクチバシでつまみ、放り投げていた。

 あるいは家屋を突き破っては、やはり魔法使いを放り投げていた。


 それを見てグウィネヴィアは、沈痛な面持ちになった。

 しかし、覚悟を決めると馬を励ました。

 そして、ザヴィレッジに向けて全力で疾駆した。



「グウィネヴィア!」「グウィネヴィアさま!」「グウィネヴィア!」

 湧き上がる歓声のなか、グウィネヴィアは疾駆した。

 途中、負傷した者、亡骸となった者を通り過ぎた。

 グウィネヴィアを乗せた馬は、中央広場を突き抜けた。

 その姿を、グリフォが発見した。

 グリフォは、咥えていた魔法使いを吐き捨てると、グウィネヴィアに突進した。

 それをグウィネヴィアは避けた。

 すばらしい乗馬技術だった。

 しかし、グリフォはたたみかけるように攻撃してきた。

 グウィネヴィアはそれをすべてかわしたが、しかし、ザヴィレッジ門からは遠のいた。


「グウィネヴィアさま!」

 魔法使いたちがグリフォとグウィネヴィアの間に、立ちふさがった。

 それを見た騎士たちが盾を構えて突進した。

 たちまちグリフォは追いやられ、ザヴィレッジ門への道が一瞬開けた。


「頼んだぞ!」

 グウィネヴィアはザヴィレッジ門へ疾駆した。

 背後からは、魔法使いの悲鳴と、騎士のうめきが聞こえた。

 バキバキとなにかが破壊される音がした。

 グウィネヴィアは歯を食いしばった。

 ザヴィレッジ門へ疾駆した。

 そして吊り橋が眼前に迫ったところで、グウィネヴィアは我に返った。


 手綱を引いて、振り返った。

 馬は後ろ足で立ち、仰け反り、いなないた。

 そしてグウィネヴィアは。

 デモニオンヒルの皆が見守る前で、魔法によって槍を創り出した。

 それを高らかと天に向けて、こう言った。



「見殺しにすることが神の与えた試練だというのなら、そんなものはクソ喰らえよ」



 グウィネヴィアにとって、生まれて初めて口にした汚い言葉だった。

 しかし、生まれて初めて口にした、ストレートな感情表現でもあった。

 そしてなにより心からの言葉だった。


 グウィネヴィアは、魔槍を構え、馬を反転させた。

 突進した。グリフォを一撃のもとに倒した。


「グウィネヴィアさま!」

「………………」

 グウィネヴィアは、魔法使いとしてデモニオンヒルに収監された。

 魔法使いたちは、彼女を敬意をもって温かく迎え入れた。

 グウィネヴィアは、穏やかな笑みでそれに応えた。――



 その後。

 グウィネヴィアと父親との間にどういったやり取りがあったのかは分からない。

 ただ、父親は王直属の高級官僚となり、レオリック子爵となった。

 彼はグウィネヴィアが忌むべき魔法使いとなった後も、愛情を注ぎ続けた。


 そして彼は、魔法使いへの差別感情が根強く残る王都アダマヒアで、娘が魔法使いになったこと、魔槍でデモニオンヒルを救ったことを、誇りに思い続けた。

 それを王侯貴族の前で、声高らかに公言し続けたのである。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって3ヶ月と11日目の創作活動■


 グウィネヴィアを青春を観た。



 ……ちなみにリチャードは、相変わらずレオリック家で下働きをやっているようだ。


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