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9日目。1200年頃の人口

 ソファーでぼんやりしていたら、

「よお!」

 と、後ろから声がした。

 それと同時に抱きつかれた。

 するりと、背もたれを乗り越え滑りこんできた。

 さらさらとしたセミロングの美女だった。

 ネコのような大きなつり目を細めていた。

 ミカンだった。



「どうしたの急に?」

「今日は、あたしだ」

「は?」

「今日は、あたしとベンキョーするンだって」

「はあ、はい」

 あまりにも唐突だったので、思わず声に笑いが混じってしまった。

 するとミカンは顔を近づけて、


「ああン?」

 と、しゃくるような声をあげた。

 キスしちゃうんじゃないかってくらい顔が接近した。

 俺は懸命に笑いをこらえつつ、彼女の肩を抱いた。

 なだめつつサイドテーブルに飲み物を創った。

 それを手渡しながら訊いた。


「それは()いけど、みんなは?」

 するとミカンは眉をあげて、あっけらかんと言った。


「エッチの準備体操なんだってさ」

「はあ? というか、またあ!?」

「今日はクーラも一緒らしいぜ?」

「へっ!?」

 と、思わずおかしな声が出てしまった。

 それをミカンは、ふふんと鼻で笑った。




「って、まあ()いや。それで今日はなにを勉強するの?」

「人口だ。中世ヨーロッパの人数がどれくらいかをふたりでベンキョーしろだってさ」

「人数……街の規模か」

「そうそう。それでこれを渡されたんだけどさ」

 そう言って、ミカンは紙を広げた。


■――・――・――・――・――

1200年頃の人口


●西ヨーロッパ

 ロンドン 40,000

 リスボン 15,000

 セビリア 150,000

 マルセイユ 20,000

 オルレアン 27,000

 パリ 110,000

 ローマ 35,000

 ピサ 30,000

 ケルン 50,000


●東ヨーロッパ

 テッサロニキ(ギリシャ) 30,000

 プラハ 22,000

 キエフ 30,000

 スモレンスク(ロシア) 35,000

 モスクワ 20,000

 イスタンブル(トルコ) 150,000


《引用:Four Thousand Years of Urban Growth: An Historical Census (1987年) 著:ターシャス・チャンドラー》

■――・――・――・――・――


「とりあえずこれを見て話せって言われたんだけど、なにを話せばいいか忘れちゃったンだよ」

「ああ、そう」

「って、笑うなよなあ?」

「いやだって笑うだろ」

「ああン?」

 またミカンがチンピラのように威嚇(いかく)してきた。

 だから、腰のくびれに手をまわしてやった。

 するとミカンは、くにゃりとして、


「なっ、なにすンだよ」

 急に顔を真っ赤にした。途端に萎縮した。

 ミカンは普段は攻め攻めなのに、いったん守りに入ると弱い。

 俺はミカンの打たれ弱さを知っているから、たまにこうやって反撃しているのだった。


「うーん。じゃあ、とりあえずリストを眺めていくか」

「あー、そーそー。こんな紙ももらった」

「おっ、よかった。それと照らし合わせて確認していくか」

 俺たちは(ひざ)をつめて資料を調べた。

 しばらくすると、俺はミカンの(ひざ)まくらで資料を読んでいた。

 ミカンは、まるでネコを()でるように、俺を()でながら資料を見ていた。


「とりあえずこの1200年頃っていうのは『中世盛期』……現在のアダマヒアと似ているわけだ」

「だな」


「それでこのリストだと、西ヨーロッパで一番の多いのはセビリアなんだけど、これはスペインの港湾都市で、8世紀から1248年にカスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服されるまでは、イスラム勢力の支配下だったんだな」

「1200年は、ちょうどレコンキスタの最中なンだな」


「戦争中、しかも港町ということは戦略重要拠点。だから人数が多いんだ」

「15万人だな。次に多いのはパリの11万人、あとはだいたい2・3万くらいかな」

「ざっくりとはね」

「というか、ざっくり考えるしかないじゃん」

「まあな」

 西ヨーロッパは広大だからな。

 俺たちは、満ち足りたため息をついた。


「ちなみに、21世紀のパリやロンドンの中心部は、東京23区平均を超える人口過密地帯なんだけれども。パリの場合は、昔っから人口密度が高いんだってさ」

「んー? とゆーことは、中世からすでに密集して暮らしてたの?」

「そうなんだって。ずっと人口密度が変わらないんだってさ」

「へえー」

 と、ミカンは気のない返事をした。

 俺も実は飽きてきて、どちらかというと太ももをさするほうに集中しはじめている。


「ちなみに中世ヨーロッパの感覚だと、1万人を超えるととんでもない大都市ってイメージらしい。だいたいは2・3000人の街で、村だと数十人から200人程度だったようだ」

「じゃあ、広いところに、ぽつんぽつんと住んでたンだ」

「って話だけどさ。中世って資料がないんだってさ。だから実は把握してないだけで、いろんなところに、いろんな人たちが住んでいたと思うんだよなあ」

 と、俺がぼんやり呟くと。


「そっか」

 と言って、ミカンは小難しい顔をして腕を組んだ。

 そして、うーんとうなってから、

「そうだよな」

 と言って、ニカッと笑った。

 おそらく、うーんと言っただけで、なにも考えてない。

 そんな素早さだった。



「ちなみに、東ヨーロッパのほうが人口が多いのは、中世は西ヨーロッパにとっては暗黒時代、文明や人口なにもかもが、ほかに劣っていたからなんだ」

「ペストのせい?」

「それは1200年よりもっと後。ペストが西ヨーロッパで猛威をふるったのは14世紀だよ」

「なるほどー」


「たとえば、こんな資料がある。1200年の鎌倉は17万5000人。世界第5位の大都市だ」

「1200年ってことは」

「鎌倉幕府だね。その頃の鎌倉には、源頼朝以下、武家政権の面々が17万人住んでいたらしい」

「パリよりも多いんだな」

「ヨーロッパのどの都市よりも多い」

 そしてこの頃の日本の刀工技術は、他を圧倒しているのである。



「ちなみに世界第1位は、杭州(こうしゅう)で25万5000人」

「中国の王朝・南宋(1127年~1279年)の都市って書いてある」

「そうそう。さらに脱線すると、『水滸伝』と『金瓶梅』は、北宋(1100年~1125年)の物語だよ」

「ああ、そこらへん同時代なんだな」

「ロビンフッドも同じ時代だよ」

 つまり、リチャード獅子心王(ライオンハート)(1157年~1199年)も同時代人である。


「あーじゃあさじゃあさ。可能性としてはさ、源義経(みなもとのよしつね) vs リチャード獅子心王(ライオンハート)や、ロビンフッド vs 那須与一(なすのよいち)みたいな話はありえたの?」

 ミカンは眉をあげて、あっけらかんと言った。

 俺は意表をつかれて、しばし呆然とした。

 やがて、つばを呑みこむようにして頷いた。

 すると、ミカンは満面の笑みをして言った。



「じゃあさ、それっぽい連中を地上界に創ろうぜ!」

「へっ?」

「だーかーらー。源義経っぽい奴やリチャード獅子心王みたいな奴を創って、そいつらを戦わせるんだよー!」

「はあ」

「あんた人間創れるンだろ? てゆーか、ワイズリエルたちは、あんたが創ったンだろ?」

 そう言って、ミカンは俺のほっぺたを軽くつねった。

 俺が嫌がると、ミカンはとても嬉しそうな顔をした。


「ねえねえ、創ってよー」

「いや、まあ、たぶん創れるとは思うけど。しばらく創ってないけれど。というより、たぶん創ったの10人もいないのだけれども」

「じゃあ創ってよ」

「うーん。でも戦わせるのはどうかと思うぞ」

 というより、戦争させるのは絶対ダメである。


「じゃあ戦争させないからさあ」

「そんな言うけど、コントロールできないだろ」

「ああン?」

「というか、俺もアダマヒアのアナスタチカもさ、戦争を回避するのにどれだけ苦労したと思っているんだよ」

「そっ、そんな、いきなりマジになンなよなー?」

 そう言って、ミカンは可愛らしくほっぺたを膨らませた。

 俺が失笑すると、ミカンは俺の手をつかみ、おっぱいに持っていった。

 そして言った。



「戦争をあおるヤツは、どのみち出てくンよ。だったら、自分で創って監視したほうがいいじゃん」


 こいつ。

 とんでもないことを言いやがる――と、俺は思った。

 ミカンは嬉しそうな顔をして、俺が頷くまでずっと、頬をぺちぺちしていた。

 俺は、彼女のおっぱいをさすりながら考えた。

 それは悪魔的な弾力で、生意気に上を向いていた。

 くやしいほど魅力的だった。

 で。

「エッチで俺に勝ったらな」

 と言う、わけの分からない条件で俺はOKしたのだった。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって3ヶ月と9日目の創作活動■


 1200年頃の中世ヨーロッパの人口を知った。



 ……俺のわけの分からない提案にミカンは頷いた。そして俺に勝つことに熱中し、英雄創造の件はすぐに忘れてしまった。


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