9日目。寝所
日付が変わったころだと思う。
俺はベッドに横になり、夢と現実の狭間、ぼんやりとした状態で中世ヨーロッパの寝所のことを考えていた。
アダムたちの生活や、ワイズリエルから聞いたことを思い出していたのである。
まず大前提として――。
中世ヨーロッパの人びとは、プライバシーという概念があまりなかった。
だから多くの人がひとつの部屋で過ごしていた。
食事はもちろん一緒だったし、同じ部屋で寝ていたのだ。
この生活習慣は、貧しさによるものではない。
たとえば、国王の住居にはたくさんの部屋があったが、食事はもちろん、寝るときでさえひとりではなかった。
近習の騎士たちが、かたわらで一緒に休んでいたのである。
では、どんな寝具で寝ていたかというと、それはベッドだった。
中世ヨーロッパでは、一般的には家族全員がひとつのベッドで寝た。
人数としては二人から六人程度。
畳一枚が人ひとり分という日本の考え方を当てはめるならば、六人分の寝床は、まるまる六畳である。
彼らは、そのサイズのベッドで寝ていたのだ。
ベッドは、とてもシンプルにできていた。
大きな箱に干草を詰めて、シーツをかけただけである。
貧しい家庭はシーツを掛けず、干草のうえに直接寝ていた。
藁をシーツで包んだものを座布団のように使ったり、藁を掛け布団のようにかけて寝ることもあった。
基本的には、藁無双。
たいていの寝具は、藁でできていた。
ちなみに。
上記のような中世ヨーロッパの風俗に影響を受けたわけではないけれど、俺たちも巨大なベッドに三人で寝ていた。
これは俺が最初に、ひとり暮らしのような部屋を創ったからだ。
それを拡張していく過程で、ワイズリエルとヨウジョラエルと一緒に暮らすようになったから、ベッドを大きくして一緒に寝ることになってしまったのだ。
まあ正直に言うと、家の外が『まっ白でなにもない世界』なので、ひとりで寝るのが恐かったんだ。それにワイズリエルは可愛いし、ヨウジョラエルもガチの幼女だから、ひとりで寝かせるのも心配だったのだ……――などと、言い訳めいた回想をしていたら、
さわっ。
と、口もとに何かがあたった。
じんわり目が覚めてくると、なんだか重みも感じた。
そして、胸もとから声がした。
「おにいちゃんぉ……」
いつの間にか、ヨウジョラエルが俺の胸に顔をうずめて寝ていた。
「おにいちゃんぉ……」
ヨウジョラエルは甘えるように、寝言を言っていた。
いや、思いっきり甘えていた。
そう。
ヨウジョラエルは、ハキハキとしていて、しっかりしているけれど、なんだかんだで幼女なのだ。甘えたい年頃なのだ。
「おにいちゃんぉ……」
それにしても、俺に抱きつくことはないじゃないか。
俺は、この意外にも重く、そしてやわらかい幼女に困惑した。
手足をがっちりホールドされている。
幼女のクセに、しかも寝ているクセにこの力。
脱出できないこの状況――。
ワイズリエルに勘違いされてしまう。
それに、勘違いしてしまう。
「………………」
ヨウジョラエルは、思いっきり甘えて頬をすり寄せていた。
すり寄せるたび、俺の顔にかかった髪が薫った。
しばらくすると。
むにゃにゃと言いながら、ヨウジョラエルは顔をあげた。
ひんやりとしたおでこが俺の首にふれた。
まだ幼女だというのに、きめ細やかな女の肌をしている。
いや、自分で創造しておいて、しかも今更なんだけど、なんとなくそう思った。
これは、女の肌だと思ったのだ。
「おにいちゃんぉ……」
ヨウジョラエルは呟きながら、這い上がってくる。
呟くたびに、冷たいくちびるが首筋を刺激する。
いやいや、ちょっと待ってくれよ。
キミは幼女のクセに、なんて色っぽいんだ。
俺は泣き笑いの顔をして目を開けた。
月明かりに照らされたヨウジョラエルの顔を見た。
美しい。……と、俺は心中に舌をまいた。
ふわふわの金髪にまっ白な肌をしたヨウジョラエルは、まさに無垢な天使だった。人形のような可愛らしい頬が、桜色に染まっていた。それに息があたたかい。
――俺は幼女に、はじめて凄まじい肉欲を覚えた。
「こらッ☆」
と、そのとき耳元でワイズリエルがささやいた。
ぞっとして顔を向けると、ワイズリエルはすっと離れて、
「きゃはッ☆」
と、イタズラな笑みをした。
眉をひそめると、するりと腕にしがみついてきた。
邪魔しちゃいました――と、甘えるようにささやいた。
「ちなみにご主人さまッ☆ 中世ヨーロッパでは、お昼に外でエッチするのが一般的ですよッ☆」
「いやっ、あっ、ああ……」
「ひとつの部屋で寝てますからねッ☆ エッチはお昼に外で、なのですッ☆」
「はァ、はい」
「ご主人さまッ☆」
ワイズリエルは俺の頬をすくうように触り、じいっと見つめた。
俺がつばを呑みこむと、くすりと笑ってキスをした。
そして。
家の外に森のようなものを創ってくれ――と、ねだられた。
俺はヨウジョラエルの頭を撫でながら、やわらかく頷いた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって9日目の創作活動■
家の外にお花畑を創って樹木を生やした。
……そこでお昼にエッチをしましょうと、誘っているように聞こえたのだが、あまりにもキラキラな笑顔で言われたので判断に苦しんでいる。ヨウジョラエルを抱くならそこでやれと、言っていたのかもしれない。




