8日目。中世都市の概略
ソファーでぼんやりしていたら、クーラがやってきた。
ワイズリエルとマリに、
中世都市について俺とふたりで学べ――と、言われたらしい。
「まあ、それは好いけどふたりは?」
「それがその……っな準備体操をするからと」
「え?」
俺が眉をひそめると、クーラは頬を真っ赤に染めた。
そして切れ長の目を細め、視線をそらしてこう言った。
「エッ……チな準備体操をすると、ふたりは言っていました」
「はあ」
俺は思わず息を漏らすように失笑した。
すると、クーラは美しい青髪を耳にかけて、くやしそうに言った。
「もう! 笑わないでください」
「ごめん」
「言わせないでください」
「ごめん。でも、クーラのことを笑ったわけではないんだよ」
ワイズリエルとマリを想像して笑ってしまったのだ。
いや、エッチな準備体操とかどんなものかまったく想像がつかないが、しかし、あの性欲の高いワイズリエルとマリが結託してのことである。しかも、ワイズリエルの知識とマリの根性の悪さが合わさるのだ。それはもう、いかがわしさや禍々しさを通り越して、面白い方向に失敗するのが目に見えている。
失笑するしかないだろう。
そう思って頭をかいていたら、クーラにチクリと言われた。
「ふたりは準備体操の成果を、カミサマさんで試すつもりですよ」
俺は思わず、ガムを踏んだような顔をしてしまった。
するとクーラは、くすりと笑った。
そして、中世都市についての話をはじめたのだった。
「まず、中世都市の起源についてですが――。これには、ふたつの説があります。『共同体説』と『領主制説』です」
「主にフランスでのことだよね?」
「はい。それで共同体説なのですが、これは遠隔地商人が主体となった共同体が、都市の起源だとしています。ちなみに、ここでいう遠隔地商人というのは、封建社会から独立した自由な商人のことです」
「そんな商人たちが都市を造ったというのが、『共同体説』なのか」
「その通りです。ですが、この説は2006年には否定されているそうです。 ※《フランスの中世社会 王と貴族たちの軌跡 著:渡辺節夫》」
「じゃあ、もうひとつの『領主制説』っていうのは?」
「都市が領主制の枠内で造られ発展していったという説です」
「それはつまり、領主主導のもとで都市が整備されたってこと?」
「ええ。公共事業のイメージですね」
「なるほど」
交易ルートの中間地点に、商人たちが自発的に街を造ったのではなく。
王侯貴族が計画的に街を造り、そして発展させたというわけか。
「2006年頃は、この領主制説が優勢のようですね。ただ、中世ヨーロッパはまったくと言っていいほど資料が残っていません。ですから数年後にくつがえる可能性もあります」
「あくまで『説』だもんな」
「ええ。それで、この領主制説が支持されているのは、都市の経済活動の主体が、都市に居住する貴族だったからなんです」
「それはつまり、その都市でたくさん買い物をしていたのは商人ではなく、貴族だったということ?」
「その通りです。ちなみに、ここでいう貴族とは、領主の使用人や武装騎士のことです。彼ら下層貴族が都市の経済をまわしていたのです」
「ああそうか。もし商人が必要にかられて都市を造ったのなら、彼らが商取引の主体となるはずだ」
「はい。このことが、遠隔地商人が造ったという説を否定するのです」
「わざわざ造ったのに『一番に得をする者』になっていない、交易の拠点になってないもんな」
もちろん貴族に売ることによって利益は得られる。
しかし、それならわざわざ都市を造る必要はない。
既存の都市に行って、そこで売ればよいのである。
「それに防備集落を見ても、世俗領主層が流通と交易の統制、税の増徴のために造ったことが明らかです」
「防備集落?」
「デモニオンヒルのような城塞都市ですね」
「ああ、城壁で囲まれた」
まさに要塞そのものの街。
「それと税の増徴のためとありますが。中世フランスの都市課税は以下のようになっています」
■――・――・――・――・――
都市課税
交易の安全保障の代償としての通行税
運搬車輛に対する課税
領主は、そのほかにも市場統制権やブドウ酒等の価格統制権などを持つ。
■――・――・――・――・――
「ちなみに、フィリップ2世 (在位:1180年~1223年)は、都市に対して、領主的権利・王的権利・軍役奉仕徴発権を持ちました」
「ん? 王が領主的権利と王的権利を持っていることは王領地か」
「王の主導のもと造られた都市ならそうなる……のでしょうね」
と言って、クーラは微笑んだ。
背筋を伸ばしてお行儀よく、俺を見ていた。
俺が腰に手を伸ばすと、彼女は俺に寄りかかった。
そして話を続けた。
「フランスには、コミューン都市というものもあります」
「コミューン都市?」
「住民により選挙された『市政官の団体』が運営する都市のことです。これらは主として北フランスに分布します」
「市政官の団体によって運営される都市か」
「住民が結成した宣誓共同体を『コミューン』というのです。彼らは運動の結果、領主・国王から『コミューン証書』を付与されたのです」
「うーん、よく分からなくなってきた」
「これは被支配階級が都市運営権を勝ち取ったように見えますが、しかし、王の立場からしてみれば、諸侯の権力を剥奪しているだけですよ」
「ああ、確かに」
■――・――・――・――・――
王が権力を拡大・強化する方法 その1.
第三身分との連携を強化し、その上昇を助成促進する
→そのことで、下から貴族の権力の削減、実力基盤の弱体化を図る。
■――・――・――・――・――
「ですからコミューン都市では、重罪は国王裁判権に帰属しました。そして都市共同体の秩序侵害行為には、王権と都市共同体の双方から処罰が下されたのです」
「絶対王政の都市そのものだな」
そう言って俺は満ち足りた笑みをした。
なんとなく理解できたような――気になった。
そんな俺の顔を見てクーラは満ち足りたため息をついた。
そして、母性に満ちた笑みで話をまとめはじめた。
「最後に一般的な傾向としてですが――。12世紀以降、本格的に都市社会が形成されるとともに、都市住民の間で経済的・社会的な格差が顕著となります」
「貧富・貴賎の格差がきつくなるのか」
「ええ。具体的には、商業・金融業で富を蓄積した富裕層と、日雇いの賃金労働で生活資を得る下層民です」
「なるほど」
「この富裕層は『上層都市民』……ブルジョワジーと呼ばれました。そして12世紀以降、勢いを増していくのですが、その動向が特徴的でした」
「特徴的?」
「上層都市民の特徴は、封建的秩序・貴族支配体制に真っ向からは対抗しなかったのです」
「それはつまり、体制をひっくり返さなかったのか」
「ええ」
「彼らは、社会構造の変革を求めることなく、支配者にもなろうとせずに、都市的新貴族階級として貴族社会に参入しました。そして王権と結びつき、法服貴族として、国家機構のなかに独自の位置を占めようとしました」
「法服貴族?」
「新たに貴族号と特権を与えられた高級官職保有者のことです。『働く者』から身分上昇した資産家が多いようですね」
「『働く者』っていうのは、被支配階級のことか」
「はい。彼ら商人は、『三職分論』という身分秩序のなかでは『働く者』ですね」
「ああ、でもそれって」
「彼らは身分上昇し、王が聖俗諸侯層をおさえこむのに貢献したのです」
「つまり上層都市民が絶対王政への移行を加速させた」
「その通りです」
そう言ってクーラは俺の肩に、ほっぺたを当てた。
そっと俺の胸に手を添えた。
そして言った。
「それが上層都市民にとって好いことだったのかは、私には分かりません」
クーラは寂しげに微笑んだ。
ふわっと髪が薫った。
俺は穏やかな笑みをして、アダマヒア王国の市場を眺めるのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって3ヶ月と8日目の創作活動■
中世都市の成立と上層都市民の出現を知った。
……経済的・社会的な格差が顕著となるのは好ましくないと、思うのだけれども。しかし、神 (俺)が介入することなのかどうかは、難しいところだ。




